キネマと恋人

劇評『キネマと恋人』藤谷浩二×嶋田直哉/『悲劇喜劇』9月号より

演劇雑誌『悲劇喜劇』では、毎号、話題の舞台の劇評を対談形式で掲載。このたび、6月から7月にかけて上演された『キネマと恋人』の劇評をnote限定で公開します。
評者は朝日新聞社編集委員の藤谷浩二氏と、明治大学准教授の嶋田直哉氏。

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***以下、本文です***

──世田谷パブリックシアター×KERA・MAP『キネマと恋人』(世田谷パブリックシアター/台本・演出=ケラリーノ・サンドロヴィッチ/映像監修=上田大樹/振付=小野寺修二/音楽=鈴木光介/美術=二村周作/照明=関口裕二/音響=水越佳一/衣装=伊藤佐智子/ヘアメイク=宮内宏明/出演=妻夫木聡、緒川たまき、ともさかりえ、三上市朗、佐藤誓、橋本淳、尾方宣久、廣川三憲、村岡希美、崎山莉奈、王下貴司、仁科幸、北川結、片山敦郎)をお願いします。二〇一七年に第四回ハヤカワ『悲劇喜劇』賞も受賞し、読売文学賞の戯曲シナリオ部門も受賞しています。今回の再演に際し、小社より戯曲も発売されました。


何度観ても楽しめる巧みな脚本■
嶋田 二〇一六年にシアタートラムで初演され、今回は待望の再演で、場所を世田谷パブリックシアターに移した上演です。ウディ・アレンの映画『カイロの紫のバラ』(一九八六年日本公開)のオマージュ作品です。梟島(ふくろうじま)という架空の港町が舞台で、登場人物たちが独特の方言を喋るのがコミカルです。映画の中の登場人物が劇世界の現実世界に飛び出して来たりするなど、演劇ならではの仕掛けも施され、面白く見ごたえある作品でした。

藤谷 私は初演のときは名古屋で観たので、トラムよりはやや大きな劇場でしたが大満足で、再演してほしいと願っていました。ウディ・アレンの本歌取りの作品ですが、個人的には映画より面白かった。KERAさんの本も素晴らしいですし、劇中劇で映画の登場人物がスクリーンを飛び出して現実世界に出てくるという仕掛けが演劇で観ると格段に面白いわけです。映画の中に登場する役・間坂寅蔵と演じている俳優・高木高助の二役の二面性を妻夫木さんが上手く引き出していたと思います。寅蔵を演じているときの軽やかな面白さといったらないですね。喜劇役者の小気味よい身体の動き、場をパッと明るくする存在感が出ていました。あと、KERAさんの女性の描き方がやはり滅法上手い。緒川たまきさん演じるハルコは、三上市朗さんのモラハラ夫と慎ましく暮らしながらも映画の世界に夢を見ている女性。昭和の初め頃の設定だけど、実はものすごく現代的だと思う。女性でなくとも、こういう権力関係のなかで抑圧されている人って多くいると思いますね。緒川さんが役の性根をとらえた上で、実に魅力的に演じられていました。この二人の主役の核がしっかりしているうえに、周りの登場人物たちもKERAさんの書き込まれたキャラクターを体現できる俳優たちだったので見ごたえのある面白い芝居になっていました。

嶋田
 妻夫木さんの軽やかさ、緒川さんもとにかくキュートでしたね。彼らがKERAさんの描く梟島という架空の島の雰囲気に合う。経済もしっかり回っていて、きちんと社会が成り立っていることも観ていてわかる。またあの独特の方言を真似したくなりますよね。何回観ても飽きないのが素晴らしいです。戯曲の単行本の演出意図の注もすごく丁寧で面白いですね。一つの台詞や動作に、たくさんの意味をこめたいんだろうな、ということが戯曲からもわかります。とてもペダンチックに戯曲は書かれていますが、それが嫌味どころか、大変面白く読めてしまいます。何度観ても楽しめる作品とは、それだけ脚本に重みがあるということですね。さらっと書いているように見えて、そこに裏打ちされた映画やコメディの知識が膨大にあるのが単行本からも理解できます。舞台はもちろん映像で何度見ても楽しめる作品だと思います。

藤谷 設定された一九三〇年代というのが、戦前の文化の爛熟期で、世界とのつながりのなかで恐慌や戦争の影がある。日本には軍事的な動きもあって、外側の荒波を、あえて夢の空間のような田舎の島で描く。そういうものが全部入ったうえでキャラクターを立ち上げているから面白いのでしょうね。井上ひさしさんの作品を思い出したりもしました。KERAさんも緒川さんもトーキー時代に詳しいでしょうし、そういうこだわりが随所に感じられて非常に深みがある。ナイロン100℃でやるときはもう少しシニカルでダークな話を描くことが多いけれど、今作は基本的に善人しか登場しないという、KERAさんのなかでも珍しい作品ではないかと思います。かといって安易なストーリーではなく、日常にある社会の苛酷さや切なさが常に滲んでいる。甘さとビターさのさじ加減というのが本当にうまい。本はもちろん、演出も映像を含めてあそこまで完成させてしまうことも巧みだし、再演で観て、役者さんがよりキャラクターを深めて、さらにつっこんで演じていたなという印象を受け、カンパニーとしての成長も感じました。話題を呼んだ作品が、受賞を機に二、三年というスパンでの再演は本当にいいなと思う。役者にとっても代表作になるであろうし、見逃した観客もついてこられるし、初演を観た人はまた次の変化を楽しむことができる。日本は舞台公演でロングランが少ないなかで、こういったかたちで上演が続けられるというのはすごくいいなと思いました。

場面転換で活きる振付け■
嶋田
 初演のときもそうでしたが、スタッフワークがよくできていますね。映像の上田大樹さんは、KERAさんの作品で凝ったオープニングなど、マジックのような映像をもってきます。数秒の細かいところまで凝った映像で非常に手間をかけてつくっていることもわかります。また個人的には小野寺さんの振付が場面転換のときにとてもよく活かされていると思いました。本作は場面転換がかなり多いのですが、そこをシームレスに、かつスムーズにつないでいくのが小野寺さんの振付です。机や椅子といった装置をごく自然に移動させていく点が見事で、舞台進行上も大切な役割を果たしていました。私は個人的に小野寺さんを現代演劇界における影の大黒柱だと思っています。ご自身の主宰するカンパニーでのお仕事ももちろん素晴らしいですが、振付を担当される作品は、いつも軽やかなイメージや雰囲気が醸し出されて、その作品の基調を創っていると思います。そしていつも高水準。今回は場面転換というところで小野寺さんのお仕事が活かされていて、大変効果的でした。

藤谷 確かに、小野寺さんのお仕事多いですね。ご自身の作品もつくられていて。

嶋田 シス・カンパニー公演『叔母との旅』(二〇一〇)、宮本亜門『金閣寺』(二〇一一)あたりから小野寺さんのお仕事は急増していきます。私が印象に残る作品の多くには、小野寺さんが振付で入っています。

藤谷 『プラータナー』の塚原悠也さんもそうですが、振付家がムービングだけではなく場面転換やセノグラフィーに関わるところまで入ってきている。自身でも作品を発表できるような方が、現代演劇の作品にスタッフとして入っているというのは面白い。そしてKERAさんのスタッフで前から凄いなと思うのは、長年舞台監督を務め、今回はプロダクションスーパーバイザーの福澤諭志さんです。KERAさんの他にも何人かの作家と組んでいますが、この人の仕事もセノグラフィー的な重要な要素を担っています。KERAさんはスタッフを大事にされていて、演劇が総合表現であるということを意識されていることがよく分かる。

嶋田 初演のときから、脚本の水準の高さは十分わかっていて、今回もその期待値を軽々と、かつ丁寧に越えていく。トラムからパブリックシアターに会場が変わっても、空間をそれぞれにしっかりと使い分けていて、しかも初演のときよりも水準の高い作品ができてしまうというのは、本当に恐るべきことですよね。面白いとわかって観ていて、やっぱり面白かったと言えるのだから。

藤谷 前回の公演から地続きでさらにパワーアップしていて完成度が高い上演でしたね。KERAさんは演出家として本当に細かいのでしょう。だからブラッシュアップのポイントがうまい。とにかく新鮮なんですよね。人の気持ちがちゃんとつながるようにドラマができている。そこにある生々しさ、俳優が役ではなく人として息づいている感覚。KERAさんの演出をみるたびに感じます。

嶋田 物語としても成立しているし、作品から透けて見える時代への批評というものも汲み取れる。

藤谷 そして笑いの入れ方が絶妙ですよね。とてもいい内容とタイミングの再演でした。

***(「悲劇喜劇」2019年9月号より)***

早川書房では、KERAの全篇書下ろしのコメンタリー入り「キネマと恋人」戯曲本を刊行中。創作の裏話と、劇作の秘密が詰まった必読書です。ぜひお手に取ってみてください。

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●その他、「キネマと恋人」関連記事

「KERAの思考」と「創作の秘密」が分かる! 「キネマと恋人」戯曲本発売|Hayakawa Books & Magazines(β) @Hayakawashobo|note(ノート) https://www.hayakawabooks.com/n/nae64aa1312fa

「『キネマと恋人』は『カイロの紫のバラ』を凌いでいる。それについていくつかの点を挙げてみたい」――『キネマと恋人』解説/辻原登|Hayakawa Books & Magazines(β) @Hayakawashobo|note(ノート) https://www.hayakawabooks.com/n/ndc285568bd4a

「どんなに長く虚構の世界へ逃げ込んでいたところで、誰もが最終的には、現実の『ここ』に戻って来なければならない。それが宿命だ」――ケラリーノ・サンドロヴィッチ『キネマと恋人』あとがき| @Hayakawashobo|note(ノート) https://www.hayakawabooks.com/n/nfb995043989a

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9月号では、その他、以下の演目を劇評で掲載しています。ぜひお手に取ってみてください。
国際交流基金アジアセンター『プラータナー:憑依のポートレート』(※劇評公開中)
世田谷パブリックシアター×KERA・MAP『キネマと恋人』
イキウメ『獣の柱』
Bunkamura『ハムレット』
新国立劇場『オレステイア』
KAKUTA『らぶゆ』
唐組『ジャガーの眼』
オフィス・コットーネ「改訂版『埒もなく汚れなく』」
新国立劇場『少年王者舘 1001』
ラッパ屋『2・8次元』
加藤健一事務所『Taking Sides ~それぞれの旋律~』
松竹『月光露針路日本風雲児たち』
東京グローブ座『WILD』
文化座『アニマの海─石牟礼道子『苦海浄土』より─』
KAAT神奈川芸術劇場『恐るべき子供たち』
彩の国さいたま芸術劇場『CITY』
音楽座『グッバイマイダーリン★』

●プロフィール
藤谷浩二(ふじたに・こうじ)
1969 年生まれ。1992 年、朝日新聞社に入社。東京本社学芸部・文化部で演劇を担当。デスク・論説委員などを経て、文化くらし報道部編集委員。

嶋田直哉(しまだ・なおや)
1971 年生まれ。専門は日本近代文学、現代演劇批評。博士(文学)。「語られぬ「言葉」たちのために── 野田秀樹『ロープ』を中心に」にて第12 回シアターアーツ賞佳作受賞。国際演劇評論家協会日本センター機関誌『シアターアーツ』編集長。

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