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『三体X 観想之宙』著者・宝樹によるまえがき公開~『三体X』はいかにして書かれたのか?~

いよいよ……いよいよ明日、宝樹『三体X 観想之宙』発売です!!(早いところでは今日から書店さんに並んでいるところがあるかも)
今日は『三体X』著者である宝樹による「序」(まえがき)を公開します。なぜ著者は『三体X』を書いたのか? 宝樹の『三体』への、劉慈欣への熱い熱い想いとは?
「世界一大成功した二次創作」と言っても過言ではない『三体X』がいかに生み出されたのか、ぜひお読みください。



 『三体X 観想之宙』の誕生は、ぼくの人生でもっとも数奇な出来事だった。

 SFファンのご多分に洩れず、ぼくも21世紀の初めから、当時すでに頭角を現していた劉慈欣先生の忠実なファンだった。ぼくらは〝磁鉄(ツーティエ/『劉慈欣の鉄のファン』の略称。「慈」と「磁」はどちらも「ツー」と読み、「磁鉄」とは磁石の意味)〟を名乗り、劉先生の作品について熱く語り合い、新作が発表されれば情報を発信し、だれよりも先に購入して読みふけった。2006年に《地球往事》もしくは《三体》三部作の第一作『三体』の連載が雑誌〈科幻世界〉でスタートすると、ぼくはさらに夢中になって貪り読み、劉慈欣ワールドにどっぷりハマった。

『三体』の単行本が発売されたのは2008年の初めのことで、第二部『黒暗森林』の発売はその半年後だった。当時、世間ではそれほど大きな話題にならなかったけれど、SFファンのあいだでは大フィーバーが巻き起こった。しかしそのあと、ぼくは他の磁鉄たちとともに、じりじりしながら次の作品を待つことになった。二年半後の2010年11月、三部作の掉尾を飾る『死神永生』が中国で発売されたとき、ぼくはベルギーの大学院に留学中だったため、リアルタイムで手に入れることができなかった。第三作を読むために帰国しようかと真剣に考えさえしたが、最終的に、友人の高翔(ガオ・シャン)がその問題を解決してくれた──彼は、本を一ページずつ写真に撮り、メールで送ってくれたのである。

 ぼくは高翔の友情に感激した。だが、しばらくしてようやく、この本の刊行が自分にとってなにを意味するのかに気づいた。発売直後に本を買った中国国内の読者たちとほぼ同時に『死神永生』を読み終えたぼくは、ネット上で他のSFファンとともに作品の細部について真剣に考察し、議論を重ねた。だが、どれだけ語り合ったところで、この壮大な物語はもう完結してしまい、日ごとに遠いものとなっていく。二日後、ぼくは『三体』ロスを癒やすべく、ある決断をした。作品に登場する人物たちを使って、独自の物語を書いてみよう。そうすれば、物語はまだ少しだけつづくことになる。そこでぼくは、雲天明(ユン・ティエンミン)と艾(アイ)AAの青色惑星(プラネット・ブルー)での対話を創作し、『三体Ⅲ─X』というタイトルでネット上に発表した。〝X〟は10を意味するローマ数字ではなく、不確定という意味のXだ。

『三体Ⅲ─X』はぼくが初めて書いた劉慈欣先生の二次創作ではなかったし、劉慈欣先生の二次創作を書いた人間はもちろんぼく以前にもたくさんいた。しかし、それらはあくまでも、ごく少数の熱心なファンのあいだだけで楽しまれるものだった。『三体Ⅲ─X』がそれらとまったく違う意味を持つことになるなんて、夢にも思っていなかった。ぼくが書き下ろした物語は、おおぜいの読者が当時まさに求めていたとおりのもの──すなわち、三体宇宙についてのさらなる物語だったのである。この物語はすぐに(『死神永生』が発売されて一週間も経たないうちに)その出来に見合う以上の評価を得て、それが物語の続きを書く原動力にもなった。頭の中にあった物語は書けば書くほど成長し、ひとりでにかたちをとりはじめた。そして三週間後、2010年のクリスマスイブの夜に、ぼくはこの物語を書き終えた。

 そのころには、『三体Ⅲ─X』は中国語のインターネット上のあらゆるところに拡散され、ほとんど本家の『死神永生』に匹敵するレベルで議論と注目の的になった。しかも、劉慈欣先生の友人で、〝中国のキャンベル(ジョン・W・キャンベル。アメリカSFの黄金時代を築いた名編集者)〟の異名をとる姚海軍(ヤオ・ハイジュン/〈科幻世界〉副編集長)さんの目に留まり、単行本として出版しないかと声をかけていただいた。数カ月後、世間の《三体》熱はさらに高まり、もっとたくさんの二次創作が現れたが、時機を逃したのか、それらの作品が大きな注目を集めることはなかった。そんなわけで、ぼくはかなりラッキーだったと思う。

 ネットに投稿したときは、著作権のことをまったく気にしていなかった。だから、出版の話になった時点で、ぼくはかなりやっかいな問題に直面することになった。しかし、劉慈欣先生は信じられないほど寛大な配慮を示し、この作品の出版を許可して、ぼくの背中を押してくれた。劉慈欣先生には、いくら感謝してもしきれない。『三体X』の単行本が出版されると、ただちに劉慈欣先生にお送りした。数年後、ぼくがオリジナルの作品をいくつか発表して、正式にSF作家の仲間入りを果たしたあと、劉慈欣先生とはよき友人になった。劉先生は『三体X』をなかなかいいと言ってくださり、しかも翌年のあるSF文学賞で一票を投じてくれた。受賞は逃したものの、劉慈欣先生の評価と励ましは、ぼくにとっては十の賞を受賞するよりもうれしいことだった。

 この作品の副題を〝観想之宙〟としたのには、ちょっとしたいきさつがある。いまではもう覚えている人もほとんどいないだろうが、2008年から2010年にかけて、『死神永生』が発売されるまでの二年半のあいだ、《三体》ファンたちは、第三部がどんな方向へ行くのか、あれこれ予想していた。そのころ、執筆中の第三部のタイトルや内容の一部に関するさまざまな噂が、内部情報の〝リーク〟と称してネット上に広まった。もちろん、どれもSFファンによるフェイクニュースで、根も葉もない話だったとのちに判明したが、そんなデマであっても、ぼくらがあれこれ想像し、期待をふくらませて楽しむネタになった。本書では、《三体》がまだここまで多くの人に知られていなかったあの懐かしい日々を記念して、その当時の噂に含まれていたいくつかのキーワードをあえて使っている。

『三体X』は、《三体》三部作ほどの賞賛は得られなかったものの、多くの読者から愛されたことはまちがない。もちろんぼくは、この『三体X』が、本家である《三体》シリーズの一部だとは口が裂けても言えない。たしかに『三体X』は、三部作と同じ出版社から発売され、三部作のとなりに並んで販売されている。しかし、『三体X』は、《三体》三部作の熱烈なファンが、個人的な解釈によって、原典の中にあるいくつかのギャップを埋め、謎を説明しようとした試みであり、《三体》宇宙のありうべき無数の可能性のうちのひとつに過ぎない。《三体》シリーズの読者は、『三体X』を受け入れる必要はないし、もし仮に『三体X』を気に入ったとしても、本書が《三体》宇宙の一部だと思う必要はない。どちらも、三部作のファンならまったく当然の反応だと思う。

『三体X』の出版から四年後、《三体》三部作につづき、本書も英訳されて、全世界の読者に紹介されることとなった。そのことにわくわくする一方で、おそれおおい気持ちもある。

 ぼくが知る英語圏のSFには、グレッグ・ベア、グレゴリー・ベンフォード、デイヴィッド・ブリンによる『ファウンデーションの危機』(アイザック・アシモフ《銀河帝国興亡史》シリーズの公式の続篇)、H・G・ウエルズ『タイム・マシン』の続篇にあたるスティーヴン・バクスターの傑作『タイム・シップ』など、有名な二次創作がある。また、《ドクター・フー》や《スター・トレック》をはじめとして、多くの人々が関わってつくりあげてきた数々のシェアード・ワールドがある。もちろん、『三体X』をそういう成功例と同列に語ることはできないが、それらと共通する点も存在する──すなわち、天才たちが創造した偉大な作品は、つねにぼくらをその世界へといざなってくれる。そして、ぼくらの熱い情熱がその中に溶け込むことによって時間が巻き戻り、登場人物が甦り、その世界にまた命が吹き込まれるのである。

 2015年8月30日 宝樹
(大森望訳)

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