図書館は逃走中

図書館だけが居場所だった少年が、たくさんの本と一緒に冒険へ! 『図書館は逃走中』(早川書房、5月24日発売)訳者あとがきを特別公開!

「学校が死ぬほどつらい子は図書館へいらっしゃい」という図書館司書の言葉が多くの共感を呼んだことがありました。図書館が居場所を与えてくれるというのは、どこの国でも変わらないようです。
イギリスの作家デイヴィッド・ホワイトハウス氏による長篇小説『図書館は逃走中』も、図書館を拠り所とした少年の成長物語です。

5月24日より好評発売中の本書の訳者・堀川志野舞氏による訳者あとがきを特別に公開!

【あらすじ】
家にも学校にも居場所がない12歳の少年、ボビー・ヌスク。彼はある日、2人暮らしの母娘に出会う。母親が働く図書館トラックのたくさんの本に、ボビーはたちまち夢中になった。1冊読むごとに、目の前の世界がどんどん広がっていくのを感じる。
だが、平穏は続かない。いじめっ子への仕返しが警察沙汰になったのだ。ボビーたちは図書館トラックに乗って町を離れ、未知の土地を駆けめぐる!
数々の文学賞に輝く気鋭作家による少年の成長物語!

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訳者あとがき

本書を支える陰の主役、それは何百冊もの本を載せた移動図書館である。昨今はインターネット書店等のおかげで、どこにいても大抵の本が手に入るようになったが、まずは手に取って本の中身を確認したいと思うことは多々ある。町の書店が減ってきている現状、幅広い選択肢を与えてくれる図書館は非常にありがたい存在だ。そして図書館から遠い地域を巡って本を届けてくれるのが、移動図書館というサービスである。


日本図書館協会発行の『日本の図書館 統計と名簿』2016年版によると、日本にある公共図書館の総数は3280館、自動車図書館の台数は546台となっている。ちなみに都道府県別の集計を見ると、自動車図書館の台数が最多なのは北海道の55台である。世界に目を向ければ、本作の中でも触れられているように、移動図書館は自動車だけではなく、自転車や船、ラクダやロバといった動物を利用している国や地域もある。日本で使われなくなった移動図書館車が他国で活用されているケースも少なくない。移動図書館は識字率の低下を防ぎ、孤立した地域を社会と繋ぐという重要な役割も担っている。本は心を豊かにする糧であり、移動図書館は夢や新しい世界を届けてくれるものだと言えるだろう。


この作品の主人公であるボビーもまた、移動図書館のおかげで本の持つ力に気づいたひとりである。12歳のボビーは、母親が出ていってしまってからは、父親とそのガールフレンドと3人で暮らしている。父親には無視され、学校ではいじめられ、寂しい日々を過ごしながら、大好きな母親の帰りをひたすら待ち続けている。そんなボビーを悲しみから救いだしてくれたのが、ユニークな発想を持つサニーという少年だ。ふたりは親友になるが、あることを計画したために、ボビーとサニーは引き離されてしまう。孤独と退屈を持て余したボビーは、ある日ヴァルとローザという母娘と出会う。ヴァルは移動図書館の掃除の仕事をしていて、ボビーに本を貸してくれるようになった。ボビーは読書の楽しみを知り、目の前の世界がどんどん広がっていくのを感じる。ところが、移動図書館が閉鎖されることになり、ボビーたち3人は移動図書館に乗って冒険の旅に出ることを決意する。それは警察を相手にした逃走劇のはじまりでもあった。

こうしてあらすじにしてみると、ひとりの少年の成長を描いた正統派の作品のようだが、実際には物語は読者の予想を裏切って、時には予想する隙さえも与えず、意外な方向へと進んでいく。ボビーとサニーの〝計画〟が圧巻だ。物語の中とはいえ、これは子どもにしかできない無茶で突飛な行為であり、だからこそ少年たちの必死さが伝わってきて、驚くのと同時に切なさに胸を締めつけられる。

この物語に登場する人々は、それぞれに悲しみを抱えて生きている。とりわけ家族に対する思いに苦しんでいる。血の繋がった家族であっても、どうしても相手が理解できなかったり、深く愛するが故に心を悩ませていたりするのだ。普通の作品なら、終着点は家族との和解ということになるだろう。しかし、そもそも〝本物の家族〟とはなんなのか、著者はそんな根本的な疑問を訴えかけてくる。

『わたしが眠りにつく前に』の著者であるSJ・ワトソンは、本作を「家族の本当の意味を感動的かつユーモラスに探求する、すばらしい作品」と評している。ボビーたち登場人物の置かれている状況は深刻だが、作品全体に漂う雰囲気は決して暗いものではない。それは随所におとぎ話のエッセンスが見られるおかげであり、リアリティばかりを追求するのではなく、あえて非現実感を取り入れるという物語ならではの表現方法が功を奏しているからだろう。

移動図書館が舞台とあって、古典から最近のものまでバラエティ豊かな文学作品が登場するところも、愛書家にはたまらない大きな魅力のひとつだ。さらに、冒頭が「ジ・エンド」であったり、章タイトルが寓話風に仕立てられていたり、ボビーの冒険が作中作として語られたりと、読書の楽しみが満載されている。これまで本をほとんど読む機会のなかったボビーは、読書のおかげで自分の中の可能性を見いだし、物理的な意味を超越した広い世界に飛びだしていく。読者もボビーの目を通して、一冊の本にどれだけの力があり、人を成長させるものなのか、改めて発見するはずだ。

本当の家族と寄せ集めの家族の違いとは何か、という問いかけは、人生と物語の違いとは何か、という疑問にも通じている。「どの本にも、人生の手がかりが記されているのよ。そうやって物語は紡がれているの。本を読んで、その物語に命を吹きこめば、本の中で起こる出来事があなたの身にも起こるわ」というヴァルの言葉が表しているように、本に描かれているのは誰かの人生の一部であり、読者はどこか自分と重なる部分を見つけながら物語に没入するものだろう。「本の中で起こるような出来事が、ぼくの人生に起こるとは思えないよ」と初めは否定的だったボビーも、『星の王子さま』を読んだとき、これは自分の物語ではないかとびっくりしている。物語の世界が作り物であったとしても、そこに真実が存在しないことにはならないのだ。むしろ、何も感じずに過ごしてきた日々や心が通わない家族こそが、ボビーにとっては虚構の世界に存在していたと言えるのではないだろうか。

著者のデイヴィッド・ホワイトハウスはロンドン在住。《ガーディアン》や《タイムズ》など多数の新聞や雑誌に寄稿しており、雑誌《ショートリスト》の編集主幹を務めている。2011年に発表した処女作 Bed はベティ・トラスク賞を受賞し、18カ国で出版された。短篇映画の脚本も書いており、Bed も映像化されている。本書は二作目の長篇小説であり、イングランド芸術評議会による2015年ジャーウッド・フィクション・アンカヴァード賞を受賞するなど、高い評価を得ている。新作についての情報はまだ届いてないが、《ニューヨーク・タイムズ》で「要注目の作家」と評されているとおり、次はどんな物語を紡ぎだして読者を楽しませてくれるのか、今後も目が離せない。

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デイヴィッド・ホワイトハウス/堀川志野舞訳『図書館は逃走中』は2017年5月24日発売!
http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000013535/

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