誰も死なないミステリーを君に2

世界初⁉ ラーメン×青春×ミステリ=『誰も死なないミステリーを君に』超番外篇

『誰も死なないミステリーを君に2』の刊行を記念し、著者・井上悠宇氏が〈誰に死なないミステリーを君に〉の番外掌篇を渾身の書き下ろし。佐藤と志緒が遭遇した、誰もが身に降りかかる可能性のある大事件とは⁉


〈誰も死なないミステリーを君に〉番外篇

 誰も死なないラーメンを君に


 今日も無事に、微笑みを忘れた大道芸人の死線を消した僕と遠見志緒は、いつものように打ち上げをすることにした。
 近いうちに死が訪れる兆し、死線。僕たちは誰かの顔に現れるそれを、こっそりと消す活動をしている。そして、死線が消せた時には、二人で志緒の父親である宗一郎のカードを使って、ささやかに美味しいものを食べる。そんなふうに決めているのだ。
 時刻は午後三時。
 二人ともお昼を食べていなかったので、僕はラーメンを食べに行こう、と提案した。
「ラーメン?」
 しかし、志緒は不服そうに眉を寄せる。何が気に入らないのだろう。
 僕は業務スーパーで売っている一袋二食入りの棒ラーメン188円をこよなく愛している。全国十か所のご当地の味、棒ラーメンシリーズ。それをローテーションさせれば毎日食べても飽きが来ない。素敵。経済的。ラブアンドピース。
「パパと前に一度だけ食べに行ったことがあるんだけど、お湯に麺が入ってるだけのが出てきて。どうぞ小麦の味をお楽しみくださいって言われても、全然楽しめなくて」
 あ、それ、意識高いヤツだ。
「食べ終わったあと、パパが、スマナイって遠くを見ながら言ったの。なんか残念だった」
「ラーメンにも色々あるんだ。それは、ラーメンの中でもとびきり異端なやつ。普通のラーメンに食べ飽きた人が行くような通のお店だったんだろう。今日は普通のラーメンを食べればいい。きっとイメージが変わる」
 志緒は「そっか」と納得したようだが、インスタントラーメンばかり食べている僕は、美味しいラーメン屋を知らない。外食のラーメンなど、清貧な僕にとってはとびきりの贅沢なのである。とりあえず、志緒がスマホで「美味しいラーメン屋」と検索して、たくさんレビューのついている『麺屋チャオ』に行くことにした。人気店のようだが、午後三時ともなれば、さすがに空いているだろう。
「ねぇ、佐藤くん、チャオだって。チャオって、イタリア語で、こんにちは、とか、さようならっていう、くだけた挨拶だよね。なんだか親しみやすそう」
 志緒が少しだけ期待の色を浮かべた瞳で見てきたので、僕は「そうだね」と答えた。
 麺屋チャオは駅の高架沿い、薄暗く狭い路地にある小さなお店だった。
「ラッシャッセーィ!」
 引き戸をカラカラと開けた僕たちを迎えたのは、威勢のいい声。
 テーブル席が二つ、それから、カウンター席が五つ。昼を過ぎた今でも客が結構いた。
 店員は厨房に二人、フロアに一人。黒いシャツに、黒のバンダナキャップ。その両方に白文字で麺屋チャオと書かれている。
「ラッシャッセーィ!」
 フロアで腕組みをして仁王立ちしている、レスラーのような体格で、もみあげと髭が繋がった強面の店員が僕たちにジロリと視線を向けた。志緒は僕にだけ聞こえる小声で「ここ、変なお店じゃないよね。何を言ってるの? この人たち」と不安そうに呟く。
 志緒ちゃん、大丈夫。イタリア語に訳すと、チャオって言ってるんだよ。
「二名? テーブル席ご案内ィ!」
 レスラー店員に促されて、僕たちはテーブルに着いた。
「どうしましょう!」
 野太い声でそう言われたが、メニューが見当たらない。
「私、普通のラーメンが――」
「お客さん初めて? ウチのメニューは一つしかない。ラーメンだけ。背脂どうするかって聞いてるの。少ない順で、チャッチャ、チャチャチャ、チャオ。ウチの普通だと、背脂たっぷりのチャオゥになるけど、それでいいの?」
 イタリア語は関係なく、「背脂チャッチャの王」で、チャオだったらしい。
 ヤバい。全然、親しみやすくない。レビューがいっぱいついてたの、賛否両論のせいか。
 僕が「じゃあ、チャッチャで」と言うと、志緒も「……私もチャッチャ」と続いた。
 言葉だけ聞くと陽気にマラカスを振っているようにも聞こえるが、それとは裏腹に志緒の表情からは戸惑いと憂い、悲しみが窺える。
「あいよ、チャッチャふたつ! はい、水。ウチはスープにこだわりがあるんで、まず水で口の中をリセットしてから、最初にスープ、それから麺にいってください。くれぐれもスープからで、オネシャース!」
 最初のラーメンは麺だけのお店、二度目はラーメンへのこだわりが強くてルールを押し付けてくるお店。志緒は、もう、二度とラーメンを口にしないかもしれない。
 キャスケットを脱いだ僕と志緒は水を口にして、黙ってラーメンが来るのを待つ。
 その間にも何人か客がやってきた。どうであれ、店は繁盛しているようだ。
「はい、チャッチャお待ちィ!」
 レスラー店員に運ばれてきたラーメンは、意外とシンプルで、美味しそうだった。醤油ベースの琥珀色のスープ、チャーシュー二枚にネギ。背脂がほどよく振りかけられている。
 ラーメンを置いてもレスラー店員は、席から離れようとしなかった。スープから口をつけるかどうかを見ているのだ。僕と志緒はレンゲを手に取り、スープをすする。
 ――美味い。かぐわしい醤油の香り、背脂はベトベトせず、あっさりとしている。
 志緒の頭の上に「!」マークが三つほどついて、肩までの髪がぶわっと広がった、ように見えた。彼女は今、美味しいラーメンと、初遭遇したのだ。
「ごゆっくりィー!」
 その反応を見たレスラー店員は、満足げにニカッと笑って、フロアの真ん中に戻った。
「佐藤くん! これが――」
「そう、ラーメンさ」
 なぜドヤ顔をしてしまったのか、自分でもよくわからない。
 瞳を輝かせた志緒と僕は頷き合い、割りばしを割った。
 その時だった。
「ヘイ、チャオ、お待ちィ……ああっ、お客さん、困りますよ! どうして、胡椒かけたの! スープ飲む前に、胡椒いれちゃダメでしょうよ! 味見て、それで、足りなかったら、胡椒でしょうが!」
「うるせー! ラーメンくらい好きに食わせろ!」
 レスラー店員と、僕たちの後にやってきた、ガラの悪そうなアロハシャツの男が言い争っている。アロハシャツの男は、おもむろに割りばしを割って、麺をズルズルとすすった。
 レスラー店員が憤怒のあまりに、顔を真っ赤にする。
 振り返ってそれを一瞥した志緒が言う。
「ねぇ、佐藤くん。あのお客さん、いきなりモザイク……」
 それは、アロハシャツの男に死線が現れたことを意味していた。

 スープを飲まずに胡椒をいれて、麺をすすったら、殺されるラーメン屋。
「麺が伸びる前に、死線を消そう」
 僕は割りばしを揃えて置いた。
 出来立ての美味しいラーメンよ、チャオ。


誰も死なないミステリーを君に2

『誰も死なないミステリーを君に2』(井上悠宇/著)ハヤカワ文庫JA

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