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焼きそばと向き合うことは自分と向き合うこと。塩崎省吾×小野瀬雅生【『ソース焼きそばの謎』刊行記念対談】

『ソース焼きそばの謎』(ハヤカワ新書)の刊行を記念し本屋B&Bで開催された、著者の塩崎省吾さんと、クレイジーケンバンドのギタリストで『焼きそばの果てしなき旅』の著者である小野瀬雅生さんによる特別対談をお届けします。プライベートで一緒に焼きそばを食べに行く仲だというお二人によるディープな焼きそばトークをお楽しみください。オタフクソースお好み焼課の川本和晴さんも途中参戦!

塩崎省吾(しおざき・しょうご)
1970年生まれ。静岡県出身。ブログ「焼きそば名店探訪録」管理人。国内外の1000軒以上の焼きそばを食べ歩く。テレビ・ラジオなどメディア出演多数。本業はITエンジニア。

小野瀬雅生(おのせ・まさお)
1962年生まれ。神奈川県出身。「クレイジーケンバンド」のギタリスト。天丼をはじめとしたB級グルメマニアである。日本全国の焼きそば食べ歩き経験をまとめた著書『焼きそばの果てしなき旅』が発売中。

『ソース焼きそばの謎』ハヤカワ新書

何度読んでもおいしい『ソース焼きそばの謎』

編集部 お二人の出会いからお聞かせいただけますか。
小野瀬 ブログなどを通じて、もともと焼きそば好きとしてお互いのことを認知していました。それで焼きそば食べ放題に行ったんですよね、たしか。
塩崎 本郷三丁目にある「焼きそばのまるしょう」に焼きそば食べ放題コースがあって、そこでぜひお話ししましょうということで集まったのが最初です。
小野瀬 いきなり焼きそば食べ放題からスタートです。それからいろいろとご連絡させていただくようになり、全日本焼きそば会議というのを、僕と塩崎さんともう一人の3人だけでやったりしました。とりあえず大きく立ち上げておこうかということで、2回ほど開催しました。
塩崎 小野瀬さんが『焼きそばの果てしなき旅』を出版されたときにも、お祝いの会をやりましたね。『ソース焼きそばの謎』、どうでした?
小野瀬 一回目はものすごいスピードで、二回目三回目からはたちどまりながら読みました。塩崎さんの文章は、きれいでとても読みやすいですね。何回も読んでいて、見るたびに目に飛び込んでくる文字が違ったりして、そこが面白かったです。これだけのいろいろなファクトを結びつけるのは大変だったと思うのですが、頭の中だけですべてやったのですか。
塩崎 全国各地のいろんなお店の証言から、「この老舗は何年から焼きそばを提供している」といった情報を書き出して、順番にエクセルでソートをしたり、マップに打ってどういう様子で点在しているのかを調べたりしました。ほかにも、各地の図書館で文献をあたって、文脈的なところで分類したりもしました。
小野瀬 読みやすい文章に加えて、図や写真がいいところにちゃんと出てくるおかげで、ああこれなのねと納得しながら読み進められました。もしかしたら、こういう図も同時に頭の中にあったのかなと。
塩崎 僕は本業がシステムエンジニアで、システムのドキュメントを整理したりするのは普段の仕事でやっているので、それは確かに得意かもしれません。他の人に理解してもらう文章は書きなれています。
小野瀬 なるほど。読みやすくて、短期間で5回読み直しました。好きな本は買ってしまう病なので、この『ソース焼きそばの謎』を1冊いただいたあとに、もう4冊買いました。みなさんも買って下さい(笑)。何冊あってもいいですからね。今日も、カバンの中に1冊入っています。
編集部 文献はどのようにあたりをつけているんでしょうか。
塩崎 いろんなパターンがありますね。例えば、「焼きそばはとくに浅草あたりで発祥したな」という目処がたったら、そこの図書館に行く。図書館に置かれているその地域出身の小説家のエッセイ集をかたっぱしから読み、子供の頃の思い出話をしている部分を探していきます。その小説家が大正末期の生まれだったら、小学校ぐらいまでの思い出だろうとめどをつけて、初期のエッセイを集中的に当たったりします。ほぼ外ればかりで、10冊あたって1箇所出てくればいいという感じです。検索ではまず出てこないので、こうやるしかない。読み返してみて、この本をよく書いたなと自分でも思いますね(笑)。
小野瀬さんに伺ってみたいのですが、『焼きそばの果てしなき旅』に載せるお店はどういう基準で選ばれたのでしょうか。ブログには、ほかにもいろんな記事がありますよね。

塩崎さん(左)と小野瀬さん(右)

小野瀬 この本をまとめたのがちょうどコロナのまっさかりで、お店に掲載の許可取りをしたくても、休業中でできないということが多かったんです。辞めてしまったお店は許可の取りようがないので、その時に電話に出てくれたお店と、ハガキを出してお返事をくれたお店だけ載せました。先日閉店してしまった京都の野口商店は、電話を何回しても出ないので、ダメもとで編集の方が「載せていいかどうか○か×でお願いします」と往復はがきを送ったら、大きな○のついたハガキが返ってきたり。
塩崎 そのエピソードは初耳です(笑)
小野瀬 本が出てからようやく連絡が来たところもあったそうです。
塩崎 それは悔やまれるでしょうね。まさか「マツコの知らない世界」で紹介されるとは、と。

多様性のある食べ物

塩崎 小野瀬さんの中で、焼きそばの定義・範囲はありますか。
小野瀬 きっちり決まっているわけではないんです。いろいろ食べながら、「これも焼きそばでいいんじゃないか」という発見があるのが、焼きそばのおもしろいところだと思います。五反田にあったペルー料理のお店だったかな。焼きそばといっても麺がスパゲッティなんです。メニューには、焼きそばとは書いていないんですけどね。「これも焼きそばっていうのか!」という発見がありました。
塩崎 大使館の近くにある「アルコイリス」ですね。メニューには「ペルー風焼きそば」と紹介されていたかと思います。
小野瀬 焼きそばの世界というのはすごく広くて、気づいたら果てしなき旅に出てしまっていました。世で言う多様性がある世界だと思います。
塩崎 ペルーは中国人の移民が中華料理を現地化して、現地の食材や調味料を使って焼きそばを作りはじめたそうです。チーファというペルー料理のジャンルのひとつがタヤリンサルタード。にんにくしょうゆ味でおいしいです。「タヤリン」はスペイン語で「麺」、「サルタード」が「炒める」を意味しています。直訳すれば、「麺炒め」です。
小野瀬 面白いことが近場にもいろいろあります。僕がよく通っていた横浜の磯村屋というお店はご高齢のおばちゃんがやっていて、焼きそばにじゃがいもが入っている。じゃがいもが入っているのは普通にあるんだろうなと思っていたのですが、どうやら珍しいようです。
塩崎 群馬や栃木の南部などで入れるところがありますが、数は少ないですね。
小野瀬 そっちの系譜なのかと思って一回聞いてみたら「ただ単にじゃがいもがいっぱいあったから使った」と。誰かの影響ではなく、食材として採用しただけだったようです(笑)。焼きそばは一個一個あまり影響しあわずにあるように思います。
塩崎 じゃがいもは、戦前に亀戸天神の屋台で焼きそばに入っていたという記述もありました。戦前から東京で、じゃがいもがあったから入れていたという。
小野瀬 磯村屋さんは戦後だった。手っ取り早くおなかをいっぱいにしたいひとのために、かさを増やすためにじゃがいもを入れたということだったそうです。

グッとくるお店の選び方

編集部 おふたりには、食べ歩きの話をぜひお聞きしたいです。どのような観点でお店を選んでいるのでしょうか。
小野瀬 塩崎さんはもともとバイクであちこち回られていていましたよね。
塩崎 人里離れて、公共交通機関が通っていないところにわざわざ行ったりしていました。繰り返し行くのは少し大変ですね。焼きそば屋との出会いは、一期一会だと思います。
小野瀬 塩崎さんは下調べをされる時、なににひっかかりますか。
塩崎 お店の創業年ですかね。歴史を調べて、なるべく古いお店を選びます。「今行っておかないとなくなっちゃうんじゃないか」ということから優先度が上がります。古くからやっているということは地元の人から愛されているということでもあるので、固定客がいて地元の味になっていることも多いです。
小野瀬 なるほど。僕は「外観から水木しげるが感じられるかどうか」が大きなファクターです(笑)。
塩崎 点描で描かれているようなお店ですね。
小野瀬 これは行っておかないと、と思います。実際に行ってみたはいいけれど入りづらいな、どうしようということもありますが。
塩崎 外観写真でぐっとくるというのは大きいですね。
小野瀬 メニュー表を見て、メニュー名でひっかかることもあります。小樽の焼きそば屋さんの「ブラックサバス焼きそば」は、名前を聞いてまっしぐらでした。
塩崎 僕もメニューで、たとえば肉とか卵をオプションでつけることもできるけれど、素の焼きそばが300円、というようなお店だと、今のうちに行っておかないとと思いますね。こういうお店はだいたい「自分の代で店を閉じてもいいや」と跡を継がせないんですよね。だからこの値段でやっているというところが多い。
編集部 初めて入るお店で「失敗したらどうしよう」と思うことはありませんか。
塩崎 ないですね。
小野瀬 僕もないです。失敗したらネタになりますからね。
塩崎 そうです。失敗したらおいしい。そもそも地方での食べ歩きでは、美味しい店を求めていないんです。面白いとか、思い出に残るお店とか、よそにはないなにかを求めて食べ歩きをします。たとえば浅草の地下にある「ふくちゃん」の焼きそばは、ごくシンプルで屋台でも食べられそうな感じですけど、ああいうのがかえっていいです。北関東はそういうお店が多いですね。
小野瀬 トッピングのオプションがなくて、焼きそばの量を小中大から選べるだけのお店とかがありますよね。
塩崎 本でも紹介した、茨城県の筑西にある「中山屋」さんはまさにそうですね。メニューに大とか小とか書いていなくて、値段だけ。300円、500円、600円というメニュー表でしたね。麺とちょっとのキャベツでオプションはゼロ。これがおいしいんです。
小野瀬 僕が焼きそばにスポっとハマってしまうきっかけになったのがそのお店でした。
塩崎 面白いですね。私のきっかけになったお店は、岐阜県の高山にある「ちとせ」というお店です。基本的には中華のお店なのかな。家族連れが焼きそばを食べに来ていて、行列ができていました。高山に住むバイク仲間につれていってもらって食べたのですが、美味しいけれどそこまで特別じゃないなというのが最初の正直な感想でした。ただ、行列ができるということはなにか魅力があるんだろうなと不思議に思ったのがきっかけになって、このようなお店は他にもあるんじゃないかと思って探しはじめました。プリミティヴというか、すごくシンプルな焼きそばが、ハマるきっかけになりやすいのかもしれませんね。
小野瀬 シンプルだからこそ、自分が何を求めているのかを問うことになる。
塩崎 禅問答に近いのかもしれません。焼きそば屋さんには特有ののんびりした平和さがありますよね。ラーメンではなく焼きそばの食べ歩きにはまったのは、その平和さにひかれたからかもしれません。ブログ用に写真を撮っていると、ウチなんかのを撮っていいの? みたいに言われることもあります。ラーメン業界で感じてしまう「圧」が、焼きそばにはない。
小野瀬 わかります。戦いのない、平和な食べ物です。焼きそばは安くておいしい。本当に自分の人生が変わるようなおいしさは求めていなくて、自分が納得できて、おいしかったなと思える、自分の身の丈に合っているというか。それを僕はとても愛しているんです。

自作する楽しみ

編集部 ここからは、オタフクソースのお好み焼課シニアスタッフで、焼き方を教える「お好み焼士マイスター」の資格を持つ川本和晴さんにもオンラインで加わっていただき、焼きそばを自作する楽しみについてお話しをしていきたいなと思います。
川本 よろしくお願いします。

オタフクソースの川本さん(左)

塩崎 僕はオタフクソースさんの開業研修の講師をすることもあるのですが、川本さんとはその時にお会いしました。川本さんは実技をみっちりやって、僕は最初の最初に焼きそばに関する歴史とか麺の特徴といったものをお話しするんです。プライベートで川本さんと焼きそばの話をすると止まらないですね。オタフクで一番焼きそばに詳しい。川本さんに伺いたいのですが、家庭で焼きそばを作るコツはありますか。
川本 焼きそばというとお肉から炒めることが多いと思いますが、どうしても麺の火の通りが悪くなってしまいますよね。麺自体に厚さがありますし、一本一本焼いていかないといけないので、最初に面を加熱していくところが大事になると思います。そういった意味で、マルちゃんのレシピを見ると、加熱時間をうまく短縮するために水を入れて一気に熱をかけるというやり方になっている。そうではない場合は先に麺をしっかりと炒めるという方法をとっています。
塩崎 水を入れてほぐして熱を通しやすくする過程がありますよね。僕も、自分でマルちゃんを作る時にはレンジであたためてから炒める、動かさずに焼くということをしています。
小野瀬 僕は、表面の油を落とす感じで湯通しをしています。
塩崎 油は落とした方がいいんでしょうか。
川本 麺をコーティングした油を活かすかどうかによりますね。麺自体の香りを楽しむのであれば一度油を落とした方がいいと思いますし、油があるメリットとしてはほぐれやすい。
塩崎 デメリットはくっつきやすくなるという。
川本 あとは、油による熱の入りの良さというメリットもあります。
小野瀬 いいですね、話が細かくなってきました。地域によっても、使われている麺がだいぶ違いますよね。そうすると作り方から土地土地でちょっとずつ違う。僕、西日本の方の麺のことをまだ全然知らないんですよ。
塩崎 このあたりの話は僕も語りたいのですが、川本さんにあえてふりたいですね。焼きそばの地域性や、焼きそばソースを使った面白いレシピがあれば教えていただけたら。
川本 出張などで旅行をする時は、どんな麺があるか買って食べる機会があります。西へ行くとゆで麺が多いのですが、東ではなかなか見かけません。
塩崎 そうですね。成城石井でかろうじて見かける程度ですね。
川本 逆に西の方でないのは深蒸し麺ですね。特定の地域をのぞくと見ることがない。
塩崎 そうですね。東京にある深蒸し麺をオタフクさんに紹介すると、広島で生まれ育った社員さんは知らなかったということがありました。
川本 文化の伝播で面白いなと感じたのは、百貨店が出始めたころに、広島のデパ地下のフードコートで、関東の焼きそばが提供されていたそうなんです。それを広島の味にアレンジしようとして始まったのが、オタフクの焼きそばソースの開発です。お好みソースとウスターソースをベースに、ブレンド比率を調整して工夫してできた専用ソースなので、いいとこどりでなんにでも合わせやすいソースだと思います。粘性もちょうどいいですし、味もまろやかなので、ぜひ食べていただきたいです。
塩崎 関東の焼きそばが広島のデパ地下で提供されたんですね。面白いですね。オススメの具を聞こうと思っていたんですけど、むしろ麺とソースだけで食べてみたいですね。
編集部 お店の味を自宅で再現することはありますか。
塩崎 ありますね。いろんなものを試しますけど、最近だと、萬来亭という横浜中華街にある上海料理の店の上海風焼きそばを作りました。太い麺と青菜だけの、かなり黒い濃い色の焼きそばなんですけど、それを自宅で再現しようと思って、太い麺であのモチモチ感を持っている大勝軒のつけ麺用の麺を茹でてから焼きました。どの麺を使うかで、再現できる味がずいぶん変わるなと思います。
小野瀬 以前テレビで有名焼きそば店の店主がマルちゃん焼きそばを使って調理していたのを見た時は、まず麺を焼いていました。やってみたんですけど、カチカチになってしまってまったくほぐれず、なかなかうまくいかなかったですね。どんな感じで焼いていけばいいのでしょうか。けっこうバリバリに焼いちゃうのか、それともじっくり焼くのか、そのへんをお聞きしたいです。
川本 麺の触感でバリバリ系をもとめるかしっとり系がお好きなのか、どこを理想とするかですね。もしバリバリ系であれば、あんかけ焼きそばの応用で。固すぎるということであれば、両面ではなく片面だけ焼いて、そのあとの野菜の水分でうまくほぐして、最後にソースを絡めて仕上げるというやり方ができると思います。あるお店ではされていますが、ほぐしでウスターを使って仕上げで濃いめのソースで炒める。こんなふうに、ソースを役立てる方法もあるかなと思います。
小野瀬 なるほど。
塩崎 それはいいですね。
川本 スープで炒めつつ煮ていくような、町中華の焼きそばのようなやり方で作っていかれるといいものができると思います。
塩崎 川本さんはたとえば、仕事としてどこかのお店の物を再現しようということもけっこうあるんですか。
川本 そうですね。お好み焼課は繁盛店を作るというミッションもありますので、そういったところで流行っている理由を見つけに行ったりして参考にさせていただいて、これから開業される方の想いと組み合わせていくこともします。

焼きそばはなぜ美味しいのか?

編集部 最後に、今日のイベントのタイトルである、「焼きそばはなぜ美味しいのか?」というテーマについて、お二人の答えをお聞きしたく思います。
塩崎 無茶振りですよね(笑)
編集部 先ほどのお話のように、お店の味を自宅で再現することもあるかと思いますが、一方でささっと作るおいしさもある。焼きそばのおいしさにも幅の広さがあると思います。
塩崎 そうですね。手軽さというか。高校生が文化祭で作ったものでもそれなりに美味しい。では、僕から答えを。つい先日、稲田俊輔さんとトークイベントをして、その時に稲田さんの語り口にすごく惹かれたので、なんちゃって稲田さんふうに、焼きそばはなぜおいしいのか分析してみました。ちょっと長くなりますけどお聞きいただければと思います。

焼きそばはなぜ美味しいのか。美味しさというのはいうまでもなく主観にもとづくもので、僕は美味しいと思うけど、他の人はおいしいと思わないかもしれない。なぜ美味しいのかという問いは、なぜ美味しいと感じるのかという問いに言い換えることができる。僕は食前、食中、食後の三つのプロセスに分けて分析してみました。

まず食前です。「プルースト効果」をご存じでしょうか。人間の五感の中でも原始的で、本能に直接かかわってくる感覚といわれている嗅覚は、記憶を呼び覚ます効果があります。ソース焼きそばの焦げたソースの香りは、嗅覚を刺激しますよね。それによって、かつて食べておいしかった焼きそばの思い出が呼び覚まされるのではないかと。焼きそばは、焦げたソースの香りが独特で、屋台でもすごくいいにおいがするじゃないですか。あるいは、隣の人がカップ焼きそばを食べていたら自分も食べたくなったりしますよね。スパイスを100度以上でガンガンに過熱して香りを立てるという料理のやり方は、カレーに通じるところがあると稲田さんがおっしゃっていて、なるほどなと思いました。ソース焼きそばには、カレー並みの刺激・香りがある。これによって、おいしい焼きそばの記憶が呼び覚まされて食べたくなってしまう。これが食前です。

食中のキーワードは「ベータエンドルフィン(快楽物質)」です。人間は糖質と油の組み合わせを本能的に好み、高カロリーなものを摂取するとベータエンドルフィンが分泌されます。ソース焼きそばは油で麺を炒めるという時点でその条件を満たしている。加えて、栄養摂取の効率がすぐれていると思います。いくつか理由はあって、ひとつは口内調味。ご飯とおかずを口の中で混ぜ合わせて調味をすることを口内調味といいますが、焼きそばはもとから味がついているのでそういった手間がなく、そのまま食べておいしいと感じられる。ソースによって甘さ・しょっぱさ・辛さ・酸味が、バランスよく味付けされている。よい塩梅で食べられる。それに、米粒よりも粉もののほうが栄養の消化吸収が良い。面白いことに、麺って表面積が大きいのでアツアツで提供されても、ふーふーやると冷めやすいんです。ラーメンはスープにひたっているのでなかなか冷めなくて食べるのに時間がかかるけれど、焼きそばは好みの温度に調整しやすい。早めに好みの温度でおいしく食べることができる。あとは、肉とか魚介で動物性たんぱく質が、野菜でビタミンや食物繊維が摂取できるので、食べている最中に得られる多幸感が大きい。

最後に食後です。焼きそばは他の食事に比べて、食べ終わるのが早くないでしょうか。それは、カップ焼きそばが顕著だと思います。作っている時間より食べる時間の方が早かったりする。思っていたよりも早く食べ終わる。じっくり味わうつもりだったのにもうなくなってしまう。それは脳にとってストレスで、これは「認知的不協和」と呼ばれる状態です。「酸っぱいぶどう」というイソップ童話があります。キツネは高いところにあるぶどうを食べたいと思ったけれど、高すぎてとれなくてあきらめる。そして、「あのぶどうは酸っぱいから食べなかった」と自分のなかで正当化する。あきらめたのだけど、その行為を正当化するわけです。それと同じように、焼きそばをもっと食べたかったのになくなってしまったという認知的不協和を解消するために、「早く食べてしまったのは美味しかったからだ」という解釈が脳の中で行われている。そして、この「美味しかった」という感覚がソースの香りをかぐと呼び覚まされて、また食べたくなる。そしてまた食べて多幸感が生まれて、「ウマウマウー」……このループが繰り返されて焼きそばは美味しいのではないか、というのが僕の主張です。長々とご清聴ありがとうございました。説得力はどうでしょうか。

「焼きそばはなぜ美味しいか」を語る塩崎さん

小野瀬 説得力、ありました。僕も稲田さんと以前対談したことがありますが、いまのはかなり稲田節が効いていましたね。ひとつだけ僕の考えを加えると、焼きそばの美味しそうなにおいは、キャベツが焼けているにおいが貢献していると思うんですよ。シンプルに作る時も、とりあえずキャベツだけは入れてみる。キャベツを炒めている時のにおいが僕の中では焼きそばと密接です。それとソースのにおい。麺からはそんなに麺を焼いているにおいというものはないですけど、キャベツとソースでひとつのコンビがやってくる。そう思い始めたんです。

僕は、ソース焼きそばを食べることは、バンドを食べることだと思います。「地味なメンバーだけど音楽は良いね」とか、「ハデなんだけどそんなでもない」とか、そういう総合力で焼きそばはできている。込み入った料理工程があるわけではないけれど、パッと集まってパッといいサウンドを鳴らすアンサンブルが焼きそばにはありますよね。

焼きそばというからには麺がリードヴォーカルで、その横にいるのがソースです。ソース焼きそばというジャンルのバンドにすると、ソースはギタリストですね。うまくサウンドを決めながらヴォーカリストをサポートする。でも意外と大事なのはキャベツ、あとは油。サラダ油でやるのか、ごま油、ラードでやるのか。天かすで油に風味付けをしていくというのもよくあります。そういうものが麺を支えるベーシックになっている。ソロではない。

塩崎 面白いですね。小野瀬さんらしいです。バンドメンバーの中で、どれが要というのはありますか。
小野瀬 バンドサウンドで意外と大事なのはベースです。そこでキャベツなんです。あとの油脂であったりとか、お肉はどうだろう。
塩崎 僕も、肉はなくてもいいよね派なんです。
小野瀬 お肉はキーボード的で、いるだけでアンサンブルがゴージャスになるというか。イカというのも意外といけて、サックスプレイヤーがいるぞ、みたいな。ドラムはけっこう油だと思います。麺と油でなんとなく焼きそばになっていくじゃないですか。どんなドラマーがいるかでバンドの良し悪しが決まるように、油が媒介しないと各パートの関係性が成り立たない。
川本 卵は何になりますか。
小野瀬 卵はコーラス系かな。きれいなお姉さんが後ろでフーっといっているような。
塩崎 なるほど、途中で混ぜたりとか、途中で加わる。
小野瀬 目玉焼き二つでコーラス二人、みたいな。そうやってなぞらえていくとキリがなくなりますね(笑)

焼きそばに最適化された目

塩崎 余談ですが、街の中を歩いていると、つい焼きそば屋に見間違えてしまう看板があります。例えばやぶそば。最初に見た時に、「ぶ」ののれんが上にかかっていたんです。風が吹いてめくれたら、やぶそばだったと。

「やきそば」に見間違いそうな「やぶそば」

塩崎 次は、長野で見かけたものです。合わせ技で、山賊焼きと、信州そばの上下。反射的に、「焼きそば」に見えてしまいました。

「焼きそば」に見間違いそうな「信州そば」の看板

塩崎 次は毛色が変わって、遠目にみるほど焼きそばにみえるという。地元の商店街を歩いていて、焼きそば屋の看板? と思ったら、もうそうにしか見えないでしょう。解像度が低いと焼きそばにしか見えない。
小野瀬 ちょうどいいところに赤いものがあるんですね。
塩崎 こっちは紅ショウガで、キャベツとか青のりとか、青いものが。

焼きそばに見える貴金属の写真

小野瀬 完全に麺に見える。
塩崎 これはもう、完全に間違えさせに来ているのかなと。切り抜きの形が楕円で、銀皿を思い起こさせる。かなり間違えました。もうひとつ似たものがあって、これは麺ばかりな焼きそば。なんか山にしたがるんですよね。遠目にみたら焼きそばにしか見えない。

山盛りの焼きそばに見える貴金属の写真

塩崎 次が、花のお店。リーフタイルフラワーという、池袋のデパートでこの看板を見つけた時には。これ焼きそばですよね。紅ショウガを散らしてある感じで。

焼きそばに見える花の写真

小野瀬 これは重症ですね(笑)。でも食べ物には見えますよね。
編集部 塩崎さんの目が焼きそばに最適化された結果『ソース焼きそばの謎』は書き上がったということですね。
塩崎 そうですね。私の眼は、つねに焼きそばを探し続けている。

(2023年9月7日、本屋B&Bにて)

構成:河井彩花、一ノ瀬翔太(早川書房編集部)


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