スター_ウォーズによると世界は

ハーバード大学の名物教授の溢れんばかりのスター・ウォーズ愛? キャス・R・サンスティーン『スター・ウォーズによると世界は』訳者・山形浩生あとがき


 本書はCass R. Sunstein, The World According to Star Wars の全訳だ。訳にあたっては、原出版社から得たpdfファイルと、ハードカバー版を参照している。

 さて、本書についての説明だが……えー、なんと言うべきだろうか。本書はかなりユニークな本としか言いようがない代物ではある。

 まず著者について。著者キャス・R・サンスティーンは、アメリカの法学者でハーバード大学ロースクールの教授だ。特に憲法学や行政法、環境法に詳しい。言論の自由、動物の権利、結婚などの様々な分野で多くの論文や著書があり、またインターネットやビッグデータが社会や民主主義に与える影響についての論説も多い。
 また各種の政策や規制で、様々なリスクをどのように考慮するかを述べた研究も名高い。特に行動経済学的な知見を各種の規制手法や政策立案に導入する提案では、2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーと共にリバタリアン・パターナリズムの考え方を提示している。人は行動経済学的なバイアスのせいで、そのままでは自分に最善の選択ができないこともある。それになんでもかんでも選択を迫るのがよいわけではない。選択しない自由も守られるべきだ。だから政府が政策の出し方などで、選択の自由を維持しつつもよい選択に人々を誘導するべきだ、とかれは述べる。
 そしてかれは、象牙の塔のアカデミシャンにとどまらない。2009年から2012年にかけてはオバマ政権のホワイトハウス情報規制問題局(OIRA) の局長を務め、連邦政府によるあらゆる規制についてのレビューと承認を行った。その立場は基本的には古典的な費用便益分析の遵守ながらも、行動経済学的な知見も大いに活用されている。

 で……本書だ。

 本書の話を聞いて、訳者を含め多くの人はスター・ウォーズを肴(さかな)にサンスティーンの学問的な主張を説明するような本を想像していた。スター・ウォーズのジェダイのことばを使って、禅の教えを解説してみたり、機動戦士ガンダムからあれこれ抜き出して、政治学的な知見を説明する補助に使ってみたりといった本は多数ある。本書もそうした一冊になると思うのが人情だ。
 ところが出てきたものは、全然ちがった。『スター・ウォーズ』成立までの経緯の説明! なぜそれがヒットしたか! スター・ウォーズでの親子関係! スター・ウォーズとスタートレックとどっちがいいか! スター・ウォーズのエピソードをどの順番で観るべきか! スター・ウォーズをめぐるトンデモ説の紹介! スター・ウォーズのエピソードランキング! それを含めとにかく全篇で展開される、あられもないとすら言えるスター・ウォーズ・ラブ♥のオンパレード!
 多くの人(特にサンスティーンの真面目な読者)はひっくり返った。
 もちろん、スター・ウォーズへの愛情吐露は当然予想されていた。でもそこはそれ、アメリカを代表する法学者でホワイトハウスの公職にもついた人物としてのプライドというか慎みで、基本はもっと真面目でアカデミックな路線に行くと思っていたのに……。ちなみに、書きぶりもえらくライトだ。
 このため、本書に対する評価もまた様々だ。もちろん、「サンスティーン先生、どうしちゃったんですかー!」と単純におもしろがって喜んでいる読者は多い。おたくぶり全開を見て大喜びする人もいる。その一方で、口さがない人は罵倒している。若者にうけようとしたオヤジがおちゃらけてみせて滑っているぜ、必死だな、という具合。もちろん(もちろん!)スター・ウォーズのディープなファンからは、踏み込みが甘いという批判も出ている。
 またサンスティーンの真面目な読者からも戸惑いの声はある。すでに述べたように、本書の様々な部分にはサンスティーンの学問的知見が活用されている。それをもう少し深めることはできなかったのか、というわけだ。
 ちなみに、サンスティーンの学問的な成果が最もよく出ているのが、法解釈の在り方を、続篇を作るクリエーターたちの解釈行為になぞらえて説明するエピソード8だ。続篇づくりは、もちろん前作までのシリーズに縛られる。でもだからといって、完全にできることが縛られているわけではない。そしてシリーズ新作による新しい解釈や展開が、今度はかつての作品の再解釈をもたらす。従うべき「ルーカスの当初の意図」なんかない。人々は走りながら新たな理解をつくりあげるものだ。憲法の解釈でも同様だ。公民権もジェンダー平等も言論の自由も、もともと憲法に定められていたものではない。社会の変化に伴い、憲法の解釈も変わっていったということだ。こうした説明は明解でわかりやすく、スター・ウォーズの理解と憲法解釈の理論の両方に対する知見を深めてくれる。が、その締めはスター・ウォーズのエピソードをどの順で見ればいいか、というまったく関係ない話。
 エピソード9で示される行動経済学的な「ナッジ」の概念、エピソード2のメディアやインターネットを通じた評判のカスケード効果に関する説明、エピソード7の反乱軍やレジスタンスなどの先鋭化の力学なども、サンスティーンの知見が反映されている。が、これまたそのエピソード7の最後では、私的エピソードランキングがいきなり展開され、挙げ句に「文句あるか」とくる。うーん。
 そしてもちろん、サンスティーンの理論とは、どうこじつけてもまったく関係ない章も多い。父と子の関係を述べたエピソード5とか、トンデモ解釈をいろいろ紹介したエピソード4とか。

 ということで、結局のところ本書は、サンスティーンがスター・ウォーズ新作公開にはしゃいで作ってしまった、本当に純粋なファンブックなのだと見るのがいちばん適切なのだろう。あのサンスティーンが、と(ぼくを含む)多くの人は思う。でも、そのサンスティーンをしてこんな本を書かせてしまうほどの魅力が、スター・ウォーズにはあるということだ。かれがダース・ベイダーとルークの関係を通じて思いをはせる、父と子の関係(それは自分と息子、そして父親と自分の両方にまたがるものだ)は、いかにも私的なものだ。でも、それがサンスティーンにとってスター・ウォーズの大きな魅力になっていることもよくわかる。スター・ウォーズは、サンスティーンにとってまさに神話として働いているのだ。それも、形式化した既成宗教的な意味での神話ではなく、いまそこで展開されている原型的な物語として。
 そして本書はまた、スター・ウォーズがサンスティーン個人にとってだけでなく、世界のあらゆる人々にとって、そうした神話的な存在であることをとても重視する。サンスティーンは、インターネットによる人々の分断を20年近く前から懸念していた。人々は自分の見たい情報だけを見るようになり、みんなが自分の小さな殻にとじこもるばかりか、自分がそうした選別を行っていることにさえ気がつかなくなり、その結果として世界認識そのものが完全にばらばらになってしまう。それは2016年の、ほとんどだれも予想していなかったトランプ大統領選出などで如実にあらわれてしまった。でもその中で、スター・ウォーズは世界にある種の共通体験をもたらしている。それも、楽しい、本当にみんなが共感できる体験だ。その秘密はなんだろうか? かれがスター・ウォーズに見いだしているのは、そうした意味での希望でもある。

 スター・ウォーズにそこまでの期待をすべきかどうかは、もちろん人それぞれ。またそれに対するサンスティーンの分析も、ときに少し通り一遍の印象もある。ついでに、ぼくはかれが(何と!)アデルよりもテイラー・スウィフトを支持すると知ってかなり失望した。でもその一方で、ポピュラー文化をネタに各種の学問分野解説を行おうとする本は、しばしばあまりに生真面目すぎ、あまりに深読みの重箱の隅的になりすぎ、対象とした作品の持つ楽しさ、おもしろさとは無縁の鈍重な代物と化すことも多い。でもこの本はちがう。この本に限ってサンスティーンの主眼は分析にあるのではない。むしろ、なんでもいいからスター・ウォーズについて、思い切り書きたい放題のことを書けたという純粋な喜びにある。
 本書から、アメリカの偉大な法学者サンスティーンの感じた、その純粋な喜びを感じ取っていただければ幸いだ。動画サイトなどで、本書のプロモーションでいろいろ対談をするサンスティーンの姿も見られるけれど、本当に楽しそうだ。本書をきっかけに、スター・ウォーズ・シリーズの魅力を読者のみなさんが再発見してくれれば幸甚。
 そして……牛に引かれて善光寺参り、という格言もある。人がどんなきっかけで、何に向かうかはわからない。本書をきっかけに、サンスティーンの本業に関心を持つ人が少しでも増えてくれればと思わなくもない。
 今後もスター・ウォーズ・シリーズは続く(はい、この訳書は2017年末の『最後のジェダイ』公開便乗企画ではあります)。本書で展開された分析は、果たして今後も通用するだろうか? それは本書を読み、新作を観ての、みなさんのお楽しみだ。
 なお山形はスター・ウォーズは最初の公開時から観ているほどの歳寄りではあるものの、さほど熱心なファンというわけでもない。本当にマニアの方からみればいろいろまちがいもあると思う。お気づきの点は訳者までご一報いただければ、以下のサポートページで周知するようにいたしますので。http://cruel.org/books/WorldAccordingtoSW/

 2017年10月
 東京にて 山形浩生 

スター・ウォーズによると世界は』キャス・R・サンスティーン/山形浩生訳 早川書房 好評発売中!


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