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「そうなんだよ。これは凄いシリーズなんだ」と力強く保証してくれる――『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』レビュー【刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ第二弾】

 10月15日の刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ最新作にして最高傑作『ガン・ストリート・ガール』発売を控え、書評家の小野家由佳氏による刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズのレビューを掲載いたします。

 今回はシリーズ第二作にしてアメリカのミステリ専門誌選出の〈バリー賞〉受賞作、『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』をご紹介いただきます。

サイレンズ・イン・ザ・ストリート_帯付

『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』レビュー


 『コールド・コールド・グラウンド』を読んで、これは凄いと心を震わせた読者に「そうなんだよ。これは凄いシリーズなんだ」と力強く保証してくれる。
 刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ第二作『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』は、そんな一作だ。
 前作以上の満足感に浸ることのできる快作である。

   *

 『コールド・コールド・グラウンド』から半年後の物語だ。
 前作のラストで警部補に昇進したショーン・ダフィは、血痕が見つかったという通報を受けて、無人工場へ出動する。
 老警備員からショットガンを向けられる洗礼を受けながら現場を捜索したダフィは、スーツケースに詰められたバラバラ死体を発見する。それだけでも厄介だが、死体の様子を見て、ダフィは顔をしかめた。この死体、日焼けをしている。
 北アイルランドに日焼けできる場所なんてどこにもない。……他所者だ。
 更に解剖によって、被害者の死因は毒物であることも判明。トウアズキという東南アジア原産の植物が持つ毒、アブリンを飲まされたらしい。
 他所者が、東南アジア原産の毒で死んで、切断されて、スーツケースに詰め込まれて捨てられた。人を殺したいなら、過激派の組織に入って銃をぶっ放す方が余程簡単な、この北アイルランドで!
 かくして、前作に引き続き、ダフィは奇妙な事件の捜査へと乗り出すことになる。
 そして、調べていった先で、アルスター防衛連隊の大尉の殺人事件にも出くわし、やはり事件はキナ臭い方へ……というのが本書の大まかな導入部である。
 注目したいのは、なんといっても捜査小説としての出来栄えだ。
 刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズは第一作で示した様々な方向性について、それぞれ深みを増していき尻上がりに面白くなっていくシリーズなのだが、本書はその中でも、事件の謎を追う捜査の魅力が思う存分に発揮された作品ではないだろうか。
 北アイルランドの事件らしからぬ変死事件の担当となったダフィが捜査を進めていく内に別の事件にも関わることになり、そちらについても調べていかなければならなくなる。果たして、本筋の事件とこちらの事件は関係があるのか、という複数の事件が入り混じったプロットは前作と同じなのだが、読み心地は大きく違う。
 『コールド・コールド・グラウンド』は、序盤から、事件の裏側に過激派の影が見え、ダフィはそれを意識しながら、良く言えば本質直観、悪く言えば明確な論拠に欠けた独断で行動し、ストーリーを大きく動かしていく形の物語だった。
 それに対し、本書は小さなところから段々とステップアップしていった先で大きな構図が見えてくる構造になっており、その積み重ねの部分が面白いのだ。
 関係者と会って話した際のちょっとした違和感、現場の様子への疑問といったところを丹念に拾い上げ、妙だと感じたところを繋いでいく過程は捜査小説としての楽しみに満ちている。
 また、被害者の死因だというトウアズキを探すため、行く先々で相手が植物を育てていないかを探るダフィの姿はユーモラスな味があり、そういう意味でも本書の捜査は楽しい。心なしか、ダフィと相棒クラビーの軽口も前作より多めだ。
 そうした少し気の抜けた、軽い雰囲気が、話が進むにつれて変化していく。緊張感が増していく。
 その末に思いもよらないところから、想像のしていないものが引っ張り出されるのだ。上で言ったような、大きな構図が。
 事件の真相が明らかになったあと、ここまでの道筋を思い返してみて、スタート地点では思いもよらなかったところに辿り着いてしまったなという感慨に浸れる、非常によくできた捜査小説である。

   *

 さて、本書を読み終えた時、ゾッとするのは「今回は前作よりも平穏だったな」と思ってしまうことだ。
 振り返ってみると、ちっとも平穏ではない。
 ダフィは相変わらず車に乗り込む前に爆弾が設置されていないかをいちいち確認するし、事件の関係者からは「あの人はIRAに殺されてしまってね」といった言葉がさらりと出てくる。警察署の爆破テロだって起こっている。
 それなのに大人しかった、と感じてしまうのは、何故か。
 本書で扱われる同時代の大事件というのが、前作のIRAハンストとは違って、北アイルランドとは直接的な関係が薄いフォークランド紛争だからというのもあるだろうが、それよりも大きいのは、読者が前作から引き続き読んできて、この時代、この土地で起こることに慣れつつあるから、だろう。
 無感動に爆弾チェックのルーティンをこなすダフィのように、この状況での出来事にいちいち動じなくなっている。
 『コールド・コールド・グラウンド』のレビューにおいて、シリーズを読み進めるごとにダフィのことが段々と身近に思えてくると書いたが、それは自分たちの生活に彼を投影できるから、という意味だけではない。
 こちらも、読めば読むほど、ダフィと彼の生きた時代にいつの間にか歩み寄っていってしまう。
 このシリーズはそういうシリーズでもある。
 そして、いくらダフィ自身が慣れきってしまっていたとしても、彼を取り巻く環境は紛争の中で否応がなしに変化していく。
 元恋人や信頼していた警察の上司は北アイルランドからの脱出を決め、同僚は自ら命を絶つ。プロテスタント住民とのご近所トラブルですら命懸けだ。
 シリーズを通しての縦の軸としてあり続ける紛争下の北アイルランド情勢の変化は、目立たなくても、慣れっこになっていても、着実にダフィの身辺に影響を与える。
 本書で表に出るかどうかギリギリのところで語られていたこの世界でダフィがどう生きていくかの筋は、次作『アイル・ビー・ゴーン』で主旋律として噴出する。
 このまま、読み進めていただければと思う。

小野家由佳(おのいえ・ゆか)
書評家。〈翻訳ミステリー大賞シンジゲート〉にて「乱読クライム・ノヴェル」連載中。Twitterアカウントは@timebombbaby

シリーズ第一作『コールド・コールド・グラウンド』のレビューはこちらから。

このシリーズを貫く太い芯はショーン・ダフィという男である――『コールド・コールド・グラウンド』レビュー【刑事〈ショーン・ダフィ〉シリーズ第一弾】

【あらすじ】

 軍用ヘリが空を駆け、警察署はテロの標的となる――フォークランド紛争の余波でさらなる治安の悪化が懸念される北アイルランドで、切断された死体が発見された。胴体が詰められたスーツケースの出処を探ったショーン・ダフィ警部補は、持ち主だった軍人も何者かに殺されたことを突き止める。ふたつの事件の繋がりを追うショーン。混沌の渦へと足を踏み入れた彼に、謎の組織が接触を図り……新たな局面を見せるシリーズ第二弾。

【書誌情報】

■タイトル:『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』 
■著訳者:エイドリアン・マッキンティ/武藤陽生訳 
■本体価格:1,180 円(税抜)■発売日:2018年10月 ■ISBN: 9784151833021■レーベル:ハヤカワ・ミステリ文庫
※書影等はAmazonにリンクしています。






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