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歴史改変、ベーシック・インカム、人工知能、青春、百合、サイバーパンク! 『日本SFの臨界点 新城カズマ』作品紹介

伴名練=編による「今この時代に、最も読んでほしい傑作選」として3ヵ月連続刊行中の『日本SFの臨界点』。第2弾となる新城カズマさんの傑作選が発売となりました。

日本SFの臨界点_新城カズマ_帯

『日本SFの臨界点 新城カズマ 月を買った御婦人』
新城カズマ/伴名練=編
装画:10⁵⁶/装幀:BALCOLONY.
電子書籍版同時配信

[収録作]
●議論の余地はございましょうが
●ギルガメッシュ叙事詩を読み過ぎた男
●アンジークレーマーにさよならを
●世界終末ピクニック
●原稿は来週水曜までに
●マトリカレント
●ジェラルド・L・エアーズ、最後の犯行
●月を買った御婦人
●さよなら三角、またきてリープ
●雨降りマージ

○新城カズマ Kazma Sinjow

小説家・架空言語設計家。有限会社エルスウェア顧問。柳川房彦名義でグランドマスターをつとめたメイルゲーム「蓬莱学園」ワールドを小説化した『蓬莱学園の初恋!』でデビュー。2005年刊行の『サマー/タイム/トラベラー』(ハヤカワ文庫JA)で第27回星雲賞日本長編部門を受賞した。他の著作に『15×24』 (集英社スーパーダッシュ文庫) 、『島津戦記』(新潮文庫nex)などがある。

本書には伴名氏による3万字超の解説も併録されています。刊行を記念してその冒頭と、収録作品紹介部分を以下に特別公開。各作品の魅力と、そこに込められた編者の思いをお楽しみください。

――――――――――

ゲームマスター・新城カズマは情報圏を遊歩する
伴名練

 もしも、新城カズマが「SFにしか関心の無い」作家だったら──今ごろ、日本SFの中核で次々に新作を発表していて、大学生のSFファンが作品内容をめぐって論争を交わし、未来社会を語るトークイベントにもSF作家代表として呼ばれ続けていただろう。
 けれども、そうはならなかった。新城カズマの興味関心の対象はあまりに広かった。
 〇三年五月に新城が書いた文章に曰く、

「プロとして書き始めて満十一年プラス数か月、各種ライトノベル・ミステリ・SFときて、のこるは本格異世界ファンタジーと奇妙な味の短篇と……いや、まだまだあるなあ、書きたいネタは。上記二種はもちろんのこと、少女小説もやってみたいし、児童文学とか、西洋歴史ものとか、トールキンやポォの翻訳とか……ううむ、時間は圧倒的に足りません」

 この後も、構想になかったものとして、キャラクター創作論を執筆し、ライトノベル史をまとめ、ショートショート集を出し、時代小説を書き、学者との対談本を出し、関心の赴くままにあらゆる執筆活動を続けてきた。「本当にやりたいことをやっていいよと言われたら架空の百科事典を書きたい」と語ったこともある。結果として、長いキャリアの中で、ジャンルSF読者に向けて書かれたものは僅かしかない。『サマー/タイム/トラベラー』に感激したものの次に手を伸ばすべき本を探して途方に暮れたり、新作SFを待ち望んで飢え苦しんだ人は珍しくなかっただろう。
 SF短篇を中心とした傑作選である本書は、そういった方にまずうってつけだし、もちろん新城作品初体験の方にもおすすめできる一冊となっている。
 なお、「SF短篇を中心とした傑作選」であり「SF傑作選」でないのは、私の趣味で入った、一切SFではない「ジェラルド・L・エアーズ、最後の犯行」とか、九分九厘まで超常要素のないジュブナイル「さよなら三角、また来てリープ」などが含まれているからだが、これは新城カズマの多才に触れる手がかりになるだろうという意図と、単純に面白い小説が埋もれているので世に広めたいという動機による。

(中略)

【収録作品紹介】

(内容の微ネタバレを含みます)

◆「議論の余地はございましょうが」〈SFマガジン〉一〇年二月号初出、書籍初収録。
 参議院選挙期間中、新興政党の一員として出馬した候補者は、選対とリアルタイムでやりとりを繰り広げながら選挙演説を行っていたが、彼のかけた眼鏡のスクリーンに第三者からの割り込みが入り──連作シリーズ〈あたらしいもの〉シリーズのうちの一篇。
 選挙という政治性の高いモチーフに身構える読者もいるだろうが、グランドマスターを務めたプレイバイメール『ネットゲーム90 蓬莱学園の冒険!』の山場のひとつで学園の日本からの独立投票を扱って以来、新城作品では選挙がカジュアルに用いられており、候補者が自身の目指す社会像を語る選挙のシステムは、総体としての未来を模索しヴィジョンとして示す新城作品と相性がよいものと思われる。
 また、経済について、近年では藤井太洋の『アンダーグラウンド・マーケット』、機本伸司『未来恐慌』などの例もあるが、日本SFで正面から書く作家が少ないジャンルであり、『蓬莱学園の犯罪!』のソーニャ・チップ、『サマー/タイム/トラベラー』のトリブルを始め、幾度となく題材に選んで来た新城カズマにとっては、十八番とも言える分野である。
 初出から十一年が経ち、ベーシック・インカムそのものは作中で指摘されたのとは異なる問題点──ネオリべ的な為政者が社会保障を削減する目的で使用するのではないか、というもの──が議論に上るようになっているが、通常のベーシック・インカムを露払いに登場する「架空人」周りのロジックはいまだに目を引くSF的発想である。

◆「ギルガメッシュ叙事詩を読みすぎた男 ──H氏に捧ぐ」〈まんたんブロード〉〇七年四月号初出、『マルジナリアの妙薬』収録。
 ショートショート連載の第一話目を飾った作品で、ノアの方舟をテーマにした、精度の高い星新一パスティーシュ。H氏は当然、星新一のこと。星新一本人にもノアの方舟ネタ作品(『かぼちゃの馬車』所収、「大洪水」)は存在するが、もちろん展開は別物。キャラクターも濃く、蘊蓄の多い新城カズマと、細部を削ぎ落した星新一の作風は真逆であり、意外に感じられるかもしれないが、新城は星作品の重要性をたびたび説いている。

「自然主義的リアリズムとまんが・アニメ的リアリズムの差異というのは、かたや時間があり「私」の物語を語るもので、かたや時間をなくし「キャラ」の固有性を立てていくというものになりますけど、もう一つの可能性があるんじゃないかと。まさにさっき言われた星新一さん式のショートショートですね。あれは物語が凝縮してあるんだけれども、登場人物の印象はむちゃくちゃ薄い。エヌ氏とかエス氏とか交換可能なんですね。小咄やアネクドートは、ものすごい強烈なオチがあって不可逆時間なんだけれども、キャラでもなく「私」でもない主役がいる。あそこをもう一度意識したほうがいいのかなあと。そのためには星新一を読み直すというたいへんな作業が待っているわけですけど(笑)」
「自然主義的リアリズムがまんが・アニメ的リアリズムを発見したという話は、そんなに直線的じゃなくて、星新一というものすごい人がいたという事実がワンクッション挟まるとわかりやすい。やっぱり星新一の偉業を真剣に再考すべきではないかと、今こうやって話していて突然思うわけです(笑)」(東浩紀『コンテンツの思想 マンガ・アニメ・ライトノベル』)

◆「アンジー・クレーマーにさよならを」〈SFマガジン〉〇五年七月号初出、SFマガジン編集部編『ゼロ年代SF傑作選』(ハヤカワ文庫JA)再録。
 一方のパートでは古代都市スパルタの歴史を辿りつつ、いま一方のパートでは、近未来を舞台に、自らの個人情報を売って他人の遺伝情報を買う、女学院の少女たちを描く。少女小説テイストとポストサイバーパンク的な身体改造・情報環境の掛け合わせを、「百合SF」のタームが話題になる遥か以前に行っており、その先進性が目を引く。これは新城カズマがもともと少女漫画や少女小説、寄宿舎ものに親しんでいたために書きえた作品だろう。新城自身、「女の子が主人公の方が書きやすい」と語ったこともある。
 本篇は、『サマー/タイム/トラベラー』の登場人物の一人、貴宮饗子が執筆した同題の小説に影響を受けて書かれたもの──という設定で書かれている。
 私立聖凜女子学園に通う令嬢、貴宮饗子の人となりは、作中描写に曰く、
「彼女は起爆剤で、燃料タンクで、操縦桿で、ようするに好奇心が縦ロールの髪をなびかせてるみたいなやつだった。ぼくらのなかでいちばん本を読んでいて、理想の恋人像は「もちろんロジオン・ロマーヌィチ・ラスコーリニコフよ」と断言して憚らず、聖凜の文芸部が毎年秋に発行する部誌には『隣人を不審に思う生得の権利について』だとか『遺伝子工学の未来と、親を選ぶ権利の発生』だとか、そんな小論文ばっかり発表してた」
 遺伝子デザイン技術が、服の着替えや整形手術のように気楽に使われていけば、生まれたあとでも自分の遺伝組成を変えられる=遺伝情報レベルで子供が親を選べることになり、親から離翔(テイクオフ)する時代が到来する。牧畜農耕という技術が、不安定な環境から人類社会を離翔させ、新しい時代をもたらしたように、その時、人類は最古の不完全技術である『家族』から自由になる──というのが饗子のロジックであり、「アンジー・クレーマーにさよならを」はその延長上にある。
『サマー/タイム/トラベラー』に登場する少年少女たちは、家族のしがらみによって町に囚われている者が多く、饗子自身が良家の子女であり家族によって町から出ることを禁じられたキャラクターであることを考慮すれば、本作に託された切実さが分かるだろう。

◆「世界終末ピクニック」〈まんたんブロード〉〇七年九月号初出、『マルジナリアの妙薬』収録。
 物理圏から情報圏に存在する〈セカイ〉を訪れた主人公たちは、あと二時間で訪れる〈セカイ〉の終了を待ち構える──ショートショート連載の第六回目。
 新城SFで重要な概念である「架空人」の萌芽は、『サマー/タイム/トラベラー』の終盤でちらりと言及される「被著作人」から存在するが、「架空人」というネーミングで正面から書かれたのは本作が初めて。今回は「NPC」(ノンプレイヤーキャラクター)のルビが振ってあり、本作そのものも、オンラインゲームのサービス終了時にプレイヤーたちが集ってその終了を見守る状況をイメージしてもらえば分かりやすいだろう。一三年にMMOFPS『Planetside』がサービス終了する際も、隕石が大量に降り注ぐ終末の光景の中、別れを惜しむプレイヤーたちが集ったそうで、現実と共鳴しているとも言える。
 描写の細部に、情報圏の存在を支えているのが物理圏の経済であるということが示されており、一般的なヴァーチャル・リアリティSFで描かれにくい急所とも言える。

◆「原稿は来週水曜までに」一七年二月、電子書籍オリジナル作品として群雛NovelJamより刊行。
 小説家であるヒガシイチガヤ・ユウスケは、人気シリーズの完結作執筆でスランプに陥り苦しんでいた。にもかかわらず本の刊行日時が、人工知能の予測によって世間に発表されてしまい、更なる苦境に陥る。人工知能と小説家の未来をフックにしつつも、新城作品には珍しい、徹頭徹尾のギャグを展開しており、初期作品を彷彿とさせる。
「NovelJam」というイベント内で執筆されたが、その公式HPにいわく、

「NovelJam(ノベルジャム)とは、著者と編集者が集まってチームを作り、わずか2日間で小説の完成・販売までを目指す『短期集中型の作品制作企画』です。ジャムセッション(即興演奏)のように事前にあまり本格的な準備をせず、参加者が互いに刺激を得ながら、その場で作品を創り上げていきます」

 実際には一日目の昼から二日目の昼までしか執筆時間が無く、二三時間未満で書かれた小説ということになる。NovelJamのイベントはこれを第一回として現在、第四回まで続いているが、ここまで制限時間が厳しいのはこの回限り。執筆期間が極端に短いからこそ、書き手の地の部分が出ていると言えるかもしれない。担当編集者は賀屋聡子。イベント内で最優秀賞を獲得している。二一年六月現在、新城カズマの小説最新作である。

◆「マトリカレント」『書き下ろし日本SFコレクション NOVA2』(一〇年、河出文庫)初出、短篇集初収録。

 一四五三年、オスマン帝国軍の侵攻により、コンスタンティノープルが陥落。東ローマ帝国は滅亡した。混乱の最中、海に落ちた後宮の女官テオドラを救ったのは、海で生き続けてきた男・アレクシオスだった。アレクシオスの師が見つけた「油」は、人類に、海中で長期生存し、海流を乗りこなして遠泳させる力を持たせた。彼ら海に生きる人々の活動は、現代に至って地上人の営為と交錯する──ベリャーエフ『両棲人間』のような古典SFを連想させる一方で、スターリングなどの身体拡張系サイバーパンクの香りも漂う作品。
 もともと「西洋歴史もの」を書く願望のあった新城カズマだが、本作が歴史の背面に存在した民族を描くスケールの大きい伝奇になりつつ、現代社会にも影響をもたらすSFとして結実するのは、ジャンル横断型作家ならではと言える。また、「亡国の女性」というモチーフは、後に書かれる『島津戦記』『玩物双紙』でも重大な役割を果たしており、日本史小説への参入は、むしろ本作に発揮されたような世界史への関心を起点としたものかもしれない。やや異質だが、〈あたらしいもの〉シリーズの一篇という位置づけである。
 なお、東ローマ帝国滅亡時の皇帝・コンスタンティノス11世は、自軍を鼓舞し、攻め込んできたオスマン帝国の軍勢の中に自ら斬り込んだが、戦闘後に死亡が確認されたという説と、そのまま消息不明になったという説(伝説)がある。

◆「ジェラルド・L・エアーズ、最後の犯行」〈小説推理〉一〇年三月号初出、書籍初収録。

 ジュニア・ハイスクールに通う少女は、学校の授業で死刑囚に手紙を送ったことがきっかけで、七人を殺害した死刑囚との文通を始める。男は無罪を訴え再審請求をしていたが……本書収録作のうち、一切SFではない唯一の作品。
『日本SFの臨界点』を題した本に非SFが入っているのを訝しむ方もいるだろうが、書簡体を巧みに利用したサスペンスフルな作品として優れており、新城カズマの一般小説短篇集が出ることも当面はなさそうで、放っておくと埋もれるだろうと考え、とにかく小説として面白いので収録した。読後、タイトルの上手さにもうならされる。
 ヒロインが赤毛の、饒舌なキャラクターであることは、新城自身がたびたび愛着を語り、新城キャラの饒舌さのルーツのひとつでもある『赤毛のアン』シリーズの影響かもしれない。

◆「月を買った御婦人」〈SFマガジン〉〇六年二月号初出、『日本SFの臨界点[恋愛篇]』(ハヤカワ文庫JA)再録。
 十九世紀末のメキシコ帝国。公爵家の末娘である十五歳の令嬢、アナ・イシドラのもとに五人の求婚者が詰めかけた時、彼女が結婚の条件として求めたものは「月」だった。かくして大砲による月面着陸競争が始まるが、それは科学技術史と政治史の双方を塗り替えて行く──ハインラインの名作短篇「月を売った男」の裏返しのタイトルであり、日本SFで連綿と書き継がれてきた「竹取物語」オマージュの短篇でもある。作者いわく、「探検家でなく、出資者から視た月旅行SF」とのこと。人力演算モチーフは小林泰三「予め決定されている明日」、小川一水「アリスマ王の愛した魔物」、劉慈欣「円」などとも共通しているが、過剰とも言えるアイデアの投入は新城SFの醍醐味だろう。
 大砲で月を目指す着想はもちろんヴェルヌ『月世界旅行』からのもの。プレイバイメール『蓬莱学園の冒険!』のクライマックスが(恐らくは『地底旅行』にインスパイアを受けた)地底世界探検であることを思えば、ヴェルヌ作品の浪漫が新城作品に多大な影響を与えていることがお分かりだろう。
 なお、初出時の挿画はメスティーソ(白人とラテンアメリカ系有色人種のミックス)を意図した浅黒い肌の女性だったが、父の人種的偏狭が本文で示唆されていることからお分かりの通り、今回の表紙イラストで描かれたように、アナ・イシドラは人種的には白人となる。

◆「さよなら三角、また来てリープ」『マップス・シェアードワールド─翼あるもの─』(〇八年二月、GA文庫)初出、短篇集初収録。
 長谷川裕一作のSFコミック『マップス』の世界観を用いた小説アンソロジー(他に秋津透・笹本祐一・重馬敬・中里融司・古橋秀之が寄稿)に発表された作品。『マップス』は地球生まれの少年・ケンが宇宙船でもある人造生命の少女リプミラとともに宇宙を旅し、銀河のあらゆる生命を死滅させようとする「伝承族」と戦う、スケールの巨大なスペースオペラ作品。
 アンソロジー執筆陣は、『マップス』キャラクターたちのスピンオフ短篇や『マップス』の宇宙を舞台にした冒険物語を寄せているが、新城は、ストーリーの終盤ぎりぎりまで一見『マップス』本篇と直接はかかわりのない、七七年の高校生たちを主人公にした学園青春小説を描いた。ただし宇宙へのロマンが軸になっている点と、高校生たちの作りあげる宇宙船の「外見」に原典へのリスペクトがある。フィクションへの愛着を語る物語という点で、SFか児童文学かという差異はあるが、短篇「書物を燃やす者たちは、いずれ人をも燃やすだろう」と対になる作品と言える。

◆「雨ふりマージ」〈SFマガジン〉〇九年一〇月号初出、『年刊日本SF傑作選 量子回廊』再録。
 母親がリストラされた母子家庭の一家は、困窮を乗り越えるために家族そろって架空人になることを選んだ。それは、自分たちの情報が全世界に発信され、無数の改変を伴ってフィクションとして拡散・消費されることを意味していた。
「議論の余地はございましょうが」「世界終末ピクニック」でも架空人の概念は登場したが、自然人が架空人になる、という発想と、その実際にセンスオブワンダーがある。現在でいうYouTuberに近い側面も持っているが、主人公の一人称が自由意思によらず次々に変化する辺り、フィクションに取り込まれた人間のままならなさを描くメタフィクションとも言える。第二一回SFマガジン読者賞受賞。
 本文中で取り上げられている筒井康隆「おれに関する噂」は、平凡なサラリーマンである主人公が、ある日突然マスコミに追い掛けられ一挙手一投足を報道され、全国民から注目を浴びる、という不条理劇だが、本作品は経済的保障と引き換えに自らその立場を受け入れる、というものに近い。

――――――

★おまけ

同じく伴名さんの本書解説より、『サマー/タイム/トラベラー』の紹介も特別公開します。これからの季節にもぴったりの傑作、あわせて是非。

●『サマー/タイム/トラベラー』全二巻(〇五年、ハヤカワ文庫JA)(※電子書籍あり)

「これは時間旅行(タイムトラベル)の物語だ。
 といっても、タイムマシンは出てこない。時空の歪みも、異次元への穴も、セピア色した過去の情景も、タイムパラドックスもない。
 ただ単に、ひとりの女の子が──文字通り──時の彼方へ駆けてった。そしてぼくらは彼女を見送った。つまるところ、それだけの話だ」(冒頭より)

 高校生である卓人の幼馴染・悠有が、マラソン大会の途中で瞬間的に「消失」し、再び出現した。悠有が短時間だけ未来へ飛ぶ能力を身に着けたのだ、と仮説を立てた、天才的な頭脳を持つ少女・貴宮饗子の発案のもと、友人たち五人は喫茶店〈夏への扉〉に集まって、能力検証の〈プロジェクト〉を開始する。
 能力が発動する状況を見つけようと実験を繰り返したり、過去のタイムトラベル作品をかき集めてディスカッションを行ったりと、〈プロジェクト〉にどっぷり浸かった夏休みを謳歌する彼らだったが、悠有の兄が抱える難病や、町で起こる連続放火事件が暗い影を落としていた──
 SF作家・新城カズマの最高傑作。「時をかける少女」テイストの時間SFは世に数あれど、そのリリカルさと、マニアックなまでの多層オマージュの掛け合わせで、類例のない物語になっている。異常に読書量が多く、こまっしゃくれた高校生たちが過去の時間SF作品を論じたり分類したりする様子にはたじろぐが、閉塞した地方都市の若者たちを主役に、既に色あせた「未来」という概念への屈折した思いを浮かび上がらせる手法が巧みで、SFに詳しくない読者にも親しみやすい青春ものになっている。能力そのものは過去には戻れず少し未来に飛べるだけ、というささやかなものだが、SFとしては時空理論の魅力、記憶に纏わる難病や、ライフログ的な記録システムを提供するクラブ、地域通貨など、その他の細かいアイデアも興味を引く。頭でっかちな語り手と、過去作の大量引用という点で、拙作「ひかりより速く、ゆるやかに」が参考にした作品でもあり、「ひかりより~」を好きな読者にも手に取ってほしい作品である。三村美衣は、ジャンルへの自己言及性を導入している面で新本格ミステリと共通することを指摘している。
 重版を続けており、刊行後一六年経った現在でも絶版になっていない。

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