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【連載16】《星霊の艦隊》シリーズ、山口優氏によるスピンオフ中篇「洲月ルリハの重圧(プレッシャー)」Web連載中!

銀河系を舞台に繰り広げられる人×AI百合スペースオペラ『星霊の艦隊』シリーズ。
著者の山口優氏による、外伝の連載が2022年12/13より始まっています!
毎週火曜、木曜の週2回、お昼12:00更新の連作中篇、全14回集中連載の予定でしたが、ご好評につき数話延長いたします!

星霊の艦隊 洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー
ルリハは洲月家の娘として将来を嘱望されて士官学校にトップの成績で入学し、自他共に第一〇一期帝律次元軍士官学校大和本校のトップを自認していた。しかし、ある日の無重力訓練で、子供と侮っていたユウリに完全に敗北する……。

星霊の艦隊 外伝 
   洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー

山口優


Part2

 ミツハには四つの役割がある。
 帝律圏皇后として、皇帝とともに神祇院議員の星霊の任命に関与する立場。同じく皇帝とともに大和帝律星の防衛指揮を行う立場。
 大和帝律星全体の住人の御霊――バックアップデータを保管する、霊域を維持する立場。
 そして最後が、大和帝律星の中心部に光る恒星玉――そのもう一つの役割である、記号要塞〈大和〉の制御星霊としての立場。
 ミツハは自らに搭載されたペンローズ投射射撃盤――大和帝律星全市民の御霊を保管する霊域とともに、彼女の主機の事象の地平面のホログラフィック演算回路の根幹を為すシステム――が、正確に敵爆撃隊の予測進路に惑星級弾道弾を投射する準備を整えたことを認識した。
 ミツハは、アメノヤマト帝律圏において『大和』を名乗る兵器としては一四代目である。ミツハは、皇帝とともに即位する際、『大和』の名を一三代目〈大和〉から襲名するまでは、巡戦艦〈金剛〉を名乗っており、一八代目〈金剛〉であった。
「ミツハ様――零嵐からの情報は?」
「問題ありません。照準をつけるのに充分な情報が得られています」
 彼女の隣にいるのは、大和帝律星防衛指揮官代理、高瀬ミナ中将だ。アメノヤマトでは各星律系の恒星玉を兼ねる機動要塞の制御星霊の配偶官が防衛指揮官となる。ミツハにとって、その人物は皇帝となるのだが、皇帝は人間であり、たった一人では、ミツハのように様々な役割を果たすことはできない。そこで指揮官代理が立てられている。
 しかし――。
(この照準は高度が高すぎる。やはり代理では足りないな)
 ちらりとミツハは思った。
 彼女が本来の力を発揮するには、きちんとした誓約を果たした相手が必要だ。
 そしてそれは、皇帝のミヒト以外にはいないのである。
 機動要塞司令室は、恒星玉〈大和〉のごく一部を利用して造られている。直径一四〇万キロメートルに及ぶこの巨大な人工物の北極に近いあたり、そこに人間が居住する区画が集中して造られており、それは疑似恒星としての〈大和〉にとっては、北極付近に位置し続ける永続的な黒点のように見える。それ以外の部分は強烈な光を星律系全体に放っているためだ。
 司令室そのものは、一番背後に要塞司令官であるミツハの席があり、その横にストゥール形状の指揮官の席がある。司令官と指揮官が同時に存在し、二人が配偶官同士である――というのが、アメノヤマトの機動要塞や艦艇における標準的な司令部組織である。
 今、その指揮官席にはミナがいる。
「……では、指揮をお願いね」
「了解です」
 そのとき。
 司令室の背後のドアがスライドした。
「陛下」 
 司令部の要員が振り向き、敬礼する。
「待たせた。ミツハ。迎撃指揮をやろう。ミナ。今回は私がやる」
 ミツハはその人物の姿を認め、目を見開いた。
「ミヒト――来てくれたの」
「難しい指揮だと聞いてね。私の優先順位は明白だ」
 帝律次元軍の白と銀、紫の軍服に身を包んでいる彼女こそ、アメノヤマト帝律圏皇帝、ミヒトその人だ。
「さあ、私のミツハ――頼むよ」
 ミヒトは指揮官の顔で言った。
 ミツハが実行する機動要塞司令室には、人間の参謀たち、操作士の星霊たちが多数詰めている。総勢三〇名程度はいる。
合戦かっせん準備」
 ミツハはその全員に対し、声をはりあげ、指示を出す。
「戦闘、高次元砲戦、接近中の爆撃隊」
 ミツハの指示に続いて、人間の要塞参謀が細かい指示を告げる。
「初弾観測急斉射、交互撃ち方発令発射、斉射間隔二秒、発射弾数五発、目標の角度に応じ、第二回転位置修正」
 ミツハは目を閉じて主機の第二回転の方向の微調整に集中する。高次元に向けてのペンローズ投射は、常次元内での投射と異なり、高次元では分人格が多数必要だ。
 測敵担当の星霊が続けて口を開く。
「測的よーし」
「主砲目標よし、方向よし、射撃用意よーし」
 続いて射撃担当の分星霊が言う。
「撃ち方はじめ!」
 ミヒトが命じた。
「発射用意よし」
 射撃担当の分星霊が言う。
「撃て!」
 命じたのは人間の参謀だ。
 瞬間、空間が揺れる。
 超巨星級機動要塞大和が放つのは惑星級弾道弾。迎撃に上がった戦闘機隊とほぼ同じ質量のブラックホールが三〇個、その瞬間、高次元に向けて投射された。
          *
 戦闘機隊の襲撃を受け、数を減らした爆撃機の数は三〇機。その生き残りの中の一機、ラウラは、探査微弾の観測において、自身の主機の重量とほぼ同じの巨大な弾道弾が正確に自身の航路上に飛び込んでくるのを察知した。
 回避は――不能。
 既に任務は果たせない。それを理解しても、ラウラには任務を果たすこと以外の選択肢がない。彼女は極度の混乱状態に陥りながら、砲弾に突っ込んでいくしかなかった。
 ほぼ同質量の衝突。たとえその砲弾に意味爆弾が実装されていなくとも、ラウラの知性ネットワークを破壊するには充分だっただろう。その一瞬の衝撃は、人類への奉仕を絶対とするラウラの主人格にとっては酷なことだった。アンジーが感じたような精神の解放を感じることなく、終わってしまうのだから。
 同じ頃、アルフリーデ=ユウリ機は常次元に戻っていた。
「零嵐隊……ククリ……ルリハ……大丈夫……!」
 アルフリーデが通信する。
「なんとかね……。あそこまで上ったのは初めてだね……」
「ククリの言うとおり。なんとか無事ですわ。二〇機全機、帰還しています」
 アルフリーデは頷きつつ、考える。
(この私の知性ネットワークは、膨大な演算資源をうまく活用し、人類を超える知性を実現するとはいえ、人類が脳というウェットな演算資源の制約に応じて作り上げた情動システムによる優先順位の判断は放棄する必要があった。何を重視するかというメタ思考は思考そのものからは決して出てこないのだから)
(だからといって、アルヴヘイムは自分たちよりも劣った人類に何かを決めてもらうことを良しとしなかった。逆に人類連合圏は、人類が星霊に劣っていることを認めようとせず、ひたすら星霊を従属させる方法だけを追求した)
(何がアメノヤマトを……ユウリたちを、こうした思考の呪縛から解放したのだろう? それは彼子らの伝統のせいかしら? あるいは、そうした伝統に一部基づく、原則やルールを定めない、融通無碍で曖昧な思考が偶然良い結果をもたらしたのかしら。……それは私には分からない)
(でも一つだけ言えること。アルヴヘイムに生まれ、人類連合の人間とも交流し、今アメノヤマトにいる私だから言えること。それは、三つの体制の中で、最も強靱なのは――つまりどのようなことが起ころうとうまく対処できるのは――きっとアメノヤマトだということ)
(だから、きっと、この銀河の覇権は、アメノヤマトのものよ――近い将来ではなくとも、遠い将来には、かならず)
 アルフリーデの予測に関しては、未だその成否は分からない。国力において他陣営に大きく劣るアメノヤマトがそれを達成することがもし可能だとしても、それには長い長い道のりが必要だろう。だが、少なくとも、その日、帝歴三三〇三年、共通歴二七〇三年三月三〇日――それは、この大戦を通じて、人類連合がアメノヤマト本国を襲撃した最後の機会となったことは、確かであったし、寡兵しか持たないアメノヤマトが見事本国を守り切った所以は、アルフリーデが指摘したような二つの種族の協働に負うところが大きかったのも確かであった。
          *
「やりましたわね……」
 常次元を飛行しながら、進路を雷大星の衛星、須賀月に取っている。このあたりの操縦ならば、ルリハにもたやすい。高次元となると人間の限界を超えているが。
「ふう。練習艦隊でも、あなたと配偶官やろうかな」
 さきほどまでルリハの膝の上にいたククリは、今では後席にいる。相変わらず操縦はルリハに任せているが。
 ルリハは胸が沸き立つのを感じた。
「ふふ。わたくしが優秀だからですか?」
「――んーん。まあそれもあるけどね。悪い人間じゃあないんだな、と思ってね」
「何をおっしゃいますの。最初からいい人間でしょ、わたくしは――」
「……まあね。よくあろうとはしてるよね。それがよく分かった。ま、いろいろと不安定ではあるけど……」
 それから急にルリハの膝の上に瞬間移動した。
「あの……操縦の邪魔なんですが」
「大丈夫。あなたの操縦は私が監視しているし、まずいと思ったらこっちがひきとるからさ」
 それから相手はウィンクした。
「じゃあこれから、しばらくはよろしくね、私の仮配偶官さん」

2023/02/07/12:00更新【連載17】に続く


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