見出し画像

世界に誇る大河警察小説シリーズ最新作『機龍警察 白骨街道』好評発売中! 冒頭特別公開

機龍警察 白骨街道』発売以来、多くの方からご好評をいただいております! そんな中でも、今作は一体どんな話なのだろう? 特捜部のメンバーは一体どうなってしまうのだろう? と気になっている方も多いかと思われます。そして、〈機龍警察〉シリーズってどんな小説なんだろうか? と興味を持たれているシリーズ初めての方もおられると思います。そんな方々の思いにこたえるべく、本日は『機龍警察 白骨街道』の第一章から一部抜粋して、特別公開します!
 ファンの方も、シリーズを初めて読むという方も、ぜひこちらを読んで、本編へお進みください!

白骨街道A4パネル

機龍警察 白骨街道』第一章より抜粋
月村了衛


 新木場の特捜部庁舎で、会議室に集合した全捜査員と突入班員を見渡し、沖津(おきつ)は官邸から命じられた任務について説明した。
「君島が収容されているのは、ここ、ラカイン州シャベバザル北東にある『州立第十七農業家畜飼育職訓練センター』。見ての通り、ロヒンギャ居住地域の中心部だ」
 夏川大悟(なつかわ・だいご)警部補は目をしばたたいた。正面の大型ディスプレイに表示された地図が、沖津の燻(くゆ)らせるシガリロの煙でよく見えない。
「職業訓練所の看板を掲げてはいるが、その実態は強制収容所で、もちろん一般の刑務所としても機能している。同様の労働刑務施設はミャンマー国内におよそ四十八か所あり、六万人を超える受刑者が収容されているという報告もある。不当に拘束された少数民族の多くがこうした施設に監禁されているのだ。女性や子供も一緒くたに収容されているから、その過密ぶりは凄まじく、それだけで大きな人権問題であると言える。もちろん、中には理由なく〈失踪〉したとされる人物も相当数含まれているはずだ。アウンサンスーチーが国際調査団の受け入れを拒否しているのも当然だろう」
 捜査班の主任として緊急招集に駆けつけてきた夏川は、常軌を逸したミャンマーの実情に呆然とするばかりであった。
 長年にわたり自宅軟禁されていたアウンサンスーチーが解放され国家顧問に就任しても、実態は民主主義にはほど遠く、国軍が依然として大きな影響力を保持している。それどころか少数民族の虐殺、いわゆる民族浄化が今も平然と行なわれているという。
 ミャンマー国民の約九割を占める仏教徒を支持基盤とするアウンサンスーチーは、イスラム教徒であるロヒンギャを憎む彼らの声を無視することができない。
「問題を複雑にしているのは、ロヒンギャを民族と規定できるかどうか、歴史的にも議論が分かれるということだ。しかしロヒンギャが民族であろうとなかろうと、今もジェノサイドが実行されている。それも国軍の手によって組織的にな。鏑木局長が明言を避けたのも頷ける。日本はミャンマーに巨額の支援を行なっているからだ。その金が軍事物資に化け、少数民族の虐殺に使われる。みんな承知の上で知らないふりをするしかない」
 淡々とした口調ではあるが、沖津は容赦なく政府に対して批判的なことを述べている。警察官僚でありながら、斟酌(しんしゃく)というものがまるでない。
 己の無知が、夏川には今さらながらに恥ずかしく思われた。
 だが自分達にとって、今の話で最も重大なのは――
「部長」
 夏川が挙手する前に、技術班の鈴石緑(すずいし・みどり)主任が立ち上がっていた。
「そんな地域に突入班員を全員派遣するなんて、本気で言っておられるのですか」
 日頃は冷静な鈴石主任が、憤激のあまりその華奢な身をわななかせている。
 無理もない、と夏川は思った。彼女の怒りのその意味を、今は承知しているからだ。これがほんの四週間前ならば、自分には理解できないままであったろう。
「本気だよ、鈴石主任」
 沖津は咥(くわ)えていたモンテクリストのミニシガリロを、そっと灰皿の上に置いた。
「突入班員の脊髄には龍機兵(ドラグーン)の龍骨(キール)と連動する龍髭(ウィスカー)が挿入されています。万が一にも日本国外で突入班員の身に何かあったら――」
 一気にまくし立ててから、彼女ははっとしたように視線を斜め左方に向ける。
 そこには当の突入班員達が座っていた。
 姿 俊之(すがた・としゆき)警部。ユーリ・オズノフ警部。ライザ・ラードナー警部。
 いずれも一切の変化を見せず、普段のままに座している。姿警部など、例によって持参の缶コーヒーを口に運んでは、缶のデザインをためつすがめつ眺めたりさえしている。
 鈴石主任が言葉を切ったのは、彼女の言いかけた〈万が一〉が、「突入班員の帰還不能」という事態を意味しているからだ。それはすなわち、「死亡」と同義であると考えていい。
 突入班の三人は顔色一つ変えていない。少なくとも夏川から見える範囲では。
 去る七月二十七日、日中が合同で進める一大プロジェクト『クイアコン』を巡る捜査の過程で、夏川達はそれまで知らされていなかった龍機兵の秘密を沖津から明かされた。厳密に言うと、龍機兵各機に内蔵された龍骨と一対一の対応関係にある龍髭についてである。
 警視庁特捜部のみが保有する三体の『龍機兵』。従来型機甲兵装の数年先を行くという先端技術の結晶を、日本の警視庁がどうやって入手し得たのか、その経緯については今も知らない。
 知っているのは、龍機兵を起動させる唯一のキー『龍髭』が、各搭乗要員の脊髄に挿入されているという事実である。警察法、刑事訴訟法、警察官職務執行法の改正により、警視庁は外部の人材と契約、雇用することが可能となった。かくして現職の警察官に対しては絶対にできない処置が三人の〈契約者〉に施されたのだ。
 人として、警察官として、できれば知りたくなかったと夏川は何度思ったことか。
 しかし特捜部の一員として、どうしても知らずに済ますわけにはいかなかった。その決意と覚悟は今も変わってはいない。
「不測の事態により国外で突入班員が死亡した場合、遺体から龍髭を確実に回収できるという保証はない。ましてや紛争地帯の場合、回収はほぼ不可能であると考えるべきだ。つまり我々は、何よりも大事な龍髭を失うことになる。龍骨のキーである龍髭がなければ龍機兵を起動させることさえできない。それは特捜部の根幹にも関わる事態である」
〈何よりも大事〉と沖津は言い切った。龍髭を委託された三人の命よりもということだ。
 姿達は正規の手続きを経て採用された警察官ではない。人道的な観点からは到底許されない恐るべき契約を警視庁と交わした外部のプロフェッショナルなのだ。
「そこまで分かっていながら、どうして部長は」
「分かっているのは私だけではない。官邸もそれを知っている」
 鈴石主任が息を呑む。夏川をはじめ、会議室内にいる全捜査員も。
「政府は龍機兵のシステムと重要性を理解しているからこそ、特捜部の創設を決断した。他ならぬその政府が、この任務に突入班の三人を名指しで指名してきた。そこには一体どういう意味があるのか」
 沖津はじっと部下達を見据える。その左右に控えた二人の理事官も、声を失っているばかりか、彫像の如くに硬直しているようだった。
 鈴石主任が悄然と腰を下ろす。 
「私の考えはこうだ」
 沖津は灰皿からシガリロをつまみ上げ、
「官邸――全員ではない、その一部、もしくは大多数――は捜査の手の届かない外国で三人を殺害し、龍髭を奪取するつもりなのだ」


                             本篇に続く

書誌情報

画像2

機龍警察 白骨街道』月村了衛
ハヤカワ・ミステリワールド 四六判上製単行本
本体価格:2090円(税込)
ISBN:978-4-15-210045-0
ページ数:448ページ
刊行予定日:2021年8月18日

〈内容紹介〉
国際指名手配犯の君島がミャンマー奥地で逮捕された。日本初となる国産機甲兵装開発計画の鍵を握る彼の身柄引取役として官邸は警視庁特捜部突入班の三人を指名した。やむなくミャンマー入りした三人を襲う数々の罠。沖津特捜部長は事案の背後に妖気とも称すべき何かを察知するが、それは特捜部を崩壊へと導くものだった……傷つき血を流しながら今この時代と切り結ぶ大河警察小説、因果と怨念の第6弾。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!