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愛犬家の思いに、ついに科学が追いつく。全ての犬好きに捧ぐ『イヌは愛である』

イヌが人間にあふれんばかりにそそぐ、その好意の源はどこにあるのか? 科学の禁忌とされてきたその謎に、名門アリゾナ州立大学でイヌを専門に研究するクライブ・ウィン教授が挑む『イヌは愛である』が刊行されました。

推薦の声

人とイヌの出会い、その共生の歴史。
それは「愛」と呼べるものかもしれない。
ーー菊水健史(麻布大学獣医学部教授、本書解説者)

科学がついに明らかにしたイヌの秘密。
それは、他のあらゆる動物と異なる「愛」の能力だ。
すばらしい一冊。
ーージョン・ブラッドショー(『犬はあなたをこう見ている』)

イヌの「愛」を語るという研究者にとっての禁断。
著者はそれを乗り越え、子どもの頃にいた始まりの地に帰ってきた。
傍らに、自分の帰宅を待つイヌをともなって。
ーーアレクサンドラ・ホロウィッツ(『イヌから見た世界』)

続きでは本書「はじめに」から、本書の内容と著者の思いがよく現れている箇所を公開します。


―――

イヌ学という急成長分野で、わたしを含めたたくさんのなかまたちの研究から明らかになっていることがあるーーイヌの知能はほかの動物よりずばぬけて優れているわけではないものの、それでもあの「人間の最良の友」には驚くべきものがある、ということだ。

わたしたちの研究はきっと、イヌの知能に関するこれまでの研究と同じくらい、議論と驚きを巻き起こすだろう。というのも、イヌと人間の独特な絆を生んでいる、単純でありながら謎めいた「源」を指し示しているからだ。それは人を困惑させ、科学者に葛藤を抱かせるかもしれない。けれど、イヌを愛する人なら誰もがすぐに気づくことだーーわかりきったこと、といってもいいかもしれない。

別種の動物とのあいだに、愛情に満ちた関係を築く。それにかけては、イヌにはあふれんばかりの、過剰といってもいいほどの際立った能力がある。その能力はとてつもなく大きい。わたしたちが同じ人間の誰かにそれを見いだしたとしたら、ものすごく奇妙に感じるほどだ。病的とさえ思うかもしれない。専門用語を使わざるをえない科学論文では、わたしはこの尋常ではない行動を「過度の社交性」と表現する。けれど、動物とその福祉に深い関心をよせる愛犬家の立場からいえば、それを単に愛と呼んではいけない理由はどこにもないと思っている。

イヌを愛する人の多くはこの「愛」という言葉を何気なく使っているし、わたしもプライベートではずっと同じようにしてきた。けれど、ひとりの科学者としては、その言葉をそれほど簡単に使うわけにはいかなかった。というのも、動物が感情をもっているという見解そのものが、ほとんどの同業者にとって長らく異端だったからだ。

なかでも愛という概念は、わたしが属する現実主義の世界ではあまりにも感傷的であいまいなものと見なされている。愛という特性をイヌに与えようとすると、擬人化のリスクもつきまとう。つまり、イヌを独自の種としてではなく、人間のように扱ってしまうおそれがあるというわけだ。当然のことながら、科学者はずっと昔から、科学的な正確さという点でも動物福祉の観点からも、それに抵抗してきた。

けれど、少なくともこの点に関しては、少しばかりの擬人化が許されるのではないか、それどころか妥当でさえあるのではないか。わたしはそう確信するようになった。愛情を抱くというイヌの性質を認める以外に、彼らを理解するすべはない。もっといえば、愛に対するイヌの欲求──そう、すぐに説明するが、イヌは愛を求めているーーを無視するのは、健康な食事や運動を与えないのと同じくらい倫理に反することだ。

わたしをこの結論に押しやったのは、世界中の研究室や動物保護施設から集まった幅広い証拠、イヌがわたしたち人間と同じように愛を感じることをありありと示す証拠だった。調査をはじめてすぐに気づいたのは、人間に向けるイヌの熱い思いがさまざまな現象としてあらわれていることだ。

イヌが飼い主を守るために成し遂げた驚くべき偉業の物語は、誰もが耳にした覚えがあるだろう。苦しんでいる人に接したときのイヌの反応の研究では、あなたが実話だと信じているハリウッド映画ほどドラマチックな救いの力を発揮できるわけではないものの、イヌがたしかに飼い主を心配していることが明らかになっている。

さらに印象的なのは、イヌと飼い主がいっしょにいるときには両者の心拍が重なり、愛しあう人間のカップルで見られるものとよく似た同調性を示すことを明らかにした研究だ。イヌが飼い主といっしょにいるときには、オキシトシンなどの脳内化学物質の増加のような、人間が愛を感じているときに起きる変化と同じ神経系の変化も生じる。

それどころか、人間に対するイヌの強い愛情をたどっていくと、イヌという存在の最小単位、つまり遺伝子の暗号にまで行きつく。いまやイヌの遺伝子情報は、その心や進化の歴史をめぐる信じられないような新事実を明かしはじめていて、科学者たちが先を競って解析している。

そうしたエキサイティングな最近の発見をまのあたりにしたら、愛こそがイヌを理解するためのカギなのだと認めざるをえなくなった。人間社会でイヌをこれほど繁栄させたものは、なんであれ特殊な知能などではなく、温かな心の絆を結びたいというイヌの欲求なのだ。わたしはそう信じるようになったーーこの先のページで、その信念を裏づける数々の科学的証拠をあげていくつもりだ。イヌの愛情深い性質は、人を強く惹きつける。だからこそわたしたちの多くは、戸口に現れた野良犬やブリーダーから買った純血種のイヌ、あるいは連れて帰ってと訴えかける地域のシェルター犬に好意を返し、慰めを与えずにはいられないのだ。

イヌの愛は、わたしたちがその重要性に気づいていようがいまいが、まちがいなくイヌと人間の関係の基礎になっている。そして、わたしにいわせれば、わたしたち人間にはそれに気づく責任がある。もっといえば、イヌの愛の大きさを裏づける証拠を踏まえて、自分たちの行動を見直す責任もある。「イヌの愛」理論(わたしが冗談半分に使っている用語にすぎないが)は、あのすばらしい動物をめぐる理解を深めるだけでなく、彼らとの関係をもっとよいものにするためのカギも握っている。

愛する能力がイヌを独特な存在にしているとするなら、その能力が彼らに独特な欲求を与えていると考えるのも筋がとおっている。そして、わたしの研究から単純な結論をひとつだけ導き出すのなら、それはこんな結論になるだろうーーイヌの愛情に敬意を払って報いるために、わたしたち人間にはもっとするべきことがある。

人間を愛する力をもつイヌは、愛のやりとりを求めている。そして、多くの人間は喜んでその求めに応じる。歴史の長いこの両想いの原動力の裏にある科学を知らなくても、そうするだろう。科学は、人間とイヌとの親しい関係を説明することも、それをよりよいものにすることもできる。もっと触れあう、放っておく時間を短くする。イヌが求めている、温かい感情をともなう強い結びつきのなかで生きる機会を与える。そんな簡単な対応をとるだけで、わたしたちは愛犬をもっと幸せにすることができるのだ。

イヌ学という点で見れば、わたしたちは胸躍る時代に生きている。遺伝学とゲノミクス、脳科学、ホルモンなどの研究がこぞって急速に進歩し、科学者の多くがまだ問いかけてさえいなかった疑問に光があたりつつある。

わたしたちの相棒は、いったいどうして、種を越えたたぐいまれな愛情の橋を架けられるのか? そうした愛情の絆を確実に築くためには、イヌの生活にどんな条件が必要なのか? イヌはいったいどんな経緯で、比較的短い(進化上の観点からいえば)時間でその能力を発達させたのか? そうした疑問に答えようと、最近では、現代のイヌ研究を最前線で引っぱる科学者たちがわくわくするような研究を進めている。この本では、わたしの研究とともに、彼らの知見も紹介していく。

けれど、研究して理解するだけではたりない。わたしたちはその知識を活用し、イヌがもっと豊かで満たされた生活を送れるように手を貸さなければならない。イヌたちは人間を信頼しているが、わたしたちはあまりにも多くの面でその信頼を裏切っている。イヌにはもっとよい待遇がふさわしいと人間が気づくきっかけになれば、この本にも少しは価値があったことになるだろう。彼らには、人間にしばしば追いやられている孤独で不幸な生活よりもよいものを手にする権利がある。惜しげなく注いでくれる愛の見返りに、わたしたちの愛を与えられるべきなのだ。

これは、単にイヌを愛する者としての揺るぎない信念というだけではない。科学者として論理的にたどりついた結論でもある。それを裏づけるデータもある。イヌの愛という概念をくだらない感傷主義と退けた前科をもつ者として、ここでもういちどいわせてほしい。わたしは長年の研究を経て、自分のもっていた考えかたに反して、イヌの愛理論を裏づける大量の証拠を見つけた。そして、その理論を崩す証拠はほとんど見つからなかった。これは感傷ではないーー科学なのだ。

ときどき、少しばかり気まずく感じることもある。なにしろ、あれほど長いあいだ、とことん懐疑的な姿勢で動物の知能を研究したすえに、一部の人にはどうあっても甘ったるいと見なされそうなイヌ観を主張するにいたったのだから。けれど、その気まずさには耐えられる。なぜなら、もっと多くの人がその見解を受け入れようという気になれば、それだけでイヌたちはもっと幸せになるはずだとかたく信じているからだ。

それに、ベンジー(編集部注:著者が若いころ家族で飼っていたイヌ)とともに過ごしたあの年月に経験したものがたしかに実在するのだと思うと、わたしは最高に満ちたりた気もちになる。愛こそが、あの関係の、そしてほぼすべてのイヌと人間の交流の本質なのだ。研究者たちが見当違いの場所をつつき、イヌの特殊性は心ではなく知能にあると主張していたころからずっと、イヌを愛する大勢の人たちは、その真実を知っていた。

科学がいまようやく、それに追いつこうとしている。


著者紹介/クライブ・ウィン

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©︎Arizona State University

イギリス生まれ、アリゾナ州在住。アリゾナ州立大学イヌ科学共同研究所の創設者。それ以前には、フロリダ大学でアメリカ初のイヌ専門の研究室を生み出したほか、ドイツ、オーストラリアに赴任した経験ももつ。100本以上の査読付き論文に著者として名を連ね、イヌの動物心理研究のパイオニアとして知られる。ナショナルジオグラフィック、BBCにも出演し、各国での講演も多数。

訳者略歴/梅田智世
翻訳家。訳書にオコナー『WAYFINDING 道を見つける力』、リーバーマン&ロング『もっと! 』、ナッシュ『ビジュアル 恐竜大図鑑』、ドリュー『わたしは哺乳類です』など。


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