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はじめてのSF作品集――『さよならの儀式』宮部みゆきインタビュー

SFマガジン2019年10月号に掲載の、『さよならの儀式』(河出書房新社)刊行記念の宮部みゆきさんインタビューを好評につきウェブ公開します。

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宮部みゆき『さよならの儀式』
河出書房新社公式サイト

親子の救済、老人の覚醒、30年前の自分との出会い、仲良しロボットとの別れ、無差別殺傷事件の真相、別の人生の模索……淡く美しい希望が灯る。宮部みゆきの新境地、心ふるえる作品集。

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■十年間、SFを書いてみて

──今回の『さよならの儀式』は、宮部さんにとって「初のSF作品集」です。これまで宮部さんのSFといえば、SF大賞を受賞した『蒲生邸事件』をはじめ、『龍は眠る』『クロスファイア』などが思い出されます。それらの長篇から、今回の作品集まで間が空いたように思えますが、心境の変化はおありだったのでしょうか。

宮部 そもそもSFは好きですが、私はまったく理系ではないので、読むのもハードSFはちょっと難しかったです。『蒲生邸事件』はSFを意識して書いたというより、ミステリの謎解きにタイムスリップを使わせてもらったという感じでした。SF大賞をいただけたときは嬉しくもあり、いいんでしょうかという気持ちもあって。
 はっきりSFを書く機会になったのは、二〇〇九年に書き下ろしアンソロジーの《NOVA》を大森望さんが立ち上げたこと。収録作も濃淡があったほうがいいので、好きなものを書いて参加しませんか? と誘ってくださったんです。じゃあちゃんとSFをやってみようと思って、最初に書いたのが「聖痕」。その後も《NOVA》に参加したり『SF JACK』の依頼だったりで、毎回違うコンセプトで年に一本はSFを書いてきました。それらを集めたのが今回の本です。

──大森さんと宮部さんのお付き合いは長いのですか。

宮部 デビューの頃からですね。私が新潮社にお世話になり始めたころ、ご紹介いただきました。年齢が近いということもあったし、もちろん仕事のお話もしましたが(笑)、昔はよく大勢でカラオケに行きました。大森さんが翻訳されたSFを読んだりもしましたし、私はP・K・ディックが好きなので、ディックの短篇集が今度ハヤカワでリニューアルして出るよ、と教えてもらったこともありました。

──SFを書くにあたって、ミステリとの心構えの違いのようなものはありますか。

宮部 どちらを書くときも、すべて自分の日常から発想しているんです。ただ、ミステリは時々しんどくなるんですよね。現実にも怖い事件があるなかで、嫌な事件だなと思うものを書かないといけない。でも、SFだとそれをとんでもない方向にもっていくことができるので、ちょっと気が楽になったりするんです。違う方向に話が飛んで、現実の斜め上にいくみたいな。

──宮部さんの作品には心を震わせるような優しさと、善良な人間であっても陥穽に落ちてしまうような無情さが同居しているように感じます。今回の作品集では、無情さの側面が強く感じられましたが、そのあたりは意識していらっしゃいますか。

宮部 どんなにがんばってもどうにもならない、ということをよく書いていますね。一方で私は時代小説、百物語も書いているんですけど、それも、どんなにがんばっても因習から逃れられないとか、家にかけられた祟りから出られないといったお話が多い。それは自分が年をとってきて、若いときはがんばれば何とかなると思ってたことが、人生にはどうしようもないことがあるなと思うようになったのかもしれません。

■収録作と好きなSF作家

──収録作は一番古いのが二〇一〇年の「聖痕」で、新しいものは二〇一八年「母の法律」ですね。

宮部 「聖痕」は過去に別の本にも収録されたので担当の編集者さんは除くつもりで考えていらしたんですけど、《NOVA》の作品を集めたらどうなるのか見たかったので、アルバムにセルフカヴァーが入っているように考えて、ぜひ収録してほしいとお願いしました。以前の本に入れたときはホラー・ファンタジイとして読めたんですけど、この本に集めるとSFに見えるんですよね。入れてもらってよかったなと。

──収録作にはアイザック・アシモフやディックのネタが出てきますけど、「星に願いを」ではジェイムズ・ティプトリー・ジュニアへのリスペクトを感じました。ティプトリーも優しさや厳しさが同居している作家なので、近い読み心地も。

宮部 テッド・チャンの「あなたの人生の物語」が好きなんですけど、あの作品もティプトリーっぽいというか、人生=ライフとSFというテーマが両手に載っているような感じですよね。ティプトリーはわたしでも入っていけるようなストーリー性豊かなSF、しかもミステリ的要素やサスペンス要素もある。ストーリーテラーでもありますし、すごく尊敬する作家です。

──なるほど。先ほど、ディックもお好きという話が出ましたね。

宮部 ディックはものを書くようになってからめぐりあって、遅かっただけにハマりました。いまでもときどき短篇を読み返します。『暗闇のスキャナー』が好きです。涙なくしては読めない。スクランブルスーツを着ていろんな姿になっているうちにどれが本人だかわからなくなってしまったというアイデアも良いし、「地面から死が生えているのを見た」というような表現も、これこそ文学だと思えて。「聖痕」を書くとき大森さんに「スクランブルスーツみたいなものが出てくるんです」と言ったら「そのつもりで待ってます」と返されて、原稿を渡したら「ああいうふうになるとは思わなかった!」って(笑)。自分が見ている世界と、自分がまわりに見られて構成されている世界との違いというのは、私がずっと興味を持っているテーマです。自分は自分をこう思っているけど、じつは違う、とか。それって古典的な物語のネタなので、物書きとして三十年以上やってきて、プリミティヴなネタに戻ってきているのかなとも思います。

──そのテーマでいえば「星に願いを」も自分の心がどのように周囲から見えるかが書かれていました。「わたしとワタシ」も両方自分ですけど、ある意味そうですね。あの着想もご自身の日常から?

宮部 それこそ、十五歳の自分に会ったら罵倒されるんじゃないかなというところから発想したんです(笑)。好きなことだけしてのんきに暮してきたから、絶対あんたなんかにならないと言われるだろうなあと思って書いた話ですね。

──過去の自分に会うというシンプルな筋立てですけど、描かれている緻密な情景が可愛らしかったです。

宮部 もし昔の自分と会ったら、たぶん優しくするだろうと思います(笑)。「世の中そんな思うようにいかないのよ!」って言っちゃうと思うので。年を取ると優しくなりますよね。どんどん丸くなる。ただ、わたしより人生の先輩にうかがうと、今のわたしのタイミングが一番丸くなる年ごろだといわれたんです。もうちょっと経つともう一度とんがるよって(笑)。

──同じ女の子の話でも、「母の法律」は一番新しく書かれたものですね。

宮部 ちょうど子供の虐待死事件が連続しているときで、やるせないと思って。こういったことを強制的に解決できる法律ってあるのかなと思って発想しました。わたし自身は作中の「マザー法」があったとしても反対で、事実上の国家総動員法になるからこんなことは絶対に実現させてはいけないと思うのだけれど、それでももしあったらどうなるだろうと思って書いたんです。 読み返すと「聖痕」と対になっている気もします。足かけ十年かけてできた短篇集ですが、状況はその間変わっていないんだなと。「聖痕」を書いていたときは夢にも思わなかったんですけど、神戸の少年Aも本を出してネットで注目を集めましたよね。胸がざわざわしてしまいました。

──宮部さんはこれまでずっと家族を書かれてきていますけど、その一番極端な形というか、どうしようもなくなってしまった部分が描かれているのを感じました。

宮部 ちょうど私たちの世代は団地族で、高度成長を核家族で過ごしました。それがだんだん、高齢化してきた親世代が介護が必要になって、社会が介護でもたなくなっているというのが今の状態だと思います。
 きょうだいは助けあえるものと小説には書きましたけど、血のつながりだけが家族じゃないとずっと思って書いています。そもそも夫婦だって、もともと他人じゃないですか。なのに仲良しで顔まで似てくるご夫婦っていますよね。

──表題作の「さよならの儀式」はロボットと人間のお話ですが、これも発想元は実際あったことなんでしょうか?

宮部 「さよならの儀式」は両親にルンバをプレゼントしたことがきっかけだったんです。定年後は父が家の掃除をしていて、ルンバをいたく気に入って可愛がっていました。円盤みたいなものでも人は感情移入するんだなと思って、将来的にかなり人型に近いロボットと共存するようになったときに、ペットロスならぬロボットロスみたいなことがでてくるんじゃないかと。個人的に好きなロボットは『月に囚われた男』に出てくるロボット。四角い筐体で、レントゲンの機械みたいな形をしているのに、小窓にマークが出て表情が浮かぶんですよ。声はケヴィン・スペイシーで、このロボット欲しい! と本当に思いました(笑)。

■伊藤計劃と会えたこと

──「海神の裔」は『屍者の帝国』のトリビュート作品集に掲載された短篇です。宮部さんと伊藤計劃さんといえば『虐殺器官』文庫版の帯に書かれていたコメント「私には、三回生まれ変わってもこんなにすごいものは書けない」が印象的でした。

虐殺器官オビ付き

宮部 伊藤さんとは直接お会いしたことがあるんですよ。佐藤亜紀さんが吉川英治文学新人賞を受賞されたときにわたしは選考委員で、当日、受賞者をかこんで乾杯をするんですけど、そのときたまたま一緒にいらしていたんです。佐藤亜紀さんと伊藤計劃さんは仲が良かったので佐藤さんに伊藤さんを紹介してもらって、そういえば最近お名前をどこかで……と思ったら、『虐殺器官』の方だと思い出しました。そのときは本をタイトルに惹かれて買っただけでまだ読んでいなくて、帰ってからあわてて読んだら「なんてすごい作品なんだ!」とびっくりしました。そのあと、佐藤さんのお祝いのパーティーにも伊藤さんがいらしていたので「素晴らしかったです」と感想を伝えました。伊藤さんは杖をついていらして、お怪我をなさったのかなと思ったら、大森さんから闘病のことを聞きました。あのとき、もっとたくさんお話ししておけばよかった。今でも残念に思っています。

──『屍者たちの帝国』はトリビュート短篇集ですが、こういった企画にご参加されたことはあったのでしょうか?

宮部 トリビュート小説を書いたのは初めてでした。本が出ると一度だけamazonを見るようにしているんです。誰かが買って星をつけてくれていたら、あっ届いたんだな、と思えるので。そうしたらレビューで「海神の裔」を挙げて褒めてくれている方がいて、大喜びしました。

──「戦闘員」はオープンエンディングですよね。新しい物語が始まりそうです。

宮部 ここから続きそうですけど、わたしには書けないだろうなと(笑)。あとは読者の皆さんのお好きなふうに考えていただきたいです。『世界侵略 ロサンゼルス決戦』みたいなふうになるといいな(笑)。全部妄想かもしれないという感想もあって、そういう捉え方もあるんだと感心しました。私的にはあれは妄想ではなく、おじいさんが新しい生きがいを見いだした、という風に書いたので。

──最後の収録作は「保安官の明日」、すごくディック的だと思いました。
宮部 いま考えるとゲームみたいな話だなと思います。『オール・ユー・ニード・イズ・キル』みたいな。あの映画がすごく好きなんです。ゲーム好きな人間にはたまらないですよね。ああいうのを書きたいなと(笑)。わたし、基本的にファンライターなので、小説や映画やドラマを観て、これ面白いな、というところがいつも出発点ですから。

──今年好きになった作品はありますか?

宮部 もともと怪獣好きなので、『ゴジラ キング・オブ・モンスター』はものすごく興奮して観ました。また怪獣ものを書きたいなと思っているんです。時代小説で以前『荒神』を出して、あれは山に出てくる怪獣の話なんですけど、今度は水から出てくる怪獣をやりたい、とずっと思っています。『荒神』を書いたときは、ポン・ジュノ監督の『グエムル』と、『WXIII ・ 機動警察パトレイバー』を何度も観直しました。こういう感じに怪獣は動くんだと、すごく参考になりましたね。

■これからの活動

──今後、SF作品を書かれるご予定はありますか。

宮部 今度は十年がかりでなしに《NOVA》に書かせてもらって、またこういう本が出せるようにしたいと思っています。長いものも書きたいですね。長く語ったほうが面白い物語で、SF的なアイデアがあるものを思いつけるといいのですが。

 このあとは百物語を書き続けることと、短篇集を出せるようにSFを書くことと、戦国時代ものをひとつやってみたいと思っているんです。長篇ファンタジイも書きたいなと。でも、夏は体力がシュンとなってしまうので、書く体力がない時はなるべく読んだり映画を観たりして吸収するように切り替えようとしてます。

──ありがとうございます。『さよならの儀式』、どの作品も考えさせる素敵なSFばかりでした。

宮部 いつもは物語のラストを一つのところに落としますけど、今回はあえて落とさないように、グレーにしようとしました。こういうふうにも考えられる、そこに怖さがある、そこに人間の心の強さや弱さがある。そういう味わいが出せるといいなと思って書きました。SFファンの方にも楽しんでいただければすごく嬉しいです。

(八月二日(金)於・ラクーンエージェンシー)
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『さよならの儀式』
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