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米国史を支配する「2つのサイクル」とは? ジョージ・フリードマン『2020-2030 アメリカ大分断』解説 渡辺靖(慶應義塾大学教授)

「大統領が誰であれ、今後10年にわたってこの国(アメリカ)の空気は恐怖と嫌悪に覆われつづける」と看破し話題を呼ぶ、ジョージ・フリードマン『2020-2030 アメリカ大分断――危機の地政学』。本書の読みどころを、『リバタリアニズム』『白人ナショナリズム』などの著作で知られるアメリカ研究者・渡辺靖氏が解説します。

2020-2030アメリカ大分断

ジョージ・フリードマン『2020-2030 アメリカ大分断』解説
「事実」を重視した大局的米国観

渡辺靖(慶應義塾大学SFC教授、現代米国研究) 
 
本書はジョージ・フリードマン(George Friedman)が今年2月に刊行したThe Storm Before the Calm: America's Discord, the Coming Crisis of the 2020s, and the Triumph Beyond(Doubleday, 2020)の邦訳である。

フリードマンは1949年、ハンガリー生まれの地政学アナリスト・未来学者。ホロコーストを生き延びたユダヤ人の両親とともに、共産主義政権の弾圧から逃れるため、オーストリア、そして米国へと移り住んだ。ニューヨーク市立大学卒業後、コーネル大学で政治学の博士号を取得。博士論文ではフランクフルト学派の政治哲学を考察した。その後、ルイジアナ州立大学地政学研究センター所長などを経て、1996年に世界的インテリジェンス企業「ストラトフォー」を創設、会長を務めた。同社は、政治・経済・安全保障にかかわる独自の情報を各国の政府機関や有力企業に提供し、「影のCIA」の異名をもつ。2015年には同社を辞し、テキサス州オースティンを拠点にバーシャル・シンクタンク「ジオポリティカル・フューチャーズ」を妻メレディスと創設、会長を務めている。地政学の手法を駆使しながら二一世紀の世界の覇権勢力図を見通した『100年予測』(The Next 100 Years, 2009)と『続・100年予測』(The Next Decade, 2011)は世界的ベストセラーとなった。

あくまで世界全体の情勢予測に重きを置いていたこれら2冊に対し、本書は米国の将来そのものに焦点を当てている。これまでも巷に溢れる米国衰退論の類を退け、米国が21世紀においても中心的役割を担うと論じてきた著者だが、国際社会からの退却傾向が目立つトランプ政権を見るにつれ、著者の予測と現実の解離が気になっていた。そうした折、タイミングよく本書の刊行となり、著者の見解に触れることができた。
 


私自身、学部生に米国史を教える際、大雑把に4つの時代に分けて説明するようにしている。すなわち、

1.建国時代
英国から独立を果たしたものの、連邦(中央)政府が必要か否か、政府の暴走をいかに防ぐか、疑念が渦巻いていた時代。州権重視や三権分立をもとに、市民(デモス)主体の実験(人工)的な連邦・共和制国家としてかろうじて船出した。

2.南北戦争時代
地理的環境や経済基盤の違いが、南部と北部の対立として顕在化。南部はアメリカ連合国(CSA、南部連合)としてアメリカ合衆国(USA)から離脱を宣言。奴隷制度の存続をめぐり南北戦争(1861〜65年)に発展。連邦政府が必要か否かという論争にようやく終止符が打たれた。

3.ニューディール時代
南北戦争後、北部を中心に近代的な国民国家として急速に発展。しかし、1929年の世界大恐慌を契機に、真の「自由」のためには自由放任主義ではなく、一定の政府の介入こそ必要だとする米国流リベラリズムの考えが台頭。社会工学的発想に基づくいわゆる「大きな政府」の時代に。

4.レーガン保守革命時代
ニューディール時代への反動としての「小さな政府」の時代。1981年のレーガン大統領の就任により決定的に。「自己統治」(セルフ・ガバナンス)の考えに基づき、経済的には新自由主義(ネオリベラリズム)、社会的にはキリスト福音派(エバンジェリカルズ)、対外的には軍備増強と単独行動主義を辞さない新保守主義(ネオコンサーバティズム)の影響力が増大した。

という具合である。これは私の独創ではなく、ごくオーソドックスな分類法と言ってよいだろう。もちろん、学年が上がり、専門性が増すにつれ、この区分けはより細分化し、着目する点によって、異なる区分けが可能である。

本書で著者が着目するのは「制度的サイクル」と「社会経済的サイクル」の2つ。「制度的サイクル」は連邦政府のあり方に関わるもので、戦争が大きな変化の契機となってきた。著者は第1サイクル(独立戦争〜南北戦争)と第2サイクル(南北戦争〜第二次世界大戦)がそれぞれ約80年周期であることに注目。1945年に始まる第二次世界大戦後の第3サイクルは2025年頃に終わり、次の第4サイクルに入ると指摘する。

もう一つの「社会経済的サイクル」は社会と経済の関係に関わるもので、テクノロジーやメディアの発達などに左右されてきた。著者は第1期のワシントン周期(1783〜1828年)、第2期のジャクソン周期(1828〜1876年)、第3期のヘイズ周期(1876〜1929年)、第4期のルーズベルト周期(1932〜1980年)がそれぞれ約50年続いてきたことに注目。1980年に始まる第五期のレーガン周期は2030年頃に終わり、次の第六周期に入ると説く。

毎年、私が上述の4時代区分を用いて講義すると、学生から必ず聞かれるのがオバマ政権やトランプ政権が「レーガン保守革命時代」に含まれるのか、それとも別の時代なのかという問いだ。

そのたびに私は答えに窮する。「ニューディール時代」が1930年代から70年代まで約50年間続いたことを考えれば、1980年代から始まる「レーガン保守革命時代」はオバマ大統領の就任時(2009年)でまだ約30年。オバマ氏の革新的な施策がトランプ政権になってことごとく覆されるのを見るにつけ、オバマ政権も「レーガン保守革命時代」の1コマだった気がしないわけではない。その一方で、近年の共和党政権との政策的解離が目立つトランプ政権を「保守」ととらえてよいか戸惑う。むしろ、ニューディール時代以降の「リベラルvs.保守」(=「大きな政府」vs.「小さな政府」)という対立軸が崩れつつある新たな時代の先駆けがトランプ政権のように思えるときもある。いずれにせよ、直近の時代すぎて歴史的な位置付けは難しい。そう答えると好奇心旺盛な学生はがっかりする。

その点、著者は明快である。トランプ大統領の言動に目を奪われてはいけない。大統領とて「制度的サイクル」と「社会経済的サイクル」の2つから自由に振る舞うことはできないのだ、と。そして、2つのサイクルの変換期が重なる2020年代そのものこそ決定的に重要だ、と著者は念押しする。

特筆すべきは米国の将来に対する著者の楽観的姿勢である。それぞれのサイクルの終盤には制度疲労や社会的混乱が目立ち、米国衰退論や悲観論に支配されるようになるが、それらを覆し、新たな自信と繁栄の時代を取り戻してきたのが米国だという。その意味で、真に注目すべきは、2つのサイクルの変換期が米史上初めて密に重なる2020年代最後(2028年)の大統領選だとする。言い換えれば、現在のサイクルの終盤期に行われる今回(2020年)や次回(2024年)の大統領選は「古い政治」の幕引きを象徴する場に過ぎないというわけだ。
 


 率直に言えば、二つのサイクルがなぜ一定の間隔で変わるのか釈然としない部分はある。特定のジャンルのファッションや音楽の流行が世代(約30年)ごとに起きるとはしばしば耳にするが、国際関係や産業構造の目まぐるしい変化のなかにあって、米社会全体が一定のリズムで変わると想定し得るものなのか。ただ、著者はあくまで変わってきた「事実」を重視し、議論の前提としている。

とはいえ、このことは本書の魅力を失わせるものではない。むしろ細部の厳密さにこだわるあまり大局を見失いがちな(私のような)凡庸な研究者やジャーナリスト、実務家などに対し、全く新しい現状認識の仕方を示してくれるのが本書の醍醐味だ。「トランプ旋風」の原動力となった白人労働者層や「ブラック・ライブズ・マター」(BLM)運動の急速な広がりなど、近年の大きな出来事や現象も、著者の視点を通して新たな理解が可能になるはずだ。

例えば、トランプ大統領が科学者などの「専門家」を軽視していることは、彼の国における新型コロナウイルスの感染拡大の一因として、日本でも広く指摘されている。国家安全保障問題を専門とするトム・ニコルズ(米海軍大学校教授)は『専門知は、もういらないのか』(The Death of Expertise, 2017)において、近年、米国では専門家や専門知への敬意が損なわれ、正誤ではなく、好き嫌いによって政策を判断する風潮が強まっていると警鐘を鳴らしている。しかし、フリードマンはより大局的な見地から、むしろ専門知に固執したテクノクラシーの打破こそ、来るべき次のサイクルの中心的課題の一つだと主張する。実に挑発的かつ鋭い視点だ。同様に、ニコルズは学生を「顧客」として満足させることに執心している大学の迎合主義を批判しているが、私にはフリードマンの大学批判のほうが核心を突いており、それゆえ耳が痛い。

著者の予測が当たるかどうかは分からない。正直に言えば、著者のこれまでの予測(例えば、2020年頃に中国とロシアが崩壊・分裂し、2040年頃に日米の対立が顕著となり、2050年頃に日本・トルコ同盟が米国との第三次世界大戦に突入し、2070年頃に米国とメキシコの頂上決戦が勃発するなど)は私には遠大すぎるものが多かった。その点、今回はより短いタイムスパンでの予測ゆえに、より現実味を感じることができた。とはいえ、本書(原著)は今回のコロナ危機が本格化する前に刊行されたため、大きな変数が一つ増えたことは確かだ(「日本版増補」において、著者はコロナ危機がサイクルの交代を加速すると述べている)。

しかし、私にとっては、著者の予測が当たるか外れるかはさして問題ではない。むしろ、日々の目まぐるしいニュースサイクルのなかで見失いがちな大局的な米国観に触れること自体が有り難く、フリードマンが大切な存在であり続ける理由である。

もちろん、米国の変化の可能性やその幅を理解しておくことは、ビジネスから外交、安全保障にいたる日本の地政学的未来にとって死活的に重要であることは多言を要しない。

2020年7月



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