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ついムダ使いしてしまう6つの理由とは? 『無料より安いものもある お金の行動経済学』からお金のしくじりエピソードを紹介(本文試し読み)

「クレジットカードだとついムダ使いしてしまう」
「高いものは質がよいと思い込みがち」
「目先の欲求に負けて貯金できない」
……わかっているのになかなか避けられないお金のワナと対策を、現代の新常識である「行動経済学」からわかりやすく解説するのが、新刊『無料より安いものもある お金の行動経済学』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
たとえば、「カジノで散財してしまう」なんて失敗は、自分とは無関係? もしかしたら、思い通りに貯金ができない日頃の失敗とも共通点があるかもしれません。ちょっと残念(?)なジョージの失敗例を見ながら一緒に考えてみましょう。

枠付_無料より安いものもある

第1章 それに賭けてはいけない

ジョージ・ジョーンズは憂さ晴らしを求めていた。仕事はストレスだらけ、子どもたちはけんかばかり、おまけに懐はさびしいときた。そんなわけで、出張でラスベガスに来た彼は、さっそくカジノへ向かった。公的資金で建設された、驚くほど整備の行き届いた道路の端の駐車場に車を駐め、カジノというパラレルワールドにフラフラと吸い込まれていった。

カジノに入ってぼーっとしていたジョージは、音でわれに返った。80年代の音楽に、キャッシュレジスターの響き、コインのジャラジャラ、スロットマシンのカシャーンという音。カジノに入ってからどれくらい経ったんだろう。時計は見当たらないが、スロットマシンにしがみついているお年寄りの様子からすると、一生が過ぎてしまったのかもしれない。いやいや、5分くらいだろう。ここは入口からそんなに遠いはずはない。だが入口は見当たらない……それに出口も……それどころかドアも窓も廊下も、外へ出る経路はどこにも見えない。見えるのは点滅する光と、肌もあらわなカクテルウェイトレス、ドル記号、それにはしゃいでいるかしょげているかの両極端の人たちだけ。

スロットマシン? ああやるとも。最初のトライでは大当たりをわずかに逃した。15分間、お札をつぎ込んで頑張った。一度も勝たなかったが、ニアミスは何度もあった。

財布のなかの細かい札がなくなると、ATMから200ドルを引き出し──3ドル50セントの手数料は、一度勝てば取り返せるから気にしない──ブラックジャックのテーブルに着いた。20ドルのピン札10枚と引き替えに、真っ赤なプラスチックのチップの山をディーラーからもらう。チップにはカジノと羽根、矢、テントの絵が描かれている。

「5ドル」とあるが、とてもお金には思えない。おもちゃのようだ。ジョージはチップを指でもてあそび、テーブルではじき、ほかのチップの山が増えたり減ったりするのを眺める。

キュートで愛想のいいウェイトレスが無料のドリンクをもってきた。無料か! そいつはいい! ジョージは勝ちはじめていた。プラスチックの小さなチップを一枚ウェイトレスにはずむ。

ジョージは勝負する。うまく行くときもあれば、そうでないときもある。少し勝つが、それ以上に負ける。勝ち目がありそうなときには賭け金を倍にして、2枚のチップの代わりに4枚、3枚の代わりに6枚賭けたりする。結局、200ドルを全部すった。同じテーブルの仲間はチップの山を築いたかと思えば、次の瞬間には札束を広げてチップを買い増すが、ジョージはなんとか真似せずにがまんする。温厚な人もいれば、俺のカードを盗ったといって怒り出す人もいるが、だれ一人として一時間で500ドルや1000ドルすってしまうタイプには見えない。なのに、そういうことが何度も起こった。

半日前の朝早く、ジョージは近くのカフェに向かったが、10歩ほど手前で引き返した。ホテルの部屋でコーヒーを淹れれば、コーヒー代の4ドルを節約できると気づいたからだ。その彼が、夜になれば5ドルチップ40枚をまばたき一つせずに賭け、親切にしてくれたからと、ディーラーにまで1枚あげている。

なにが起こっているの?

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カジノは私たちからお金を引き離す術を極めているから、この物語を出発点にするのはちょっと不当かもしれない。それでもジョージの経験には、私たちがこれほど極端ではない状況で犯しがちな心理的あやまちがよく表れている。

次に、カジノのまばゆい光のもとで私たちに影響をおよぼす要因をいくつか挙げよう。これからの章で、一つひとつをくわしく説明する。

心の会計。朝のコーヒー代を節約したことからもわかるように、ジョージはお金の不安を抱えている。なのにカジノでは、こともなげに200ドルをポンと使う。この矛盾が起こる原因の一つは、彼がカジノでの出費を、コーヒーとは別の「心の勘定科目」に仕訳(しわけ)していることにある。彼は持ち金をプラスチックのチップに両替して「娯楽」勘定を開設するが、その他の出費は「生活費」などの勘定から引き出しつづける。この奥の手によって、2種類の出費に対する感じ方が変わるが、じつはどちらも「ジョージのお金」という同じ勘定のお金だ。

無料の代償。ジョージは無料の駐車場と無料のドリンクに大喜びする。たしかに直接は代金を払っていないが、「無料」のものに釣られて上機嫌でカジノに行き、判断力を鈍らされている。「無料」は、じつは高くつくのだ。「人生で最高のものは無料だ」ということわざがある。じっさいそうなんだろうが、無料だからと高をくくっていると、思いがけない出費を被ることも多い。

出費の痛み。ジョージはカジノのカラフルなチップで賭けをしたり、心づけをはずんだりするとき、お金を使っているような気がしない。ゲーム感覚だ。プラスチックのチップを使うと、紙幣を手渡すときのように現実感がない。お金を失った気がせず、出費をはっきり自覚しないから、自分の決定を意識しなくなり、決定がおよぼす影響にも無頓着になる。

相対性。ジョージが無料のドリンクのお礼としてウェイトレスに渡した5ドルのチップと、ATM手数料の3ドル50セントは、ブラックジャックのテーブルに置かれたチップの山や、ATMから引き出した200ドルに比べれば、はした金に思える。これらは相対的に少ない金額だ。相対的に考えるからこそ気兼ねなくお金を使うことができる。また同じ日の朝、4ドルのコーヒーは、ホテルの部屋で飲む0ドルのコーヒーと比べて、相対的に高すぎるように感じられた。

期待。キャッシュレジスターやまばゆい光、ドル記号など、お金のイメージや音に囲まれたジョージは、カジノでの無謀な賭けや超悪玉にも涼しい顔で勝ちを収める、『007』のジェームズ・ボンドになったような気がした。

自制。ギャンブルは言うまでもなく深刻な問題で、依存症に苦しむ人も多い。だがさしあたってここでは、ストレスやその場の雰囲気、愛想のいいスタッフ、「お手軽な」機会などに惑わされたジョージが、「200ドル多い貯えをもって退職する」という遠い未来の利益のために、目先の誘惑を断ち切ることを難しく感じる、とだけいっておこう。

どのあやまちもカジノに特有の問題のように思えるが、じつは世界は思ったよりずっとカジノに似ている。なにしろ2016年にはカジノのオーナーがアメリカ大統領に選ばれたほどだ。ギャンブルで憂さ晴らしをする人だけでなく、だれもが意思決定を行う際に心の会計、無料、出費の痛み、相対性、自制といった、似たような要因に影響される。ジョージがカジノで犯したまちがいは、日常生活の多くの場面でも起こる。そうしたまちがいの原因は、主にお金の本質に関する根本的な誤解にある。

総称としての「お金」のことはよくわかっているつもりでいても、お金とは本当はなんなのか、どんな利点があるのか、そしてどんな思いがけない影響をおよぼすのかを、私たちはよく理解していないのだ。

以下はkindle版リンクです。

■著者紹介:ダン・アリエリー
デューク大学教授。1967年生まれ。ノースカロライナ大学チャペルヒル校で認知心理学の修士号と博士号、デューク大学で経営学の博士号を取得。その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)のスローン経営大学院とメディアラボの教授職を兼務した。この間、カリフォルニア州バークレー校、プリンストン高等研究所などにも籍を置いている。2008年イグ・ノーベル賞受賞。他の著書に『予想どおりに不合理』『不合理だからうまくいく』『ずる』『アリエリー教授の「行動経済学」入門』『「行動経済学」人生相談室』(すべてハヤカワ・ノンフィクション文庫)などがある。

ジェフ・クライスラー
プリンストン大学卒。弁護士を経て、お金と政治を扱うコメディアン、作家、コメンテーターになる。著書に風刺エッセイGet Rich Cheatingがある。

■訳者紹介:
櫻井祐子

翻訳家。京都大学経済学部卒、オックスフォード大学大学院で経営学修士号を取得。訳書にアリエリー『不合理だからうまくいく』『ずる』、アセモグル&ロビンソン『自由の命運』(以上早川書房刊),シュミットほか『1兆ドルコーチ』など多数。




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