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宮崎夏次系『と、ある日のすごくふしぎ』レビュー(本気鈴)《SFマガジン》2020年12月号より

 漫画家生活10周年記念の初画集も刊行され、ますます新たなファンを獲得している宮崎夏次系先生。
『と、ある日のすごくふしぎ』には10年培ってこられた短篇の名手としての魅力がぎゅっと詰まっています。
 その魅力をSFマニアでコミック編集者の本気鈴さんが紹介してくださいましたので、どうぞご覧くださいませ。



『と、ある日のすごくふしぎ』(宮崎夏次系/著)レビュー
(《SFマガジン》2020年12月号より)

執筆者/本気鈴

「と、ある日」に起きた三十二のできごとを描く
心に沁みるコミック

『と、ある日のすごくふしぎ』は《SFマガジン》誌上で七年にわたって連載された作品をまとめたオムニバス短篇集である。全三十二話。
 超能力やロボット、内的宇宙など、SF的要素が登場する作品もあるけれど、全体的には同じSFでも「サイエンス・フィクション」というよりタイトル通り「すごく・ふしぎ」の方。ただしセンスとワンダーはたっぷり入っている。
 憂いを帯びた瞳のかわいいキャラクターによる切ない物語は、どこか現実と変わっているのに、とても身近に感じ、共感し、じわりと沁みる。読む者の心に確実に、あるいは猛烈に刺さる。時にセンチメンタルで抒情的。だけど読み終えた後「感動した」と簡単に言って終わらない世界。宮崎作品は単純ではなく複雑だ。一筋縄ではいかない。
 たとえば冒頭収録の「と、ある日の忘れもの」は、遠方の施設で暮らす年老いた母と息子の物語。息子は仕事の都合で母親と一緒に暮らすことができない自分を責め悩む。ある日、母親は見舞いに来た息子が忘れ物をしたことに気づき……。
 要約すると、普通によくある事情を抱えた母子の物語が展開するようだが、ここから超絶なひねりが加わったあとに着地が(色々な意味で)見事決まって心温まるエピソードとなる。全然普通ではない。
「と、ある日の余分なもの」の主人公はレンガや古新聞を縛るヒモなどが常に少し足らない運命の男。彼には呑みの締めにお好み焼き(豚天の大)を注文するような大食漢のガールフレンド(?)がいる。ある日、医師から余命宣告を受けた彼は見知らぬ星で目覚めるが……?
 こちらは生きることの意味を問いつつ静かに語られる傑作。どこに連れていかれるのか戸惑いながら読み進めていくと、ふいに感情を揺さぶられる展開へと誘われる。
 また、女の子同士の友情にひびが入る超能力もの「と、ある日の帰り道」、作った皿を割り続ける陶芸家とその家族の話「と、ある日の解凍」や、職場で東サナムペオマーン語しか話さない女性が登場する「と、ある日の月と翻訳機」などがそうだが、複雑な人間関係での「他者に対しての誤解と理解」も共通するテーマのひとつかもしれない。
 寓話のようでもあり、童話のようでもあり、風刺でもあり、幅広く奥深く、やさしく残酷で少し哀しくも、読んで「あなたはそのままでいいのよ」と赦された気持ちにもなれる、モザイクでモビールな世界。お見逃しなきよう。宮崎作品の入門書としても最適の一冊。聞けば発売早々増刷されたとのこと。
 ……と、ここから話は横道にそれますが。
 実は私は宮崎さんの他社での担当編集者でありまして。『培養肉くん』という作品を担当いたしました。こちらはスペース・ミート・オデッセイという宇宙冒険SF。
 と、ある日の朝、一本のメールが御縁で今回、この場で書評を書かせていただくという光栄この上ない機会を頂戴した次第です。
 それにしても宮崎さんの描くお年寄りや動物たちは本当に魅力的ですね。時折登場する、つぶらな瞳のおじさんもたまらなく好き!
 あ、あと描き下ろしのあとがきマンガも必読です。



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