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叱られたイヌが悲しい表情をするのはなぜ? 『後悔するイヌ、嘘をつくニワトリ 動物たちは何を考えているのか?』【本文試し読み】

「イヌは叱られると悲しい表情をするのはなぜ?」
「メンドリの気を引くため、オンドリは平然と嘘をつく?」
「リスはときどき盗みを働き、シカも悲しみに暮れる?」


ドイツで100万部を突破した世界的ベストセラー『樹木たちの知られざる生活』の著者、ペーター・ヴォールレーベンさんの続篇がついに文庫化!
動物たちのリアルな感情世界を描いた『後悔するイヌ、嘘をつくニワトリ 動物たちは何を考えているのか?』(『動物たちの内なる生活』改題)から、冒頭部分を特別公開します。

書影_202107後悔するイヌ、嘘をつくニワトリ

『後悔するイヌ、嘘をつくニワトリ 動物たちは何を考えているのか?』(早川書房)まえがき

 オンドリがメンドリに嘘をつくだって? メスのシカが悲しみに暮れる? ウマが羞じらう? 数年前なら、そんなのぜんぶファンタジーの世界の話、お気に入りの動物をもっと身近に感じたい動物好きが願望を口にしているだけじゃないか、と言われただろう。そして私も、そんな夢見る動物好きのひとりだった。だってこれまでの人生、ずっと動物たちとともに過ごしてきたのだから。両親が飼っていて、私のことを自分のママとして選んでくれたヒヨコたち。上機嫌な鳴き声で、私たちの日常を豊かなものにしてくれるヤギたち。毎日の営林区巡回で出会う、森の動物たち。彼らと接するたびにいつも浮かんでくるのは、その頭のなかではいったいなにが起こっているのだろう、という疑問である。多彩な感情をたっぷり味わっているのはわれわれ人間だけだ、と科学者たちは長年主張してきたけれど、ほんとうにそうなのだろうか? 造物主は私たちだけのために、生きものとして自覚ある満ち足りた生を保障してくれる特別な道を作ってくれた、ということなのだろうか?

 そうだとしたら、この本はここでおしまいだ。もし人間が生物学的な構築物という意味において特殊な存在であるなら、自分を他の生物種と比べることなどできないはずだから。動物たちに共感を寄せるなんてまったく意味がない。なぜなら私たちは彼らのなかでなにが起こっているか、感じ取ることなどできないはずだから。けれど幸運なことに、自然は誰かを特別扱いし手間暇かける道を選ばなかった。進化というのは節約家で、その都度手元にあるもの「だけ」を改造し、手を加えてきた。そう、コンピューターのシステムと同じなのだ。ウィンドウズ10が先行バージョンの動作手順を踏襲しているのと同様に、私たちのなかでも、我らが始祖の遺伝的プログラムが機能しているのである。そしてそのプログラムは、この系統から数百万年のあいだに分岐した先にある、他のあらゆる種のなかで働いている。

 だから、私はこう考えている。別の種類の悲しみ、別の痛み、別の愛があるのではない。ブタだって、私たちと同じように感じている、と。大胆なもの言いだと思われるだろうか。でも、ブタが怪我をしたときにわき起こる感情が私たちのそれよりずっと小さいなんて、ありえない。可能性はゼロと言ってもいいほどだ。科学者は「おいおい」と叫ぶかもしれない。そんなこと、なんの証拠もないじゃないか、と。そのとおり。立証することはけっしてできないだろう。けれど、あなたが私と同じように感じているかどうかだって、やはり理屈で考えるほかはない。誰も他人のなかを覗くことなどできないし、たとえば針のひと刺しが地球上の70億の人間すべてに同じ感覚を引き起こすと証明することも、誰にもできないのだ。ともあれ人間は、感覚を言葉で捉え表現することができる。それらの報告をかんがみれば、どうやらすべての人間において知覚のレベルで同じことが生じている可能性は高い。

 だからこそ、キッチンにあった深皿いっぱいのジャガイモ団子(クネーデル)を平らげたあと、そしらぬ顔でとぼけていたうちのメスイヌ、マクシは、生ける大食らいロボットなどではなく、精妙で愛すべきいたずら者なのである。思い込みかもしれないけれど、じっくり見れば見るほど、飼っている家畜や森にいる彼らの野生の親類たちに、人間的な心の動きばかりを見出してしまうのだ。そして、その点で私はひとりぼっちじゃない。多くの動物種が私たちと共通の性質を分け持っているという認識にいたる研究者は、どんどん増えている。

 カラスのあいだにはほんとうの愛があるって? たしかにあると考えられている。リスは親族の名前を知っているだって? ずいぶん昔にそう報告されている。どこに目を向けようと、そこには愛があり、共感があり、喜びに満ちた生がある。この種のテーマに関する科学的研究が、今では数多く存在するのである。だが個々の研究がカバーするのはごく一部の領域だけだし、気軽な読み物としてはもちろん、良き理解にもとうてい適さぬほどの無味乾燥な書きぶりであることがしばしばだ。

 だから私はこの場で、皆さんの通訳となり、わくわくするような研究成果を日常語へと翻訳し、ジクソーパズルのピースを全体へとはめ込み、さらには私自身の観察をスパイスとして全体に振りかけようと思う。そうすれば、私たちを取り巻く動物世界の姿が浮かび上がってくるはずだ。固定した遺伝的コードによって駆動されるうつろな生体ロボットとしての種という例のイメージが、そこでは気の置けぬ存在へ、愛すべき小さな妖精へと変わっていくだろう。そして実際のところ、彼らはまさにそういう存在なのである。わが営林区を散策すれば、わが家のヤギやウマやウサギのそばにいれば、さらには皆さん自身がお住まいの地区にある公園や森のなかでだって、それが見て取れるはず。さあ、いっしょに行きますか?

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|| 著者紹介 ||
ペーター・ヴォールレーベン(Peter Wohlleben)
1964年、ドイツのボンに生まれる。子どもの頃から自然に興味を持ち、大学で林業を専攻する。卒業後、20年以上ラインラント=プファルツ州営林署で森林官として働いたのち、フリーランスで森林の管理をはじめる。2015年に出版した『樹木たちの知られざる生活──森林管理官が聴いた森の声』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)はドイツで100万部を超えるベストセラーとなった。2016年、さまざまな活動を通じて、人々に森林と樹木のすばらしさに気づいてもらうため、「森林アカデミー」を設立した。同年発表の本書『後悔するイヌ、噓をつくニワトリ――動物たちは何を考えているのか?』はドイツで27万部を突破した。

本田 雅也

1964 年東京都生。東京外国語大学大学院博士後期課程単位取得退学。ドイツ近現代文学、児童文学専攻。訳書にシュタッハ『この人、カフカ?』など。

文庫カバーイラスト/秦 直也

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