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『誰死な』特別ショートストーリー第1弾! ペンギンと密室で二人きりになってはいけない……

人に《死がふりかかる》のが見えてしまう志緒。彼女が哀しまぬよう、そんな《死》を回避させる佐藤くん。サトウとシオ——切り離せない・離れることのない二人の、ある日のささやかな会話。

『誰も死なないミステリーを君に』の超番外篇ショートストーリー第1弾(水族館篇)をお楽しみください。



 § 遠見志緒とペンギン

「ねぇ、佐藤くん。ペンギンには気を付けないとダメよ」
 僕は大学の授業がない日に、遠見志緒を水族館に連れてきていた。彼女は夏らしい淡い色のワンピースで、茶色いポシェットを肩から下げている。
「ペンギンに、気を付ける?」
 目の前にある柵の向こうでは、ペンギンたちが列をなしてヨチヨチと歩いている。
「笑って、佐藤くん。そんな、眉をひそめた顔をペンギンに見せないで」
 隣の志緒は笑みを浮かべて、じっとペンギンを見ていた。その笑みは可愛らしい生物を目の前に自然にこぼれたものというよりは、無理やり張り付けたような、作り物めいた笑みだった。言われた通りに、僕もニッと笑みを浮かべる。
「何それ、変な顔。ひょうすべみたい」
「ひょうすべ?」
「へらへらした顔の妖怪の名前。好物はナスビよ」
 どうでもいい知識が増えた。僕の作り笑顔は妖怪ひょうすべに似ている。
「いい? 佐藤くん、決してペンギンと密室で二人きりになってはいけない」
 志緒はペチペチとフリッパーを叩きつけあっている二匹のペンギンを指さした。
「あんな風に、絶対に、ペンギンと喧嘩をしてもいけない」
 この先、ペンギンと密室で二人きりになることも、あんな風に喧嘩することもないだろうと思ったが僕は「わかった」と答える。
「私は、これから起こってしまうかもしれない、ペンギン殺人事件を防ぎたい」
 思わず「なるほど」と口にしたが、全然、なるほど、と思っていなかった。
「だからこのまま、ペンギンに嫌われぬよう、にこやかにこのゾーンを抜けましょう」
 僕は素直に頷くと、ひょうすべみたいな笑顔を振りまきながら、ペンギンのいるゾーンを抜けた。水族館の建物に入ったところで、志緒はため息を吐く。
「知ってた? ペンギンがフリッパーで叩くと、人間の骨なんて簡単に砕けるの。可愛いからって気を許しては絶対にダメよ」
 なんてことだ。もしそうなら、ペンギンと密室で二人きりになってはいけないし、喧嘩をするなんてもってのほかだ。
「はぁ、でも、ペンギン、可愛かったなぁ」
 僕はペンギンを異常に警戒する志緒を少し可愛いなと思った。
 おっといけない。
 ペンギン殺人事件なんて悲劇は、防がなくてはならない。



※特別ショートストーリー第2弾はこちらhttps://www.hayakawabooks.com/n/nba194c235a04?creator_urlname=hayakawashobo01


井上悠宇『誰も死なないミステリーを君に』

2018年2月24日発売/井上悠宇/ハヤカワ文庫JA

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