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超高級ホテルに閉じ込められた貴族のおじさまの暮らしを描く『モスクワの伯爵』(エイモア・トールズ)試し読み

(書影・リンクは、Amazonにリンクしています)
モスクワの伯爵』エイモア・トールズ/宇佐川晶子訳/早川書房

全米140万部突破のベストセラー『モスクワの伯爵』は、いまも実在する超高級ホテルを舞台に、そこから一歩も出ずに何十年も暮らすことになったロシア貴族を描く長篇小説。一見つらそうですが、紳士の流儀をつらぬく伯爵の生き方と絢爛豪華な内装が美しく綴られ、上質なユーモアとペーソスをかもしだし、極上の読書体験を与えてくれます。冒頭から一部を試し読みできます。

***

ぼくははっきり覚えている

それが訪問者のように歩いてきて
ぼくらのあいだにしばらくいたとき
山猫みたいに鳴いたことを。

さて、ぼくらの目的は今どこにあるのだろう?

たくさんの質問と同じように
ぼくは答える
目をそらして梨の皮をむきながら。

おやすみの挨拶に一礼し
テラスのドアを抜け
ぼくはまた出ていく
穏やかな春の単純な素晴らしさのなかへと。

でも、これだけは確かだ。

それはピョートル広場の秋の落ち葉に埋もれてはいない。
それはアテナ神殿の灰入れの灰にもぐってはいない。
それはきみの美しい中国趣味の青いパゴダのなかにはない。

ヴロンスキーの鞍袋のなかにはなく、
ソネット30番、スタンザ一のなかにもない、
27の赤い……

『今それはどこに? 』(1~19行)
アレクサンドル・イリイチ・ロストフ伯爵


1922年 6月21日

アレクサンドル・イリイチ・ロストフ伯爵、国内事情により人民委員会議の緊急委員会に出頭。

裁判官:同志V・A・イグナトフ、同志M・S・ザコフスキー、同志A・N・コサレフ
検察官:A・Y・ヴィシンスキー


ヴィシンスキー検察官:名前を述べなさい。

ロストフ:アレクサンドル・イリイチ・ロストフ伯爵。聖アンドレイ勲章の受賞者、ジョッキー・クラブ会員、狩猟家です。

ヴィシンスキー:複数の称号があるようだが、それらはあなた以外の誰の役にも立たない。しかし記録のために尋ねるが、1889年10月24日、サンクトペテルブルク生まれのアレクサンドル・ロストフで間違いないか?

ロストフ:いかにも。

ヴィシンスキー:はじめる前にひと言。それほどたくさんのボタンで飾りたてられた上着は見たことがない。

ロストフ:ありがとう。

ヴィシンスキー:褒めるつもりで言ったのではない。

ロストフ:侮辱のつもりなら、決闘を申し込みます。

(笑い)

イグナトフ裁判官:傍聴人は静粛に。

ヴィシンスキー:現在の住所は?

ロストフ:モスクワのメトロポール・ホテルのスイート317号室。

ヴィシンスキー:どのくらいそこに?

ロストフ:1918年9月5日から。ちょうど4年になります。

ヴィシンスキー:職業は?

ロストフ:紳士は職業を持ちません。

ヴィシンスキー:なるほど。どのように時間を過ごしている?

ロストフ:食事、議論。読書や考察。当たり前のよしなしごとですよ。

ヴィシンスキー:それに詩を書いたり?

ロストフ:ペンで言い逃れをするので有名でした。

ヴィシンスキー:(小冊子を持ちあげながら)この1913年の長い詩、『今それはどこに? 』はあなたが作者か?

ロストフ:わたしに帰するものです。

ヴィシンスキー:なぜこの詩を書いた?

ロストフ:詩が書かれることを要求したのです。わたしはたまたま、その要求がなされた朝、その机に向かっていたにすぎません。

ヴィシンスキー:正確な場所は?

ロストフ:〈安閑荘〉の南の客間。

ヴィシンスキー:〈安閑荘〉?

ロストフ:ニジニ・ノヴゴロドにある、ロストフ一族の屋敷です。

ヴィシンスキー:ああ、そうだな。聞くまでもなかった。うってつけの名前だ。だが、詩に話を戻そう。あれが世に出たのは、1905年の革命が挫折したあと、さらに抑圧が強まった数年間のことだが、多くの者はあれを行動への呼びかけと考えた。その評価に同意するかね?

ロストフ:おしなべて詩は行動への呼びかけです。

ヴィシンスキー:(メモを取る)あなたがロシアを出てパリへ向かったのは翌年の春だったか…… ?

ロストフ:林檎の木々に花が咲いていたように記憶しています。だから、そう、おそらく春だったのでしょう。

ヴィシンスキー:正確には5月16日だ。さて、我々はあなたが自ら国外へ出た理由を理解しており、その逃亡を促した行動には多少の同情すら感じている。ここで我々が関心を持つのは、1918年のあなたの帰国だ。武器を取るために戻ってきたのかどうか。もしそうなら、革命への賛否いずれなのか。

ロストフ:その点については、わたしが武器を取る日々は過ぎました。

ヴィシンスキー:ではどうして戻ってきた?

ロストフ:その季節が恋しかったのです。

(笑い)

ヴィシンスキー:ロストフ伯爵、あなたは自分の由々しき立場がわかっていないようだ。あなたの前に集まった者たちへ当然示すべき敬意も欠いている。

ロストフ:皇后陛下も往時はわたしに対し同じ不満をお持ちでした。

イグナトフ:ヴィシンスキー検察官。よいかね……

ヴィシンスキー:どうぞ。

イグナトフ:ロストフ伯爵、大勢の傍聴人がきみが実に魅力的であるのを知って意外の念に打たれているのは明白だが、しかし、わたし個人としては、少しも意外ではない。歴史の示すところによれば、魅力は有閑階級の最後のあがきにすぎない。意外なのは、くだんの詩の作者が露骨なまでに無目的な人間になりはてたことのほうだ。

ロストフ:人間の目的は神のみがご存じであると考えます。

イグナトフ:なるほど。実に都合のいい解釈だ。

(委員会は12分間の退出をする)

イグナトフ:アレクサンドル・イリイチ・ロストフ、きみ自身の証言を充分考慮すると、我々にはこうとしか推測できない。すなわち、『今それはどこに?』を書いた明敏なる人物は自らの階級の堕落に屈し、かつて支持した理想を脅かしていると。これに基づき、きみをこの部屋から連れ出し、銃殺刑に処するのが適切だろう。しかし、党の上位者のなかには革命以前の大義に鑑みてきみを英雄とみなす者がいる。したがって、当委員会はきみがいたく好んでいるホテルへ返すこととする。しかし、勘違いをしてはならない。ふたたびメトロポールの外へ出れば銃殺刑が待っている。これにて終わり。

署名
V・A・イグナトフ
M・S・ザコフスキー
A・N・コサレフ


第1部

1922年
大使

1922年の6月21日6時半、アレクサンドル・イリイチ・ロストフ伯爵がクレムリンの城門から付き添われて赤の広場へ出たとき、大気は澄んで涼やかだった。立ちどまらずに、胸を張って、伯爵は泳いだばかりの人のように空気を吸い込んだ。空はあくまでも青く、聖ワシリイ大聖堂のいくつものドームが鮮やかに映えていた。ドームのピンク、緑、金がきらめくさまは、神を讃えることが宗教のただひとつの目的であるかのようだった。国営百貨店のウィンドウの前で雑談中のボリシェヴィキの女性たちですら、春の最後の日々を祝うために着飾っているように見えた。

「やあ」伯爵は広場の端でフョードルに呼びかけた。「今年はブラックベリーが出回るのが早いね!」

目を丸くしている果物売りに返事のすきも与えず、伯爵はきびきびと歩きつづけた。ワックスで固めた口髭がカモメの翼のようにぴんと伸びていた。ヴァレクレセンスキー門をくぐり抜けると、伯爵はアレクサンドロフスキー庭園のライラックの木立に背を向けて劇場広場の方角へ進んだ。メトロポール・ホテルの燦然たる美観が見えてきた。入口に着くと、伯爵は午後番のドアマンであるパーヴェルにウインクし、うしろからついてきたふたりの兵士のほうへ片手を伸ばして振り返った。

「送ってくれてありがとう、諸君。これ以上の気遣いは無用だよ」

兵士はふたりとも大柄な若者だったが、視線を返すためには帽子の下から見あげなくてはならなかった──10代にわたるロストフ家の男たち同様、伯爵は190センチを超える長身だった。

「そのまま行け」ふたりのうち面構えの凶悪なほうがそう言って、小銃に片手をかけた。「部屋まで見届ける」

ロビーで伯爵は、物事に動じないアルカージイ(フロント担当)とかわいいワレンチーナ(小彫像の埃をはらっていた)に大きく手をふって挨拶した。これまで幾度となくこうして彼らに挨拶をしてきたが、ふたりとも目を見開いてじっと見返してきた。ディナーパーティーに客がズボンを穿き忘れてあらわれたら見せるような反応である。

ロビーのお気に入りの椅子で雑誌を読んでいた黄色の好きな少女の前を通り過ぎると、伯爵は棕櫚の鉢植えの前で唐突に立ちどまり、付き添いの兵士に話しかけた。

「エレベーターか階段かどちらにする、諸君 ? 」

兵士たちは判断に迷ったらしく、顔を見合わせてから伯爵を見、また互いを見た。

上階へあがる手段も決められないで、一体戦場で勝てるのだろうか、と伯爵は首をかしげた。

「階段にしよう」伯爵は彼らに代わって決め、アカデミー以来の習慣で一度に二段ずつ階段を駆けあがった。

三階までくると、赤い絨毯敷きの廊下を自分のスイートに向かって歩いていった。ひとつづきの寝室、浴室、食堂、そして劇場広場のシナノキを見おろす2・5メートルもの高窓のある豪奢な客間から成る住まいである。と、ここでその日の不愉快な出来事が待ち受けていた。部屋の大きくあけはなたれたドアの前に警備隊長が、ホテルのベルボーイのパーシャとペーチャとともに立っていた。ふたりの若者は明らかに気の進まない仕事を命じられたらしく、伯爵と目が合うとうろたえた表情になった。伯爵は隊長に話しかけた。

「これはどういうことです ? 」

その問いかけにやや驚いたようだったが、隊長はそれを表にあらわさないだけの訓練を積んでいた。

「ここにいるのは、あんたを部屋に案内するためだ」

「ここがわたしの部屋です」

あるかなきかの笑みを浮かべて、隊長は答えた。「あいにくだが、もう違う」

パーシャとペーチャをあとに残して、隊長は伯爵とその付き添い兵たちをホテル内奥の目立たないドアの陰に隠された業務用階段へと導いた。薄暗い階段は塔へと続く性質上、5段ごとに急角度で折れ曲がっている。3階ぶんをのぼったところにあらわれたドアをあけると、狭い廊下があり、トイレがひとつと、修道院の個室を思わせる寝室が6つ並んでいた。この屋根裏はもともとメトロポールの客の執事やメイドのために造られたものだったが、使用人を従えての旅行が流行遅れになると、不用になった部屋は思いがけない緊急事態とでも言おうか、その時々の必要に応じて使われるようになった――爾来、不用品やら、壊れた家具その他ごたまぜのがらくたやらの倉庫となっていた。

当日早く、その螺旋階段をのぼりきったとっつきの部屋が片付けられ、鋳鉄製のベッドと三本脚の整理箪笥と10年分の埃だけが残された。ドアに近い隅には小ぶりのクロゼットがあったが、これは、あとから思いついて放りこまれた電話ボックスにしか見えなかった。屋根の勾配を反映して、ドアから離れるにつれて天井は徐々に傾斜していたから、伯爵が直立できるのは屋根窓の部分だけであり、そこに設けられた窓はチェス盤ほどの大きさしかなかった。

ふたりの警備兵が廊下からしたり顔で眺めるなか、隊長がご親切にも説明したところによると、伯爵の新しい住まいに収まるわずかな私物を運び込むよう、ベルボーイたちを呼んでおいたとのことだった。

「残りは?」

「人民のものとなる」

するとこれが彼らのやり方なのだ、と伯爵は思った。

「結構」

警備兵たちが小銃を壁にぶつけながら伯爵を追いかけようともたつくのを尻目に、伯爵は屋根裏から駆けおりた。3階に着き、すたすたと廊下を進んでスイートに入ると、ふたりのベルボーイが悲痛な顔をあげた。

「大丈夫だよ」伯爵はきっぱりそう言ったあと、指をさしはじめた。「これ。あれ。あのへんのも。本は全部」

新たな住まいの家財として選んだのは、背もたれの高い椅子二脚、祖母のシノワズリのコーヒーテーブル、祖母の好きだった磁器の皿のセット。黒檀で作られた象をかたどったテーブルランプ2個、妹の肖像画。1908年に〈安閑荘〉に短期滞在した、セローフが描いたものだ。ロンドンのアスプレイで特別に伯爵のために作られ、よき友人であるミーシカがいかにも似つかわしく〝大使〟と名付けた革鞄も忘れなかった。

誰かが伯爵の旅行用トランクのひとつをわざわざ寝室まで運び入れてくれていたので、ベルボーイたちが前述のものを上まで運びあげているあいだに、伯爵はトランクに衣服と身の回り品を詰めた。警備兵がコンソールの上のブランディの瓶二本をじっと見ているのに気づき、それもトランクに放り込んだ。トランクが上階に運ばれると、最後に伯爵は机を指差した。

これまでの奮闘で明るいブルーの制服をすでに汚しているベルボーイふたりは、机の四隅をしっかりとつかんだ。

「だけどこれ、1トンはあるぞ」ひとりがもうひとりに言った。

「王は城で自らを偉そうに見せる」伯爵は意見を述べた。「紳士の場合はそれが机なのだ」

ベルボーイたちが苦心惨憺の末に机を廊下へ引きずりだしたとき、おいていかれる定めとなったロストフ家の大型振り子時計が憂いに沈む音で8時を告げた。隊長はとうの昔に本来の守備位置に戻っており、警備兵たちの敵愾心は退屈に取って替わられて、今は壁に寄りかかって煙草をくゆらしながら、灰を寄木張りの床に落とし、豪奢な客間にはモスクワの夏至の薄れることのない光が注いでいた。

哀切をその目に湛えて、伯爵はスイートの北西の角にある窓に歩みよった。この窓の前でどれだけの時間を過ごしたことだろう? サンクトペテルブルクから到着したばかりの人々が夜汽車での移動に疲れ果て、タクシーから降りてくる様子を、朝のコーヒーを片手にローブ姿で何度眺めたことだろう? 冬、軒先に雪がゆっくりと降り積もり、着膨れた短躯の孤影が街灯の下を通り過ぎるのを何度見守ったことだろう? と、まさにその瞬間、広場の北端で若い赤軍の士官がボリショイ劇場の石段を駆けあがっていった。夜の公演の出だしの30分を見逃したのだろう。

青年の頃の自分が好んで幕間に到着したことを思い出し、伯爵は微笑んだ。イングリッシュ・クラブであともう一杯なら飲めると言い張り、結局3杯も飲んだこと。そのあと待っていた馬車に飛び乗って疾風の如く市内を横断し、名高い階段を一気に駆けあがって、この若者のように金色の扉をすり抜けたこと。ステージの上で優雅に踊るバレリーナたちをよそに、〝失礼〟と囁きながら、ボックス席のご婦人方を眺められる特権的な20列めのいつもの席へ向かったものだ。

遅刻だな、と伯爵は思い返してため息を漏らした。若いというのはなんと傍若無人であることか。

ややあって窓から向き直り、室内を歩きはじめた。まず広々とした客間と二点のシャンデリアに感嘆した。こぢんまりとした食堂の彩色された羽目板と、寝室の両開きドアをぴたりと閉じる凝った作りの真鍮の仕掛けに感心した。ひと言で言うと、伯爵の視線ははじめて部屋を見にきた有望な買い手の検分を思わせた。寝室に入ると、さまざまな骨董品の並ぶ、天板が大理石のテーブルの前で足を止めた。そのなかから妹がくれた鋏を取りあげた。サギの形をしており、長い銀色の刃を鳥の 嘴 に、中心点の小さな金のネジを目に見立てたその鋏は、伯爵の親指と人差し指が輪にやっと入るほど華奢なものだった。

部屋の向こうからこちらへと視線を動かしながら、伯爵はあとに残していくことになる一切を素早く確かめた。4年前にこのスイートへ持ってきた身の回りの品、家具、芸術作品はすでにさんざん選び抜いて減らした末のものばかりだった。というのも、皇帝処刑の一報が届いたとき、ただちにパリを出発したからである。20日間をかけて6つの国を横断し、5つの異なる旗の下で戦う8つの大部隊を迂回して、1918年8月7日にリュックサックひとつでようやく〈安閑荘〉にたどりついた。田園地帯は今にも大混乱に呑み込まれようとしており、家族は悲嘆に暮れていたが、祖母である伯爵夫人はいかにもその人らしく泰然としていた。

「サーシャ」椅子から立ちあがることもなく、彼女は言った。「よくきてくれましたね。きっとおなかが空いているでしょう。一緒にお茶を飲みましょう」

祖母に、国を出る必要があること、出国については手配済みであることを説明すると、伯爵夫人は選択の余地がないことを理解した。全員が同行の覚悟でいた使用人たちも、ふたりしか連れていけないことを理解した。孫息子であり、10歳の頃から自分の手で育ててきたただひとりの後継ぎが、一緒にこないことも理解した。

伯爵が7歳の頃、チェッカーゲームで隣の少年にこてんぱんに負けたことがあった。彼は泣き、悪態をつき、ゲームのコマを床にまき散らした。このスポーツマンシップの欠如は伯爵の父親の逆鱗に触れ、夕食抜きでベッドへ追いやられることとなった。だが幼い伯爵がしょげかえって毛布を握りし めていると、そこへ伯爵夫人がやってきた。ベッドの足元に腰をおろすと、彼女はほどほどの同情を 込めて言った。「負けは負けよ、仕方がないわ。オボレンスキー家の子など大したことはない。でもね、サーシャ、いったいどうしてあの子を喜ばせるようなことをしたの ? 」そのときの気概をもって、伯爵とその祖母は涙を流すことなく、ペテルゴフ(サンクトペテルブルク)の波止場で別れた。それから伯爵は屋敷の閉鎖を指揮するために一族の邸に引き返した。

煙突を掃除し、食糧庫を一掃し、家具を布で覆い、たてつづけにせわしなく片付けがおこなわれた。それはまるで家族が季節の変わり目に備えてサンクトペテルブルクへ戻る準備のようだった。普段と違うのは、犬たちが犬小屋から解放され、馬が厩から出され、使用人たちに暇が出されたことだった。それから伯爵はロストフ家の家具のなかから一番よいもの数点を一台の荷馬車に積み込み、ドアにかんぬきをかけて、モスクワへ出発した。

おかしなものだ、とスイートを立ち去ろうとしながら伯爵は考えた。ごく幼い頃から我々は嫌でも、友だちや家族に別れを告げることを学ぶ。両親や兄弟姉妹が駅を出発するのを見送り、従兄弟を訪ね、学校へ通い、入隊する。結婚し、あるいは国外へ旅に出る。よき友の肩をつかんで彼の無事を願い、すぐにでも便りがくると胸に言い聞かせて自らを慰める。こうしたことは人間の経験の一部だ。

しかし経験は、最愛の所有物に別れを告げる方法を教えてはくれない。教えてくれるとしたら? だがそんな教育はわずらわしいだけだろう。結局我々は、友を抱擁する以上の力を込めて、愛着のある所有物をしっかり握って離さないようになる。こちらからあちらへと、少なからぬ費用と不都合を忍んで、頻繁に大切な所有物を移動させる。埃をはらい、表面を磨き、そばで乱暴すぎる遊びに興じる子供たちを叱る──その間もずっと記憶がそれらをますます大事なものにしていくのだ。この戸棚、と我々はついつい記憶の糸をたぐる。子供の頃はよくここに隠れたものだった。クリスマスイブのテーブルに並んでいた銀の枝付き燭台。昔、彼女が涙を拭いたハンカチ、などなど。そしてついには、注意深く大切に保管されたこうした品々が、友を失う状況に直面したとき、真の慰めを与えてくれると想像するようになる。

しかし言うまでもなく、所詮、物は物にすぎない。

というわけで、妹の鋏をポケットにすべりこませると、伯爵はもう一度先祖伝来の家財を見てから、心に巣食う痛みと嘆きをきっぱり断ち切った。

1時間後、新しいマットレスの上で2回バウンドしてスプリングの音程(嬰ト音だった)を突きとめてから、彼は周囲に積みあげられた家具を眺め、もっと若い頃、蒸気船でのフランス旅行や夜行列車によるモスクワ行きを切望したことを自らに思い出させた。

どうしてあれほどそういう旅をしたかったのだろう? 客室が極度に狭かったからだ!

テーブルを折りたためば跡形もなく消えることを発見したときは、目を丸くしたものだった。抽斗がベッドの基部に組み込まれていたことも、壁のランプがページを照らすのにちょうどいいサイズだったことにも驚かされた。その効率的なデザインは妙なる音楽のように若い心を酔わせた。明確な目的と冒険への期待がそこにあらわれていた。2万海里の海底へ旅したネモ船長の船室もきっとこんなふうだっただろう。多少なりとも勇気のある若者であれば、ノーチラス号に乗れるのなら喜んで宮殿での百夜を差し出すのではなかろうか ?

いやはや。そしてついにこの狭苦しい部屋にきた、というわけだ。

おまけに、2階の客室の半分は一時的に、指令を倦まずたゆまずタイプするボリシェヴィキによって占拠されている。したがって、少なくとも六階にいる者は誰はばかることなく思いの丈を口にできるだろう。

立ちあがった拍子に伯爵は傾斜した天井に頭をぶつけた。

「油断大敵」彼はつぶやいた。

背もたれの高い椅子のひとつを横へ動かし、象のランプをベッドへ移動させ、トランクをあけた。最初に代表団の写真を取り出して、定位置である机においた。次にブランディの瓶2本と1日に2度しか鳴らない父親の時計を取り出した。祖母のオペラグラスを机に載せたとき、何かの羽ばたきが伯爵の注意を屋根窓へと引きつけた。窓は夕食への招待状ほどの大きさしかなかったが、一羽の鳩が窓棚の細長い銅貼り部分にとまっているのが見えた。
「やあ」伯爵は言った。「立ち寄ってくれるとは思いやりがあるね」

鳩はここは自分の家だと言わんばかりに見返してきた。次に爪で雨押さえを突き、たてつづけに何度か嘴を窓に向かって突き出した。

「ああ、そうだね」伯爵はうなずいた。「きみの言うことにも一理ある」

この新しい隣人に自分の予想外の到着のわけを説明しようとしたとき、廊下から控えめな咳払いがした。振り返らなくてもその割り込み方によって、〈ボヤルスキー〉のマネジャー、アンドレイであることは明らかだった。
このつづきはすぐに再開すると言うように鳩に一度うなずいてから、伯爵は上着のボタンを掛け直して振り返った。訪ねてきたのはアンドレイだけではなく、ホテルの従業員3人がドア口にひしめいていた。

非の打ち所のない身ごなしと思慮深くほっそりとした両手を持つアンドレイ、ホテルの比類なきコンシェルジュのワシーリイ、そして最近客室係のメイドから裁縫係に昇進した内気で陽気で、斜視のマリーナ。3人はそろって狼狽気味にじっと伯爵を見ており、伯爵はそれが2、3時間前、アルカージイとワレンチーナが見せたのと同じ表情であることに気づいた。その朝、伯爵が連行されていったとき、伯爵はもう二度と戻らないと彼らは思っていた。ところが、クレムリンの城壁の中から、墜落事故から 蘇 ったパイロットのように姿をあらわしたのだから無理もない。

「我が親愛なる諸君」伯爵は言った。「きっとみんな今日の出来事に興味津々だろうね。知ってのとおり、わたしはちょっとした内緒話のためにクレムリンへ呼ばれた。そして現政府の、いかにもそれらしい顎鬚を生やした数人の役人たちから、貴族に生まれたことへの罰として判決を下された。わたしは一生を過ごすことになったのだ……このホテルで」

歓呼の声に応えて、伯爵は訪問客ひとりひとりと握手を交わし、彼らの友情に対する心からの謝意を表明した。

「さあ入って、入って」

3人のスタッフは押し合いへし合いしながら、ぐらつく家具の塔の隙間に身体を押し込んだ。

「ちょっといいかな」伯爵はそう言ってアンドレイにブランディの一本を渡した。そして〝大使〟の前にひざまずき、留め金をはずして巨大な本のように開いた。中に用心深く収められていたのは52個の──いやもう少し正確に言うなら、26対のペアグラスだった。一対ずつが目的に叶う形をしていて、中身をゆったりと抱擁するブルゴーニュグラスから、南欧の明るい色のリキュール用にデザインされた魅力的な小グラスまでさまざまだった。特別なこの時間を祝して、伯爵は4つのグラスを適当に選んでみんなに回し、アンドレイが瓶のコルクを抜く栄誉を担った。

客たちの手にブランディが行き渡ると、伯爵は自分のグラスを高くあげた。

「メトロポールに」

「メトロポールに!」三人が応じた。

生まれついてのもてなし上手である伯爵は、その後の一時間のうちに、部屋の雰囲気を本能的に察知しながら、こちらでブランディを注ぎ足し、あちらで会話を盛りあげた。その地位にふさわしい堅苦しさにもかかわらず、今夜のアンドレイの頬はともすればゆるみがちで、時折片目をつぶって見せた。市内観光の案内をするときはきびきびと無駄なくしゃべるワシーリイは、今日自分が言ったことを明日は覚えているかどうかもおぼつかない人間のように、急に陽気で能天気な話しかたになった。そして内気なマリーナは冗談のたびに口元を手で隠すのも忘れてくすくすと笑った。

ほかでもないこの夜、伯爵は彼らの温かい励ましに衷心から感謝したが、自分が銃殺刑をからくも逃れたからだと思うほどうぬぼれてはいなかった。1905年の9月、代表団のメンバーが日露戦争終結のためにポーツマス条約に署名したことを、彼は大半の人々よりよく知っていた。その講和から17年間──ほぼ一世代に相当する長さだ──ロシアは第一次世界大戦、内乱、二度の飢饉、そしていわゆる赤色テロに苦しんできた。要するに、容赦のない激動の時代をくぐり抜けてきたのだ。右だろうが左だろうが、赤だろうが白だろうが、個人の環境が改善しようが悪化しようが、ついに国民の健康を祝して 盃 を交わす時代が到来した、ということだった。

10時、伯爵は螺旋階段まで客たちを送り、サンクトペテルブルクの家族の屋敷の玄関だったらそうしたであろうような、儀式ばった態度でおやすみの挨拶をした。自分の住まいへ引き返すと、窓をあけ(切手ほどの大きさではあったが)、ブランディの最後の残りを注いで机に向かった。

ルイ16世の御世にパリで作られたその机は、革製の天板に金の型押し模様があしらわれており、名付け親であるデミドフ大公の形見だった。豊かな白い頬髭、水色の目、金色の肩章を持つ大公は、4つの言語を話し、6つの言語を読んだ。生涯独身で、ポーツマス講和会議に母国の代表として臨み、3つの領地を管理し、愚行よりは勤勉を概ね重んじた。だがそれより何より、大公は、命知らずの騎兵隊の士官として、伯爵の父の戦友だった。それゆえ、大公は伯爵の厳しい保護者となった。1900年に伯爵の両親が数時間とおかずして相次いでコレラに倒れたとき、幼い伯爵を脇へ呼び、妹のためにおまえは強くあらねばならぬと説明したのは大公だった。不運はさまざまな形をとってあらわれる、自分の境遇の主人とならなければ、その人間は一生境遇の奴隷となる、とも。

伯爵は凹みのある机の表面をなでた。

大公の言葉のいくつが、これらのかすかな凹みをもたらしたのだろう ? 40年あまりにわたり、ここで管理人への正確な指示や政治家を信服させる文章、友人への親身な助言が書かれてきた。ひと言でいえば、いち目おかれるべき机だった。

グラスを空けると、伯爵は椅子を引いて床に座った。机の右の前脚のうしろに手を伸ばし、そのまま這わせていくと留め金にぶつかった。それを押すと、見えないドアが開いてビロードの内張りをしたくぼみがあらわれた。ほかの3本の脚のくぼみと同様、そこには金貨が積み重なっていた。


海岸のイングランド人


朝の9時半、目覚める前のまどろみのなかでアレクサンドル・イリイチ・ロストフ伯爵はこれからはじまる新たな1日を想像のなかで楽しんでいた。
一時間もしないうちに、彼は口髭をぴんとさせ、暖かな春の大気のなか、トヴェルスカヤ通りを大股に歩いているだろう。途中ガゼトニイ小路の新聞売りから〈ヘラルド〉を買い、フィリポフの店の前を通過して(ウィンドウの焼き菓子を見るためにつかの間足を止めたのち)銀行家たちと会うために歩きつづける。

だが縁石で(車を通すために)立ちどまった拍子に、ジョッキー・クラブで二時に昼食の予定があることを思い出す──10時半に彼の到着を待っているとはいえ、銀行家たちは事実上、預金者に雇われているのだから、少々待たせてもかまわない……これらを勘案して、Uターンし、トップハットを脱いでフィリポフの店のドアをあける。

とたん、彼の5感はパン屋のまぎれもない熟練の証拠に迎えられる。店内に漂うのは、毎日列車で冬宮殿へ配達されるほどうまい焼きたての食パン、プレッツェル、スイートロールの香ばしいにおいである。正面のガラスケースの奥に一糸乱れず並んでいるのは、アムステルダムのチューリップもかくやと思われる色とりどりの砂糖衣をかけたケーキ。カウンターに近づきながら、伯爵はブルーのエプロンをかけた娘にミルフィーユ(「千枚の葉」とは言い得て妙だ)を注文し、彼女がティースプーンでその繊細なケーキを軽くつついて銀のサーバーから磁器の皿に移す手際を感嘆の体で見守る。

飲み物を片手に、若い女性たちが毎朝落ち合って昨夜の密会を振り返っている、隅の小テーブルにできるだけ近い席に腰をおろす。3人の乙女たちは最初こそ周囲を気にして上品ぶってヒソヒソと声をひそめているが、話に熱が入るとおのずと声が高くなり、11時15分になる頃には焼き菓子を楽しんでいた最も慎み深い客たちですら、乙女たちの千層にも重なり合う複雑な胸の内を否応なしに聞いてしまう。

11時45分、ミルフィーユをきれいに食べきって口髭についたかけらをはたき、カウンターのうしろの娘にありがとうと手をふり、ちょっとだけおしゃべりした3人の乙女たちにトップハットを傾けてから、伯爵はトヴェルスカヤ通りにふたたび出て、思案する。次はどうしようか? ベルトランド・ギャラリーへ寄ってパリから到着した最新の油絵を見ようか、それとも、若手の四重奏楽団がベートーヴェンの小品に挑んでいるというモスクワ音楽院のホールに行ってみるか。ぐるりと回ってアレクサンドロフスキー庭園へ戻り、ベンチを見つけてライラックの花をめでるのも悪くない。すると、一羽の鳩が鳴きながら、窓棚の銅の雨押さえをひょこひょこと歩いている。

窓棚の銅の雨押さえを……

「ああ、ふむ」伯爵はつぶやいた。「そんなものがあるはずはないな」

ここで伯爵が目をつぶり、壁のほうへ寝返りをうったら、またベンチにいて、たまたま通りかかったフィリポフの店の3人の乙女に「素敵な偶然だね」と声をかけることができただろうか ?

もちろんである。しかし、状況が異なっていたら起きるかもしれないことを想像するのは、狂気への確かな一歩だ。

伯爵は起きあがって、足の裏をむき出しの床にぺたりとつけ、口髭の先をひねった。

大公の机の上にシャンパン用のフルートグラスとブランディ用のスニフターが載っていた。前者が細くまっすぐな姿勢でずんぐりと膨らんだ後者を見下ろすさまは、シエラモレナの平原に立つドン・キホーテとサンチョ・パンサを連想させずにいられなかった。あるいは、シャーウッドの森の暗がりにいるロビン・フッドと修道士のタックを。あるいは、ハル王子とファルスタッフの──そのときドアにノックがあった。

伯爵は立ちあがりざま天井に頭をぶつけた。

「待ってくれ」そう呼ばわって髪をなでつけ、ローブを探してトランクをひっかきまわした。見苦しくない体裁を整えると、ドアをあけた。勤勉な若者が伯爵の毎日の朝食を持って廊下に立っていた──コーヒーのポット、ビスケット2枚、果物(本日はプラム)。

「ご苦労、ユーリー! 入って、入って。そこへ、さあ、そこへおいてくれ」

ユーリーが朝食をトランクの上に並べているあいだ、伯爵は大公の机に向かってドゥルノフスキー通りのコンスタンチン・コンスタンチーノヴィチなる人物宛に素早く一筆したためた。

「すまないが、これを配達してもらえるかな?」

頼まれごとを拒まないユーリーは、喜んで手紙を預かり、手ずから届けることを約束して一礼とともにチップを受け取った。それから戸口で立ちどまった。

「ドアを……少しあけておきましょうか?」

そう問いかけたのも無理はなかった。部屋は風通しが悪く、6階ならばプライバシーが侵害される恐れはほとんどなかったからだ。

「そうしてくれたまえ」

ユーリーの足音が螺旋階段をおりていくと、伯爵はナプキンを膝に広げ、コーヒーを注いで数滴のクリームをたらした。最初のひと口を飲み、それがこれまでどおり少しも冷めていないのを知って満足した。ユーリーは余分な3階ぶんの階段を駆けあがってきたにちがいない。

皮むきナイフでプラムを種から切り離していたとき、銀色の影がひと筋の煙のようにふわりとトランクの背後に消えたのが偶然目の隅に入った。椅子から身を乗り出してのぞき込むと、その幻めいた正体は、ほかならぬメトロポールのロビーにいる猫だった。この片目の雄のロシアンブルーはホテル内のどんなことも見逃さない。どうやら伯爵の新居を自ら調べにあらわれたと見えた。薄暗がりから出てくると、床から〝大使〟の上へ飛びあがり、そこからサイドテーブルへ飛び移り、そこからまた三本脚の整理箪笥へと音もなく移動した。この眺望のきく地点にたどりつくと、猫は厳しい目で部屋を眺めたのち、猫なりの失望のしるしに首をふった。

「そうなんだ」自分も室内を眺めてから、伯爵は言った。「おまえの言わんとすることはわかる」 家具がごたごたと詰め込まれた様子は、伯爵のちいさな領土に、アルバート通りの中古品の委託販売店めいた雰囲気を与えていた。このサイズの部屋なら、背もたれの高い椅子一脚と、ベッドサイドテーブルひとつ、それにランプひとつで充分だ。祖母のリモージュ焼きの食器は全然なくてもかまわないだろう。

それに本は? 「本は全部!」と昨日は勇ましく言ってしまったが、昼の光のなかで見ると、この指示が良識というよりベルボーイたちを感心させ、警備兵たちを追い払うための子供じみた衝動であったことは認めざるをえなかった。伯爵の好む書物ですらなかったからである。バルザック、ディケンズ、トルストイのような名作をはじめとする伯爵の個人的蔵書はパリに残されていた。ベルボーイたちが屋根裏部屋まで運んだのは、父親のものであって、合理主義哲学や近代農業の技術の研究に捧げられた書籍であり、そのどれもがとてつもなく重く、理解不能に決まっていた。

どう考えても、今一度の選別が求められていた。

そこで朝食を終えると、彼は入浴と着替えをすませ、仕事にとりかかった。まず、隣の部屋のドアを試してみた。肩で押しても微動だにしないことから、内側から非常に重い物でふさがれているようだった。次の3つの部屋は床から天井までガラクタでいっぱいだった。けれども最後の部屋は、青灰色のタイルと雨押さえの細片で埋まった床の真ん中が片付けられて、そのたっぷりした空間に古ぼけた凹みのあるサモワールがひとつおかれていた。かつてそれを囲んで屋根職人たちがお茶を飲んだのだろう。

伯爵は自分の部屋に引き返し、数着の上着をクロゼットにかけた。ズボンとシャツをトランクから取り出して整理箪笥の右隅の奥に(三本脚のそれがひっくり返らないよう気をつけて)しまった。トランクと家具の半分と父親の本を1冊だけ残して、廊下の先へ引きずっていった。こうして1時間もしないうちに部屋の中には必要最低限のものだけが残った。机と椅子、ベッドとベッドサイドテーブル、来客のための背もたれの高い椅子1脚、そして、紳士が考えながら歩くための幅3メートルのスペース。

伯爵は満足を覚えて猫を見やった(彼は背もたれの高い椅子に心地よく丸くなって、前足からクリームを舐めとるのに忙しかった)。「これならどうだ、老いぼれの海賊くん ? 」

それから机に向かい、手元に残した1冊を取りあげた。父親が大切にしていた、世界から賞讃されたその作品を読もうと最初に誓ったのは、かれこれ10年前になるだろうか。だが、カレンダーに指を突きつけ、〝今月こそ、ミシェル・ド・モンテーニュにこの身を捧げる!〟と宣言するたびに、人生のよからぬ状況がドアから首を突っ込んできた。良心に省みて無視できない恋心がひょんなことから頭をもたげたり。銀行家が電話をかけてきたり。サーカスが町にやってきたり。

なんといっても、人生は誘惑に満ちている。

だがついに、伯爵の気を散らさず、時間と、本に関心を向けるのに必要な孤独を与える境遇がここに出現した。というわけで、彼は本を片手でしっかりとつかみ、片足を整理箪笥の隅に引っ掛けて、椅子をうしろへ傾け、うしろ脚2本でバランスを保ちながら、読みはじめた。

人は異なる手段で、同じような目的に到達する
われわれに対して怒った人々が復讐心にかられていて、しかも生殺与奪の権を握っているようなときに、そうした相手の気持ちをやわらげる、もっともありふれた方法とは、帰順の意志を示すことにより、なんとか心を動かして、憐れみや同情の念をいだかせることだ。しかしながら、勇敢さや、敢然とした揺るぎのなさといった、これとはまったく反対の手段によって、同じ結果がもたらされることも、ときには見られる。

椅子をうしろへ傾けて本を読むという習慣ができあがったのは、〈安閑荘〉にいた頃だった。

あの輝かしい春の日々、果樹園は花盛りで、草むらにキツネの尻尾が見え隠れし、彼とエレーナはのんびりと時間を過ごす心地よい場所を探したものだった。ある日のそれは上のパティオにあるあずまやの中だったし、次の日は川の曲がり目を見下ろす楡の巨木の傍らだった。エレーナは刺繍をし、伯爵は椅子をうしろへ傾けて──噴水の縁や木の幹に軽く片足をかけてバランスを取りながら──妹の好きなプーシキンの作品を朗読した。何時間も延々と詩の連を読みあげ、そのあいだエレーナのちいさな針は布の上をちくちくと動きまわった。

「その針の目指す先はどこなんだい ? 」最後のページまでくると、伯爵は時折尋ねたものだ。「今頃はきっと家中の枕に蝶 々が舞い、ハンカチというハンカチにモノグラムが入っているにちがいないな」そして夜になって、兄にもう一冊詩集を読ませようと、エレーナがオデュッセウスの妻ペネロペよろしく縫い目をほどいてしまうのを咎めると、彼女は謎めいた笑みを浮かべたものだった。

伯爵はモンテーニュの本から目をあげ、壁に立てかけてあるエレーナの肖像画に視線を休ませた。8月に〈安閑荘〉で完成したそれは、食堂のテーブルに盛られた桃の皿を前にした妹を描いていた。セローフはエレーナらしさを実に見事にとらえていた──烏の濡羽のように黒い髪、かすかに上気した頬、やさしさと寛大さにあふれる表情。あのひと針ひと針には何かが宿っていた、と伯爵は思った。おそらくそれは、ちいさな輪をひとつ仕上げるたびに積みあげていった穏やかな叡智のようなものだったのではないか。14歳であのような思いやりにあふれていたことを思うと、25歳を迎えていたら、どんな優美さを見せてくれたかと思わずにいられない……

おずおずとしたノックが物思いにふけっていた伯爵を現実に引き戻した。父の本を閉じて振り返ると、戸口に60歳ぐらいのギリシャ人が立っていた。

「コンスタンチン・コンスタンチーノヴィチ!」

椅子の前脚をドンと床におろしてドアに近づき、訪問者の手を握った。

「きてくれて実に嬉しいよ。我々は1度か2度会っているんだ。あなたは覚えていないかもしれないが、わたしはアレクサンドル・ロストフだ」

年配のギリシャ人は思い出させてもらうまでもないというように、一礼した。

「さあ、入って、座ってくれたまえ」

モンテーニュの傑作を片目の猫(床に飛び降りてしゃっと威嚇した)に向かってふりながら、伯爵は背もたれの高い椅子を客に提供して、自分は机の椅子に腰かけた。

そのあと、老ギリシャ人は伯爵の視線に控えめな好奇心の表情で応えた──彼らが商売上の問題では一度も会っていないことを考慮すれば、それは当然の反応だっただろう。結局のところ、カードで負けるのに慣れていない伯爵が話を切り出した。

「見てのとおり、コンスタンチン、わたしの境遇は一変した」

客は驚いた表情を浮かべた。

「いや、本当なんだ」と伯爵。「大きく変化した」

老ギリシャ人は室内を見回し、両手をあげて、はかなくも悲しい環境を認めた。

「もしや、求めておられるのは……ご融資でしょうか?」ギリシャ人は思い切って尋ねた。

そう示唆するにあたり、〝ご融資〟という言葉を口にする前に、ギリシャ人はほんの一瞬間をあけた。伯爵の考え抜いた意見では、それは完璧な間だった──長年にわたりデリケートな会話をしてきた経験から培われた間である。彼らの相対的地位に生じた変化を一瞬たりともほのめかすことなく、対話者に対する一片の同情を表明した間であった。

「いや、いや」借金がロストフ家の習慣ではないことを強調するために、伯爵はかぶりをふった。

「その反対だよ、コンスタンチン、あなたの興味をひきそうなものを持っているんだ」そう言って、伯爵はまるで大公の机にあったコインを1枚、まるで手品のように取り出して、親指と人差し指で軽くつまんだ。

老ギリシャ人はじっと目を凝らしてから、真価を認めたしるしにゆっくりと息を吐き出した。コン スタンチン・コンスタンチーノヴィチは長年、金貸しをしている。彼の〝技〟は品物を一瞬で見極め、その真価を見抜くことだった。

「よろしいでしょうか……」ギリシャ人は尋ねた。

「もちろん」

コインを手に取って1度だけ裏返し、うやうやしく返した。金属学的意味においてコインは純金だったばかりでなく、裏面の片目を閉じた双頭の鷲によって、これが女帝エカテリーナの戴冠を記念して造られた5000枚のうちの1枚であると、この目利きの老人は確信したのだった。困窮した紳士から買い取ったそのような品は、好景気であれば、極めて用心深い銀行にすらそこそこの値で売ることができるだろう。しかし、騒擾の時期は ? 庶民の贅沢への要求がしぼんだにもかかわらず、こうした希少品の値打ちは上昇していた。

「差し出がましいようですが、閣下、それは……1枚きりですか?」

「1枚きり? まさか」伯爵は首をふり振り答えた。「これは兵舎の中の一兵卒のようなものだよ。ガレー船の一奴隷のような。ひとりのわけがない」
老ギリシャ人はふたたび息を吐いた。

「なるほどそれでは……」

数分のうちにふたりの男はためらうことなく取り決めを交わした。さらに老ギリシャ人は3通の手紙を自ら届けるのは光栄であると述べ、伯爵はその場で手紙をしたためた。それから親友同士のように握手し、3ヶ月後の再会を約束した。

だが、帰り際、老ギリシャ人はドアの前で立ちどまった。

「閣下……立ち入ったことをうかがってもよろしいですか?」

「もちろん」

老人はおずおずと大公の机を身振りで示した。

「閣下の詩を今後も読める日がきましょうか?」

伯爵は面白がるような笑みを返した。

「残念だがコンスタンチン、わたしが詩を書く日々はもう過去となった」

「もしもそうなら、ロストフ伯爵、我々は残念に思います」


ホテル2階の北東の一画にさりげなく存在しているのが〈ボヤルスキー〉だった──ロシア全土とは言わないまでも、モスクワでは最上級のレストランである。丸天井に大貴族の別荘を思わせる暗赤色の壁、〈ボヤルスキー〉はモスクワきっての優美な装飾様式と、洗練されぬいた給仕たちと、圧倒的腕前の総料理長を誇りにしていた。

〈ボヤルスキー〉での夕食という体験は贅沢の極みだったから、幸運な客の名前が書き込まれた大きな黒い台帳を統括するアンドレイの目をとらえるためには、毎晩誰もが人混みをかき分けて進まねばならなかった。さらに、そのマネジャーからこちらへどうぞとのジェスチャーを受けても、隅のテーブルまでたどりつく途中であちこちから4カ国語で声をかけられるマネジャーのせいで、客は5回は立ちどまることを余儀なくされた。だが、テーブルにつけば、白のディナージャケットを着用した給仕によって速やかにサービスを受けることができた。

つまり、1920年までは。その頃すでに国境は封鎖され、ボリシェヴィキ政府によって、高級レストランでのルーブルの使用禁止が決定された──事実上、当該レストランの99パーセントが閉鎖に追い込まれたのである。したがって、今夜伯爵が主菜を口に運びはじめたとき、水のグラスが銀器にあたって音を立て、カップルはぎごちなく声をひそめ、マネジャーですら気がつくと天井をにらんでいた。

だがどんな時期にもそれなりのよさはある。たとえ混迷の時代でも……

エミール・ジュコフスキーが1912年に総料理長としてメトロポールに招聘されたとき、彼はベテランのスタッフと広々とした厨房の指揮を一任された。加えて、ウィーンの東では最も名高い食糧庫もあった。スパイス棚には世界の珍品が勢ぞろいし、冷蔵庫にはあらゆる鳥獣が逆さ吊りにされていた。こういうと、1912年は総料理長の才能を推し量るのに完璧な一年だった、という結論に当然人は飛びつくだろう。しかし、豊富に食糧がある時期はどんなボンクラでもスプーン1本で舌を喜ばせることができる。総料理長の独創性を真に試すには、食糧難の時期にこそ目を向けなければならない。そして戦争以上に食糧の欠乏をもたらすのにうってつけの時期があろうか?

ロシア革命の余波──経済不況、不作、貿易の停滞──のなかで、モスクワにおける上質な材料は 海の上の蝶と同じくらい希少だった。メトロポールの食糧庫からはあらゆるものが刻々と減っていき、総料理長は客の期待にとうもろこしの粉とカリフラワーとキャベツ──つまり、あるものだけで応え ることを余儀なくされた。

確かに、エミール・ジュコフスキーは気難しいと非難する者も、ぶっきらぼうだと言う者もいた。短気なチビとも言われた。しかし、その天才ぶりは文句のつけようがなかった。今まさに伯爵が食べ終えようとしている料理を例にとってみよう。窮余の一策によるサルティンボッカだ。仔牛の代わりにエミールは鶏の胸肉を叩いて平べったくした。パルマ産のプロシュートの代わりにウクライナのハムを薄く削いだ。そしてさまざまな香りを併せ持つセージの代わりには? セージのように軽くてかぐわしく、だが、もっと苦味のきいたハーブとして、エミールが選んでいたのは……バジルでもオレガノでもなかった。それだけは確かだった。以前どこかで間違いなく出会っているものなのだが……

「今夜の食事はいかがでしょう、閣下?」

「ああ、アンドレイ。いつもどおり、すべて申し分ないよ」

「サルティンボッカは?」

「素晴らしい。ただひとつだけ質問がある。エミールがハムの下に挟んだハーブだが──セージじゃないのはわかってる。ひょっとしたら、ネトルかな?」

「ネトル? そうではないと存じます。ですが訊いてまいりましょう」
一礼してマネジャーはテーブルを離れた。

エミール・ジュコフスキーが天才なのは論をまたないが、しかし、店内の一切を滞りなく進行させ、〈ボヤルスキー〉の評判を不動のものとしたのは、アンドレイ・デュラスだと伯爵は考えていた。

南フランス生まれのアンドレイはハンサムで背が高く、こめかみのあたりには白いものが混じっている。だが何よりも際立った彼の特徴は、その容姿でも身長でも頭髪でもない。それは彼の手だった。白くて、きちんとマニキュアを施された指は、同じ身長の男たちの指よりも1センチほど長かった。アンドレイがピアニストだったら、1オクターブと4音はやすやすと届いただろう。人形使いだったら、3人の魔女が傍観するなかでのマクベスとマクダフの剣の戦いを、ひとりで糸を操れただろう。だがアンドレイはピアニストでも人形使いでもなかった──少なくとも伝統的な意味では。彼は〈ボヤルスキー〉の司令官であり、事あるごとに彼の両手が目的を達成するさまを、人は驚嘆して見守った。

たとえば、女性のグループをテーブルまで案内するとき、アンドレイは複数の椅子をいっぺんに引いているように見えた。女性のひとりが煙草を取り出せば、片手でライターをつけつつ、もう片方の手で炎に囲いを作った(まるで店内に隙間風を感じたかのように!)。ワインリストを持った女性がお勧めを尋ねれば、1900年のボルドーを指差すことはしなかった──少なくともゲルマン的センスにおいては。彼はシスティーナ礼拝堂天井画の、神が生命を吹きこんだというあのジェスチャーを彷彿とさせる仕草で、人差し指をわずかに伸ばすのだった。それから一礼して引き下がり、店内を突っ切って厨房のドアの奥に姿を消す。

だがこのときは1分もしないうちにふたたびドアが勢いよく開いて──今度はエミールがあらわれた。

165センチ、90キロの総料理長は素早く店内を見回してから、アンドレイをうしろにしたがえて伯爵めがけてやってきた。途中で客の椅子にぶつかり、給仕助手のトレイをひっくり返しそうになった。伯爵のテーブルまでくると唐突に立ちどまり、決闘を申し込む前に敵の腕を見極めるかのように、伯爵の全身に目を走らせた。

「ブラボー、ムッシュー」エミールは怒っているような口調で言った。「ブラボー!」

それだけ言うと、くるりと踵を返して厨房へと戻っていった。

息切れ気味のアンドレイが頭を下げて、謝意と祝福をあらわした。

「ネトルでございました。閣下の味覚は相変わらず絶好調でいらっしゃいますよ」にんまりするタイプではないものの、伯爵は満足の笑みを抑えられなかった。

彼が甘いもの好きと知っているアンドレイが、デザートのカートを身振りで示した。

「わたしどもの讃辞のしるしに、プラムタルトをお持ちしましょうか……?」

「ありがとう、アンドレイ。普段ならそのチャンスに飛びつくところだが、今夜はやめておくよ。ほかに用事があるんだ」


自らの境遇の主人とならなければ、その人間は一生境遇の奴隷となる。それを念頭に、伯爵は思案した。軟禁という終身刑に処せられた場合、境遇の主人になるにはどんな方法があるだろう?

シャトー・ディフに監禁されたエドモン・ダンテスの場合、彼を支えたのは復讐の一念だった。不当にも監禁された彼は悪事の手先を破滅させる計画を企てることによって持ちこたえた。セルヴァンテスはアルジェで海賊の奴隷にされたが、未着手の小説を書きあげたい一心で踏ん張った。エルバ島に島流しにされたナポレオンは鶏たちのあいだを歩きまわり、ハエを追い払い、ぬかるみをよけながら、パリへの凱旋の展望に鼓舞されて耐え抜いた。

しかし伯爵に復讐者の気性はなかった。叙事詩的物語を成す想像力はなかった。そして復活した帝国を夢見るような空想的エゴはさらになかった。まったく。境遇の主人となるための彼のモデルは、まるで異なる類のものだった。それは海岸に漂着したイングランド人だった。絶海の孤島に流れ着いたロビンソン・クルーソーのように、伯爵は実用的な事柄に身を委ねることによって、堅忍不抜の精神を維持したのである。早期救出の夢を断念した世界のクルーソーたちは避難所と真水の源を探し求める。火打ち石で火を熾すことを学ぶ。自分がいる島の地形、気候、植物相と動物相を調べる一方で、水平線上の帆船、砂地の足跡を見逃さないよう、視力のトレーニングを怠らない。

伯爵が老ギリシャ人に3通の手紙の配達を頼んだのは、この考察の結果だった。数時間と経たぬうちに、ふたりのメッセンジャーが訪ねてきた。〈ミュール&メリリース〉の若者は上等のシーツとそれに見合う枕を、ペトロフスキー小路から来たもうひとりは伯爵お気に入りの石鹸を4つ、それぞれ持ってきた。

そして3人めのメッセンジャーは? 彼女はきっと伯爵が夕食に行ったすきに到着したのだろう。ミルフィーユがひとつ入った空色の箱が、彼のベッドの上で待っていた。


約 束


12時のチャイムがこれほど歓迎されたことはなかった。ロシアでは。ヨーロッパでは。世界中どこでも。もしもロミオがジュリエットから正午に窓から顔を出しますと告げられたとしても、約束の時間を迎えた若きヴェローナ人の喜びは、伯爵の歓喜の足元にも及ばなかっただろう。シュタールバウム博士の子供たち、フリッツとクララが、クリスマスの朝に客間のドアは正午に開くと言われたとしても、彼らの興奮は、一度めのチャイムを聞いた伯爵の高揚にはかなわなかっただろう。

トヴェルスカヤ通り(と、上流社会の若いご婦人たちとの偶然の出会い)への空想を首尾よく追っ払ったあと、伯爵は入浴と着替えをすませ、いつものコーヒーと果物(今日はイチジク)を食べ、10時を少し回った頃にはいそいそとモンテーニュの傑作を手にとった。が、結局15行も読まないうちに、ともすれば視線は時計のほうへ泳いでいった……

実は昨日机の上にあったその本を取ったときから、伯爵は一抹の不安を感じていた。辞書や聖書でもあるまいに、文字がぎっしりと密集していたからである──辞書や聖書を調べたり、流し読みすることはあっても、たいていの人はきちんとは読まないものだ。そして、目次──忠誠、中庸、孤独、眠りなどに関する107のエセーのリスト──を眺めたとき、真っ先に頭に浮かんだ、これは冬の夜を念頭において書かれたものではないか、との疑念は確信に変わった。明らかにそれは、鳥たちが南へ飛び去り、薪が暖炉のそばに積まれ、野が雪で一面覆われた冬に読む本だった。冒険への欲求や、友の予想外の訪問とは無縁のものだった。

にもかかわらず、決然と時刻を一瞥し、長い航海に出た熟練の船長が出航の正確な時間を日誌に記すように、伯爵は最初の瞑想の波のなかを今一度進んだ。「人は異なる手段で、同じような目的に到達する」

この冒頭のエセー──歴史の年ごとの記録からさまざまな例が専門的に引用されている──で著者は、情にすがるときは命乞いをすべきだという非常に説得力のある意見を述べている。

もしくは傲然と胸を張り、屈服しないか。

いずれにしろ、どちらの方法も正しいとはっきり言い放ったのち、著者は2番めの瞑想へと進んでいる。「悲しみについて」

ここでモンテーニュが引用しているのは、古代ギリシャの黄金時代に活躍した偉大な作家たちの言葉である。悲しみは分かち合うのが最良の感情である、と彼らは結論づけていた。

もしくはひとりの胸に収めるか。

3番めのエセーの真ん中あたりまで進むと、伯爵は4度も5度も時計をちらちら見ている自分に気づいた。それとも6度 ? 正確にはわからなかったが、注意が一度ならず時計へそれていたのは明らかだった。

それにしても、なんという時計だろう!

1日に2度だけ時を知らせる、老舗店ブレゲによって伯爵の父のために作られた時計は、世界にふたつとない傑作だった。白エナメルの文字盤はグレープフルーツのように丸く、ラピスラズリのボディはてっぺんから基部に向かってなだらかに傾斜し、一方、宝石をちりばめた内部の仕組みは、正確さへの揺るぎない信念で世界的に知られる職人たちの努力の結晶だ。彼らの名声は十二分に根拠のあるものだった。3番めのエセー(プラトン、アリストテレス、キケロがマクシミリアン帝とともに爼上に載せられていた)を読み進んでいるあいだも、チクタクという音がひとつひとつ聞き取れた。

10時20分と56秒、と時計が告げた。10時20分と57秒。

58秒。

59秒。

いやはや。詩の韻脚を数えたホメロスや、人の罪を数えたペテロのように、時計はよどみなく秒を数えていた。

ええと、どこまで行ったのだったか?

ああ、そうだ。3番めのエセーだ。

時計が視界の外へ出るように、伯爵は椅子を少し左へ動かしたあと、それまで読んでいた一節を探 した。15ページの5段落めなのはほぼ間違いなかった。ところが、その段落の文章を読んでみると、内容にまるで覚えがない。そのすぐ前の段落も同様だった。結局、自信をもって読書を再開できる段落を見つけるまで3ページもあと戻りしなければならなかった。

「あなたの本はこういうものなのか?」伯爵はモンテーニュを問い詰めた。「一歩進んで二歩下がる ? 」

誰が誰の主人なのかを示すべく、伯爵は25番めのエセーにたどりつくまでは二度とふたたび本から顔をあげないと固く誓った。その決意にあと押しされて、4番、5番、6番とどんどん読み進めた。さらにテキパキと7番、8番をやっつけたときは、25番めのエセーは食卓の水差しのようにすぐそこにあるように思われた。

ところが、11番、12番と進むにつれて、ゴールが遠くなった。突如として本が食卓の上ではなく、サハラ砂漠かどこかにあるかに思えた。水筒の水を飲み干し、文章の山を這って越え、ようやく読破したページをめくると、その先にまた新たなページが……

ええい、ままよ。伯爵は這い進んだ。

11時を越えて。

16番めのエセーを越えて。

分を刻む歩幅の広い見張り番が時間を刻むガニ股の弟に文字盤の頂上で突然追いつくまで。ふたりが抱擁しあうと、時計内部のバネがゆるんで歯車が回転し、ちっぽけなハンマーが落ちて、正午の到来を告げるあの甘美な音色の最初の音が鳴った。

椅子の前脚がガタンと床に落ち、ムッシュー・モンテーニュは宙で二回転してからベッドカバーの上に着地した。4つめのチャイムが鳴る頃には、伯爵は螺旋階段を降下中で、8つめにはロビーを通り過ぎ、下の階にあるメトロポール・ホテルの比類なき理髪師であるヤロスラフ・ヤロスラヴリとの週に一度の約束へ向かっていた。


2世紀にわたり(と、歴史家たちが言うには)我が国の文化の発達の源は、サンクトペテルブルクのサロンだった。フォンタンカ運河を見下ろす豪奢な部屋部屋から、新しい料理、流行、アイデアがロシア社会に最初の一歩をおずおずと踏み出した。だがもしそうならば、それは主にサロンより下の階の、片時もじっとしていない活動があってこそだった。なぜならば、サロンから階段をわずかにおりると、そこには執事や料理人や従僕らがいて、ダーウィンやマネの意見が取りざたされたときも、万事が滞りなく動くことを保証していたからである。

メトロポールでも同じだった。

1905年の開業以来、ホテルのスイートやレストランは華やかな有力者や学識者が集まる場所だった。しかしそのさりげなく優雅な雰囲気は、下の階の尽力なしには成り立たなかった。

ロビーから広い大理石の階段をおりて最初に通るのは、新聞の売店だ。今でこそロシア語の新聞しかないが、かつてはあらゆる言語の新聞を紳士に提供していた。

次が花屋のファティマ・フョードロワの店だった。質素を旨とする時代を反映して、1920年になると、ファティマの店の棚は空っぽになり、ウィンドウには紙が貼られて、ホテル一明るかった店 はなんとも陰気な場所になってしまった。隆盛時にはおびただしい量の花を売っていたのに、である。ロビーにはそびえるような生花を設置し、客室にはユリの花を飾り、ボリショイ劇場のバレリーナたちの足元に投げられる薔薇の花束や、それを投げる男たちの胸を飾る花も扱っていた。さらにファティマは花言葉にも詳しく、騎士道の時代から上流社会に多くの得意客を抱えていた。謝罪をするにはどんな花を送ればよいか知っていたばかりでなく、遅刻したとき、ぶしつけな口をきいたとき、玄関先で若いご婦人に好意的な心配りを示すとき、うっかり相手よりいい札を出してしまったときなどなど、どんな花がふさわしいか心得ていた。要するに、花の香り、色、目的をミツバチよりもよく知っていたのだ。

ファティマの店は閉店したが、パリの花屋はロベスピエールの〝治世〟でも閉店はしなかったし、そもそもあの都市は今も花であふれているのではないか、と伯爵は思った。だとしたら、メトロポールの花の時代はきっとまためぐってくるだろう。

廊下の突き当たりまで行くと、ようやくヤロスラフの理髪店があらわれる。楽天主義と几帳面さと政治的に中立な場所、言うなればそこはホテルのスイスだった。実用主義を通して伯爵が自らの境遇の主人たることを誓ったとすれば、ここにもその一端が垣間見えた。週に一度の散髪の約束は厳正に守られていたからだ。

伯爵が店に入ったとき、ヤロスラフは明るいグレーのスーツを着た客の銀髪を刈っており、壁際のベンチにはしわくちゃの上着を着た、がっしりした体格の男が待っていた。店主は笑顔で伯爵に挨拶すると、隣の空いている椅子に座るよう促した。

伯爵はその椅子に座り、がっしりした男に愛想よく会釈し、背中をうしろに倒してヤロスラフの店内にある驚嘆すべきもの、すなわちキャビネットを眺めた。もしもラルースにキャビネットという単語の定義を尋ねたら、かの名高い辞書編集者はこう答えただろう。〝しばしば精彩な装飾が施された家具のことで、中にしまったものは外から見えない〟。誠に行き届いた定義である。これなら田舎の台所の食器棚から、バッキンガム宮殿のチッペンデールまですべてを網羅する。しかし、ヤロスラフのキャビネットはそのような描写には当てはまらない。ニッケルとガラスだけで作られたそれは、中身を隠すのではなく、人目に晒すようにデザインされているからである。

いかにも。このキャビネットは中のものすべてを自慢できるだろう。パラフィン紙に包まれた真新しいフランスの石鹸。象牙の器に入れた泡立て専用の英国の石鹸。いろいろな形の瓶に入ったイタリアのヘアトニック。そして奥に隠れているのは? ヤロスラフがウインクして若返りの泉ですよと囁
く、ちいさな黒い瓶。

次に伯爵は視線を動かして、銀髪の紳士に2本の鋏を同時にふるうという魔法を駆使している鏡の中のヤロスラフを見た。ヤロスラフの両手に握られた鋏が最初に想起させたのは、バレエの男性ダンサーのアントルシャ──空中で両足を交差させる動作──だった。だが、次第に理髪師の両手はスピードを増し、しまいにはコサックダンスのように跳ねたり蹴ったりしはじめた! 最後にチョキンと鋏が鳴り、さしずめバレエならここでカーテンがおりてまたすぐ上がり、理髪師の一礼に観客が拍手を送っていただろう。

ヤロスラフは客がかけていた白いケープをはずして宙で音を立ててふった。踵を打ちつけ、鮮やかな仕事ぶりに対する客からの支払いを受け取った。そして(きたときより、若返ってさらに上品になったような)紳士が出ていくと、新しいケープを持って伯爵に近づいた。

「閣下、ご機嫌はいかがですか ? 」

「素晴らしいよ、ヤロスラフ。わたしなりに」

「今日はどういたしましょう ? 」

「毛先を整えてくれ。整えるだけだ」

鋏がその優雅なダンスをはじめたとき、伯爵にはベンチにいるがっしりした客がいくらか変貌した ように思われた。先ほど伯爵は愛想よく会釈したのだが、短いあいだに男の顔が赤らんだようだった。実際、それは気のせいではなかった。赤い色は男の耳まで広がっていたからだ。

もう一度会釈しようとアイコンタクトを試みたが、男はヤロスラフの背中をにらみつけていた。

「次はおれの番だったんだ」

自分の手技に我を忘れがちな芸術家の常で、ヤロスラフは手際よく優雅に鋏を動かしつづけていた。

そこで男はもう少し大きな声で繰り返さざるをえなかった。

「次はおれの番だったんだ」

鋭い口調に芸術の魔法が解けて、ヤロスラフは丁重に答えた。

「すぐにやりますよ、サー」

「おれがここにきたときもそう言った」

まぎれもない敵意ある口調にヤロスラフは鋏を動かしていた手を止めて振り返り、憤怒に燃える視線にぶつかってぎょっとした。

人の会話に口を挟んだことは一度もなかった伯爵だが、このときばかりは、理髪師が自分に代わって状況を説明しなければならない立場に追い込まれるべきではないと感じ、仲裁に入った。

「ヤロスラフに悪気はないんだよ。ただ、毎週火曜日の12時はわたしのいつもの約束時間なんだ」それを聞いた男が今度は伯爵をねめつけた。

「いつもの約束時間だと」と、おうむ返しに言った。

「そう」

次の瞬間、男がいきなり立ちあがったので、ベンチがひっくり返って壁に衝突した。そうやって立つと、170センチにも満たない短躯だった。上着の袖口から突き出た拳は耳に負けないぐらい赤かった。男が一歩踏み出すと、ヤロスラフがカウンターの端に背中をへばりつけた。男は理髪師にさらに一歩近づき、鋏のひとつをもぎ取った。それからもっとスリムな人間を思わせる素早い身ごなしでさっと向きなおり、伯爵の襟首をつかみ、一度だけ鋏をふるって、チョキンと口髭の右側を切り落とした。手をゆるめぬまま伯爵を自分のほうへ引きつけ、鼻と鼻が触れあわんばかりになった。

「さっさと約束を果たしてもらうんだな」男はすごんだ。

伯爵を椅子に突き飛ばし、鋏を床に放り投げて、悠然と男は店を出ていった。

「閣下」ヤロスラフが慄然として叫んだ。「はじめて見た男です。ホテルの客かどうかすらわかりません。ですが二度と店には入らせませんよ。それだけはご安心ください」

立ちあがっていた伯爵はヤロスラフの憤りに同感し、狼藉にふさわしい処罰を店主に委ねたいと思った。しかし、あの襲撃者について自分は何を知っているだろう?

しわくちゃの上着を着てベンチに座っている男を最初に見たとき、ひと目で伯爵は勤勉な労働者がたまたま理髪店を見て、散髪でもするかと思ったのだろうと勝手に推測した。だがひょっとすると、彼は2階の新しい居住者のひとりかもしれなかった。鉄工所で成年を迎え、1912年に労働組合に参加し、1916年にはストライキの先頭に立ち、1918年に赤軍を率い、そして今は産業全体の指導者となっているのかもしれない。

「彼の言ったとおりだよ」伯爵はヤロスラフに言った。「彼はおとなしく待っていた。きみはわたしの約束を守ってくれようとしただけだ。わたしが席を譲り、彼の散髪を先にやってはどうかときみに言うべきだったんだ」

「それにしても、どうしたものでしょう ? 」

伯爵は振り向いて、鏡に映る自分を見た。そうやってしげしげと見たのは、おそらく数年ぶりだった。

紳士は疑いの念をもって鏡を見るべきだ、というのが長年の彼の信念だった。自己発見の道具というより、鏡はともすれば自己欺瞞の道具だからである。うら若い美人が鏡の前で身体をひねり、最大限自分をよく見せてくれる斜め30度から鏡をのぞきこむ姿を、いったい何度見たことだろう(まるで全世界がその角度からしか彼女を見ないかのようではないか!)。恐ろしく流行遅れの帽子をかぶっているのに、我が身を映す鏡がこれまた時代遅れなものだから、粋な帽子だと錯覚している貴婦人を見たことも数え切れない。仕立てのよい上着を着ていると自尊心がくすぐられるが、それ以上に誇 らしいのは、紳士のなんたるかを自分が心得ていることだった。紳士とはその立ち居振る舞い、発言、マナーによって自ずと知れるものなのだ。上着の良し悪しではなく。

そう、世界は回っているのだ、と伯爵は思った。

実際、地球は自転しながら太陽のまわりを回っている。銀河系も回っているし、歯車はより大きな 歯車の内部で回転して、時計のちっぽけなハンマーの音とはまったく別種のチャイムを鳴らしている。天上のチャイムが鳴ると、おそらく鏡は突然本来の目的を達成するのだろう──人の想像上の姿では なく、本当の姿をあらわにするのだ。

伯爵はふたたび椅子に座った。

「きれいさっぱり剃ってしまってくれ」彼は理髪師にそう告げた。「きれいさっぱり」


知り合いになること


メトロポール・ホテルには2つのレストランがあった。わたしたちがすでに訪れた、2階にある世に名高いあの安息処〈ボヤルスキー〉と、正式名は〈メトロポール〉だが、伯爵から愛情を込めて〈ピアッツァ〉と呼ばれているロビーはずれの大食堂である。

正直なところ〈ピアッツァ〉は〈ボヤルスキー〉の優雅な内装や、かゆいところに手の届くサービスや、えも言われぬ美味なる料理にはかなわなかった。その代わりに、大理石の噴水を囲むように80卓のテーブルが散らばり、キャベツのピローグから仔牛肉のカツレツまであらゆる料理を供するメニューがある。〈ピアッツァ〉は都市の──庭園の、市場の、通りの──延長だった。ありとあらゆるロシア人がコーヒー片手にくつろぎ、友人と出会い、議論をし、あるいは一時の気まぐれを楽しむことのできる場所であり、そこでなら、連れのない客も見事なガラス天井の下に座ったまま、賞讃や憤慨や疑惑や笑いに身をまかせることができた。

では給仕たちは ? パリジャンの好むカフェのギャルソン同様、〈ピアッツァ〉の給仕にも〝有能〟という讃辞を送ることができるだろう。人混みを縫って進むのに慣れっこの彼らは、4人掛けのテーブルに8人のグループをいともたやすく座らせることができた。楽団の音楽が流れるなか、客の注文を聞き取り、数分と経たぬうちに種々の飲み物をトレイにバランスよく載せてあらわれ、ひとつも間違えずに配ることができた。客がメニューを手にほんの一秒でも迷えば、肩越しに身をかがめ、スペシャリテを指差してくれる思いやりもあった。そしてデザートの最後のひと口が味わい尽くされると、さっと皿を片付けて勘定書をおき、たちどころに釣り銭を持ってくる。ひと言で言うなら、〈ピアッツァ〉の給仕たちはパン屑、スプーン、コペイカ硬貨に対する身の処し方を心得ていた。

少なくとも戦前は……

今日の食堂はがらんとしており、伯爵の給仕についたのは〈ピアッツァ〉の新顔であるだけでなく、給仕という仕事そのものにも不慣れな新人だった。痩せて背が高く、頭が細長く、物腰は横柄で、チェス盤から持ってこられたビショップみたいだった。伯爵が新聞を持って腰を下ろしたとき──ひとりで食事をするという世界的意思表示──この男はもうひとり分のテーブルセットを片付けようともしなかった。伯爵がメニューを皿の脇においたとき──注文する用意ができたという世界的意思表示──手をふって呼ばないと近づいてこなかった。そして伯爵が冷製スープのオクローシカと舌平目を注文したとき、この男はソーテルヌのワインをグラスでいかがですかと訊いた。申し分のない打診だった。フォアグラを頼んでいたならば!

「シャトー・デュ・ボードレールのボトルがいいだろうね」伯爵は礼儀正しく訂正した。

「むろんです」ビショップは聖職者の笑みを浮かべて答えた。

なるほどボードレールをボトルで頼むのは、ひとりの昼食には少々贅沢だったが、倦むことを知らぬミシェル・ド・モンテーニュとの朝をふたたび過ごしたあとだっただけに、沈みがちな気分を晴らすのも悪くあるまいと思ったのだ。事実、この数日間、彼は不安な気持ちを追い払おうとしてきた。いつものようにロビーへおりていくとき、気がつくと階段を数えていた。お気に入りの椅子に座って見出しを眺めながら、気がつくと両手をあげて、もうそこにはない口髭の先端をひねろうとしていた。気がつくと12時1分過ぎに昼食のために〈ピアッツァ〉に入っていた。そして1時35分に自分の部屋までの110ある階段をのぼってきたときは、階下へ夕食前の一杯をやりにいくまであとどのくらいかを計算していた。この調子でいくと、遠からず天井はじりじりと沈み、壁はじりじりと内側にせりだし、床はじりじりと上昇して、しまいにはホテル全体が崩壊してビスケット缶ほどのサイズになってしまうだろう。

ワインを待つあいだにレストランを見回してみたが、仲間たる食事客はなんの安堵ももたらしてく れなかった。反対側のテーブルには外交団のはぐれ者がふたり、食事をつつきながら外交の時代を待 っていた。向こうの隅には2階に滞在中の眼鏡をかけた常連が、テーブルに膨大な4つの文書の束を 広げて、それらを一語一語照らし合わせていた。誰も取り立てて陽気に見えなかったし、誰も伯爵に はなんら注意を払わなかった。つまり、噴水のうしろのテーブルから伯爵をこっそりうかがっている、黄色の好きな少女以外は。
ワシーリイによれば、まっすぐな金髪のこの9歳の少女は、妻に先立たれたウクライナ人官僚の娘だった。いつものことだが、少女は女性家庭教師と一緒に座っていた。伯爵の視線に気づくと、少女はメニューの陰に隠れた。

「スープです」ビショップが言った。

「ああ、ありがとう。おいしそうだ。だが、ワインを忘れないでくれ!」

「むろんです」

冷製スープが素晴らしい出来栄えであることは、一瞥すれば明らかだった──店内にいるどのロシア人も、祖母が作ってくれたこうしたスープを味わったことがあるだろう。最初のひと口をじっくりと味わうために伯爵は目を閉じた。ほどよい冷たさ、ほんの少し強めの塩味、ほんの少しのクワスの風味、そしてディルの申し分ない香味──それはコオロギの歌声を想起させ、心の安らぎをもたらす夏の先駆者の味だった。

だが目をあけたとき、伯爵はすんでにスプーンを落としそうになった。テーブルの隅に黄色の好きな少女がいて、子供と犬に特有のむき出しの好奇心を浮かべて彼を見ていたからである。少女の突然の出現に驚いたついでに言うと、今日の少女の服はレモン色だった。

「どこ行っちゃったの ? 」挨拶も抜きで、少女はいきなり尋ねた。

「なんだって。誰がどこへ行ったって ? 」

子供は首をかしげて、伯爵の顔をじっと見た。

「ほら、あなたの口髭」

伯爵は子供と交流する習慣をあまり持たなかったが、自身の受けた躾から、子供は知らない人にむやみに近づくべきではなく、知らない人が食事をしている最中に邪魔をすべきではなく、ましてやその人個人の外見についてじかに尋ねるべきではないことぐらいは心得ていた。いらぬお節介はするなということを、もう学校では教えないのだろうか?

「ツバメのように夏のためによそへ飛び立ったんだよ」伯爵は答えた。

そのあと片手をテーブルから浮かせてヒラヒラさせ、飛んでいくツバメを真似ると同時に、きみも向こうへ戻りなさいと仄めかした。

少女は彼の返事に満足そうにうなずいた。

「あたしも夏にはよそへ旅に出るのよ」 

伯爵は首を傾けて、祝意をあらわした。

「黒海へ」彼女は付け加えた。

それから空っぽの椅子を引いて、そこへ腰かけた。

「一緒に食事をするかい ? 」伯爵は尋ねた。

答える代わりに前後に身体をくねらせて居心地をよくしたあと、少女はテーブルに肘をついた。首にかけた金鎖の先端に小さなペンダント──幸運のお守りかロケット──がついていた。伯爵は少女の女性家庭教師に視線を送って、注意をとらえようとしたが、どうやら経験から学んだと見え、彼女は本に没頭していた。

少女がまた犬そっくりに首をかしげた。

「伯爵ってほんと ? 」

「本当だ」

目が丸くなった。

「王女さまを知ってる?」

「たくさん知っている」

さらにまん丸になった目が、いきなり細められた。

「王女さまになるのって、すごくむずかしい?」

「すごく」

そのとき、冷製スープがまだ器に半分残っているにもかかわらず、ビショップが舌平目を持ってきて、速やかに皿を取り替えた。

「ありがとう」伯爵はスプーンを持ったまま言った。

「むろんです」

ボードレールはいったいどうしたのかと尋ねようとしたが、ビショップはすでにいなくなっていた。

客に注意を戻すと、少女は舌平目を凝視していた。

「それ何?」彼女は知りたがった。

「これかい? 舌平目だ」

「おいしい?」

「きみのお昼はどうしたんだ?」

「おいしくなかったの」

伯爵は小皿に魚をちいさく切り分けて、テーブル越しに渡した。「近づきのしるしだ」

少女はフォークで刺して丸ごと口に入れた。

「いけるね」最高にエレガントな表現ではないにせよ、少なくともそれは事実であり、正しかった。そのあと彼女はちょっと悲しそうに微笑んで、ため息をつきながら伯爵の昼食の残りを明るいブルーの目でじっと見つめた

「うーむ」伯爵は唸った。

小皿を手元に引き寄せ、舌平目の半分を同量のほうれん草とベビーキャロットとともにそこへ移して、押しやった。しばらく身を落ち着かせるためだろう、少女はまた前後に身体をくねらせた。そのあと、野菜を注意深く皿の端へのけ、魚を4等分に切り分けて、右上の4分の1を口に運ぶと、さっきの質問のつづきをした。

「王女さまは1日をどんなふうに過ごすの ? 」

「若い貴婦人なら誰もがするようにさ」伯爵は答えた。こくんとうなずいて、少女は先を促した。

「朝のうちはフランス語、歴史、音楽のレッスンを受ける。それがすんだら友人を訪問したり、公園を散歩したりするんだ。そして昼食には野菜を食べる」

「あたしのお父さんは、王女さまは消滅した時代の象徴だって言ってるよ」

伯爵は唖然とした。

「そういう王女さまも少しはいるだろうがね」と譲歩した。「だが全員じゃない、それは確かだ」彼女はフォークをふった。

「心配しないでよ。パパはすごくって、トラクターの仕組みならなんでも知ってるけど、王女さまのしてることはなんにも知らないから」

伯爵は安堵の表情を浮かべてみせた。

「舞踏会に行ったことある?」ちょっと考えてから、少女はつづけた。

「もちろん」

「ダンスしたの?」

「寄木張りの床を擦り減らすので有名だった」そう言ったとき、伯爵の目にはあの有名なきらめきが宿っていた──その小さな火花を見ると、熱の入ったおしゃべりはぱたりとやんで、サンクトペテルブルク中のサロンにいる美しい貴婦人たちの目はそこへ吸い寄せられたものだった。

「寄木張りの床を擦り減らしたの?」

「エヘン。いかにも。舞踏会で踊った」

「お城に住んでたの?」

「城はおとぎ話のなかほど我が国では一般的ではないが」と説明した。「城で食事をしたことも……」

理想的な返事ではなかったが、その先はもういいと思ったらしく、少女はおでこに皺を寄せた。魚のもう4分の1を口に入れ、思案げにもぐもぐやった。それから不意に身を乗り出した。

「決闘したことある ? 」

「決闘(アフエール・ドヌール)か?」伯爵はためらった。「まあそれに似たのをしたことはあった……」

「32歩離れたところからピストルで ? 」

「わたしの場合はもっと比喩的な意味での決闘だった」

この残念な解説に客が失望の色をあらわにしたとき、伯爵は気がつくと埋め合わせをしていた。

「わたしの名付け親は一度ならず立会人を務めた」

「立会人?」

「紳士が立腹し、名誉の場での果たし合いを要求すると、紳士とその相手はそれぞれの立会人を指名するんだ。要するに、補佐役だよ。決闘のルールを決めるのがその補佐役なんだ」

「どんなルール?」

「場所や時刻。どんな武器を使うか。ピストルだったら、何歩距離をおくか。銃撃の応酬は一回以上か」

「名付け親って言ったよね。その人どこに住んでたの?」

「ここモスクワだ」

「モスクワで決闘したの?」

「そのうちのひとつはね。事実、不和が発端となって、このホテルで決闘がおこなわれたんだ──将官と王子さまとのあいだで。両者はかなり長いあいだ対立していたらしいんだが、ある夜、ここのロビーで逆方向から歩いてきたふたりが道を譲りあわなかったことから一気に反目が頂点に達し、まさにその場で手袋が投げつけられた」

「その場って?」

「コンシェルジュのデスクの脇だ」

「あたしがいつも座ってるところ!」

「ああ、そのようだ」

「同じ女の人に恋してたの?」

「女性は絡んでいなかったと思うね」

少女は不信のまなこで伯爵を見た。

「いつだって女の人が絡んでるわ」

「確かに。まあね。原因はなんであれ、謝れという要求にかっとなった相手が拒絶し、手袋を叩きつけた。その頃、ホテルを経営していたのはケフラーというドイツ人で、男爵の爵位を持つ人物として知られていた。ケフラーが執務室の羽目板の裏に二挺のピストルを保管していることは周知の事実だ
った。だから、騒ぎが起きたとき、立会人たちは内密に相談できたし、反目しあっている両者に武器をもたせて、呼びつけた馬車に乗せていくことができた」

「夜明け前の数時間に……」

「夜明け前の数時間に」

「どこか遠い場所で……」

「どこか遠い場所で」 少女が身を乗り出した。

「レンスキーは決闘でオネーギンに殺されたのよ」

プーシキンの詩を引用するには思慮深さが必要だと言わんばかりに、少女は声をひそめた。

「そうだ」伯爵は囁き返した。「そしてプーシキンも同じ運命をたどった」

彼女は重々しくうなずいて同意を示した。

「サンクトペテルブルクで、黒の小川の土手で」

「黒の小川の土手で」

少女の魚はもうなくなっていた。皿の上にナプキンをおき、一度だけうなずいて伯爵が昼食の相手として申し分なかったことを表明したのち、彼女は椅子から立ちあがった。だが背を向けて去る前に動きを止めた。

「口髭がないほうがいいね。よく見えるもの……顔色が」

それから膝を曲げ、身体を少し傾ける女性らしいお辞儀をして、噴水のうしろに姿を消した。


アフェール・ドヌールか……

その晩遅く、ホテルのバーに座ってブランディのスニフターを片手に、伯爵は自己批判気味にそう考えた。

ロビーのはずれにあるこのアメリカ風の酒場は、数台のソファと、マホガニーのバー・カウンターと、酒瓶の立ちならぶ棚を備え、革命前の数年間ここに足繁く通ったロシアの偉大なオペラ歌手に栄誉を表して、伯爵によって愛情を込めて〈シャリャーピン〉と呼ばれていた。かつてはたいそうな賑わいだったが、現在はむしろ祈りと懐古の礼拝堂といったほうが似つかわしく、今夜はそれが伯爵の心情に添っていた。

そう、彼はなおも考えた。ほぼいかなる人間の努力も、フランス語で表現されると、なんと洗練されて聞こえることか……

「何かお手伝いしますか、閣下 ? 」

そう声をかけたのは〈シャリャーピン〉のバーテンダー、アウドリウスだった。黄金色の山羊髭を たくわえたにこやかなリトアニア人のアウドリウスは、自分の仕事を心得ている男だった。スツール に腰かければ、一秒後にはカウンターに前腕をついて客のほうへ身を乗り出し、注文を尋ねてくれる。
からグラスが空になるが早いか、おかわりを手にそこにいる。だが、このときはなぜ彼が手助けを申し出ているのか、伯爵にはわからなかった。

「上着です」バーテンダーは明かした。

そういえば、伯爵はブレザーの袖に腕を通そうともがいていたようなのだ──そもそもそれを脱いだことを彼はよく覚えていなかった。〈シャリャーピン〉にきたのはいつものように六時だった。そこで夕食前に一杯だけ食前酒を飲んでいいという厳しい決まりを自らに課している。しかしボードレールのボトルが結局こなかったことに鑑みて、デュボネの二杯めを自分にゆるした。そのあとブランディを一、二杯飲んだ。次にどうしたかというと、ええと……ええと……

「今、何時だろう、アウドリウス ? 」

「10時でございます、閣下」

「10時!」

いつしかバー・カウンターの客側にまわりこんでいたアウドリウスが、スツールからおりる伯爵に手を貸した。伯爵は(まったく不必要ながら)先に立ってロビーを先導してくれるアウドリウスを、自分の思考の輪のなかへ招き入れた。

「知ってたかい、アウドリウス、ロシアの将校部隊によって1700年代初頭にはじめて決闘というものがおこなわれたとき、彼らのあまりの熱狂ぶりにツァーリは部隊を率いる指導者たちが近いうちに絶滅するのを恐れて、決闘を禁止したんだ」

「存じませんでした、閣下」バーテンダーは微笑んで答えた。

「うん、本当なんだよ。決闘は『オネーギン』の行動の中心であるばかりでなく、『戦争と平和』や『父と子』、『カラマーゾフの兄弟』でも重要な点なんだ! 発明の才には優れていたのに、どうやらロシアの偉大な作家たちは、ふたりの中心人物が32歩の距離をおいてピストルという手段で良心的事柄を解決するよりもマシな筋書きは思いつかなかったらしい」

「そういうことでしたか。さあ、着きました。5階のボタンを押しましょうか?」

エレベーターの前に立っていることに気づくと、伯爵はびっくりしてバーテンダーを見た。

「しかしね、アウドリウス、わたしは生まれてこのかたエレベーターに乗ったことはないんだ!」

 そう言って、バーテンダーの肩をポンと叩くと、伯爵は階段をのぼりはじめた。2階の踊り場まで。そこへ着くと、彼は階段に腰をおろした。

「他国の人々と比べ、わけても我が国民が決闘を心から好むのはどうしてなんだろうね ? 」と、階段に修辞的疑問を投げかけた。

蛮行の副産物としてあっさり片付けるものもきっといるだろう。ロシアの長く容赦ない冬や、頻繁に発生する飢饉や、粗野な正義感などなどを考えれば、不和解決の最終手段として貴族階級がこの野蛮な行為を採用したのは、ごく自然なことだった。しかし伯爵の考え抜いた意見では、決闘がロシアの紳士のあいだに広まった理由は、なによりも華々しさと壮大さに対する情熱のせいだった。

決闘が人里離れた場所で夜明けにおこなわれたのは、関係者のプライバシーを守るためだった。だがそこは灰の山のうしろやごみ捨て場だったか ? もちろん違う! 決闘は雪の積もる樺の木立の空き地でおこなわれた。あるいは蛇行する小川の土手で、あるいは木々の花を風が揺らす領地の片隅で……すなわち、オペラの第二幕に出てきそうな舞台でおこなわれたのだ。

ロシアにおいては、企てがどんなものであれ、舞台が華々しく、 趣 が壮大であれば、支持者はついてくる。事実、年々歳々、決闘のロケーションはより美しく、ピストルの作りはより洗練され、貴族は軽くなる一方の侮辱から名誉を守ってきた。であるから、最初のうちこそ重大犯罪──裏切り、反逆、密通──への報復としてはじまった決闘は、1900年ごろには、理由の階段をこそこそとくだって、ついには帽子を傾ける角度だの、ガンをつけただの、カンマを打つ場所だのをめぐっておこなわれるように成り下がったのである。

決闘の由緒正しい規約によると、侮辱した者とされた者が銃撃の前に歩く歩数は、侮辱の大きさに反比例する、ということになっている。要するに、最も批判に値する侮辱は少ない歩数の決闘で決着をつけるべきであり、ふたりのうちひとりは生きて決闘場をあとにしてはならないのだ。ふむ、そういうことなら、新しい時代の決闘は一万歩の距離を挟んでおこなわれるべきだろう、と伯爵は結論づけた。手袋を投げつけ、立会人を決め、武器を選んだ時点で、無礼を働いた者はアメリカ行きの蒸気船に乗り、一方の無礼を働かれた者は日本行きの蒸気船に乗ったらどうだろうか。到着したら、それぞれ一番上等の上着を着て、踏み板をおり、波止場でくるりと向き直って、発砲したらいい。


どっちにしたって……


5日後、伯爵は新しい知り合いとなったニーナ・クリコワから、嬉しいことに正式なお茶への招待状を受け取った。1階北西の角にあるホテルのコーヒーハウスで三時に、という内容だった。指定時刻の15分前に到着した伯爵は、窓際のふたり用のテーブルを確保した。3時を5分過ぎたとき、伯爵のもてなし役が水仙の風情──濃い黄色のサッシュベルトを結んだ明るい黄色のドレス──であらわれ、伯爵は立ちあがって彼女のために椅子を引いた。

「ありがと」彼女は言った。

「どういたしまして」

そのあとまもなく給仕に合図が送られ、サモワールが注文され、劇場広場の上空に雷雲が集結するのを横目に、雨になりそうだというほろ苦い意見が交わされた。だが一度お茶が注がれ、ティーケーキがテーブルに届くと、ニーナはより深刻な表情を浮かべた──もっと重大な関心事についてしゃべるときがきたことを暗示して。

人によっては、この変化をいささか唐突、ないしは時刻にそぐわないと思っただろうが、伯爵はそうではなかった。それどころか、社交辞令をさっさと省略し、手近な問題にズバリと切り込むのはお茶のエチケットと完全にマッチする──基本的慣例とすら──と思っていた。

なんといっても、これまで伯爵が正式な招待に応じて出席したお茶会はことごとくこのパターンを 踏襲していたのである。フォンタンカ運河を見下ろす客間だろうと、庭園のティーハウスだろうと、 最初のケーキが試食される前に、招待の目的がさらけだされた。事実、必要な二、三の社交辞令のあ とでも、ごく熟練の女主人なら、選び抜いたたったのひと言で話題の変更をほのめかすことができた。

たとえば伯爵の祖母が用いたそのひと言は、〝さて〟だった。「さて、アレクサンドル。おまえについて大変思わしくない話を漏れ聞いたのだけれどね……」自らの関心の犠牲者でありつづけたポリャコワ王女の場合は〝まあ〟だった。「まあ、アレクサンドル。わたし、大変な間違いをしでかしてしまったわ……」そして小さなニーナの場合は、明らかに〝どっちにしたって〟だった。

「あなたの言うとおりだわ、アレクサンドル・イリイチ。明日の午後も雨が降ったら、ライラックの花はダメになっちゃう。どっちにしたって……」

ニーナの口調が変わったとき、伯爵はもう用意ができていた、と言えばいいだろう。上腕を太もも に乗せ、70度上体を前に倒して、彼は真剣だが中立的な表情を顔に貼りつけた。そうすれば即座に、共感、気遣い、あるいは共通の義憤など、状況に即した顔が作れる。

「……すごくうれしいんだけど」ニーナは続けた。「王女さまになるためのルールをあなたがちょっと教えてくれたら」

「ルール ? 」

「そう、ルール」

「しかしね、ニーナ」伯爵は苦笑まじりに言った。「王女さまになるのはゲームじゃないんだよ」ニーナはじれったそうに伯爵をじっと見た。

「あたしの言いたいことぐらい、わかってるはずよ。王女さまにはどんなことが期待されてるのかって意味」

「ああ、そうか。なるほど」

背中を椅子に預け、伯爵はもてなし役の問いに見合いそうな返事を考えてみた。

「そうだな」少ししてから言った。「一般教養の勉強は先日話し合ったからのけるとして、王女さまになるためのルールとは、まずなんといっても上品な立ち居振る舞いを身につけることだろう。その目的のために、社交界ではしたない振る舞いをしないよう叩き込まれる。話し方、テーブルマナー、正しい姿勢を教え込まれる……」

伯爵のリストに上がったさまざまな項目に好意的にうなずいていたニーナが、最後のところでぱっと顔をあげた。

「姿勢 ? 姿勢ってマナーのひとつ?」

「そうさ」いささかためらいがちながら、伯爵は答えた。「そうだ。前屈みの姿勢はともすれば怠惰な性格を暗示する、他者への無関心のあらわれでもある。伸びた姿勢は冷静さと、誠実な人柄を強調する──どちらも王女さまにふさわしい資質だ」

この説明に影響されたらしく、ニーナは心もち背筋を伸ばした。

「つづけて」

伯爵は思案した。

「王女さまは年配者に敬意を払うよう育てられる」

ニーナは恭順を示すように伯爵のほうへ頭を垂れた。彼は咳払いした。

「わたしは違うよ、ニーナ。なんといっても、わたしもきみ同様の若輩者だ。そうじゃなくて、〝年配者〟というのは白髪頭の人のことだ」

わかった、というようにニーナはうなずいた。

「大公や女大公のことね」

「まあそうだ。確かに。だがわたしが言うのは、あらゆる社会的階級のお年寄りのことだよ。商店主や乳搾りの女性や鍛冶屋や農夫」

気持ちをあらわすのに躊躇なく表情筋を動かすニーナは、眉間に皺を寄せた。伯爵は詳しく説明した。

「ここでの原則は新世代は旧世代のすべての人々に一定の感謝をすべきだ、ということだ。お年寄りは田畑を耕し、幾多の戦争で戦った。彼らが芸術や科学を推進し、我々のために犠牲になった。だから、たとえ身分が高くなくても、彼らはその努力によって我々の感謝と尊敬を得て当たり前なんだ」

ニーナが相変わらず納得のいかない顔をしていたので、伯爵は自分が言わんとすることをわからせ る最も有効な方法を考えた。するとちょうどそのとき、コーヒーハウスの大窓から傘が開く光景が偶然見えた。

「一例を挙げよう」彼は言葉を継いだ。

こうしてゴリツィン王女とクドロヴォの老婆の物語がはじまった。

ある嵐の夜だった、と伯爵は語った。サンクトペテルブルクに暮らすうら若きゴリツィン王女はトゥーシン家で年に一度開かれる舞踏会へ向かっていた。王女を乗せた馬車がロモノーソフ橋を渡っていたとき、80歳ぐらいの女が雨に肩をすぼめて歩いているのに気づいた。とっさに王女は御者に停止を命じ、その哀れな老婆を馬車の中へ招き入れた。老婆はほとんど目が見えず、従者に助けられて乗り込むと、王女に感謝の言葉を雨あられと降り注いだ。王女は内心、この同乗者は近くに住んでいるのだろうと推測していたのかもしれない。なんといっても、年老いて目の見えない女性がこんな夜にそんなに遠くまで徒歩で行くだろうか ? ところが目的地を尋ねると、老婆はクドロヴォに住む鍛冶屋の息子を訪ねるところだと答えた──なんと10キロ以上も先の!

さて、トゥーシン家ではすでにそろそろ王女の到着が期待されていた。ものの数分もすれば、馬車は屋敷にさしかかるだろう──屋敷は地下から天井まで煌々と明かりが灯り、どの階段にも従者が立っていた。そんなわけで、王女がそこで降り、老婆を乗せたまま馬車をクドロヴォまで行かせるのは 充分、常識の範囲内だった。事実、馬車はトゥーシン家の前まできており、御者は馬の歩みをゆるめ、指示を仰ごうと王女を見た……

ここで効果を狙って、伯爵はいったん小休止した。

「それで ? 王女さまはどうしたの ? 」ニーナが訊いた。

「王女は御者にそのまま進むよう告げたんだ」意外だろう ? というように伯爵は微笑した。「それだけじゃない、クドロヴォに到着し、鍛冶屋の一家が馬車のまわりに集まったとき、老婆が王女をお茶に招いたんだ。鍛冶屋はうろたえ、御者は息が止まるほど驚き、従者はすんでに気絶しかけた。ところが、ゴリツィン王女は老婆の招待を快く受け入れた──そしてトゥーシン家の招待をすっぽかしたんだ」

言いたかったことを見事に伝えた伯爵は、お茶のカップを持ちあげ、一度うなずいて、お茶を飲んだ。

ニーナが期待を込めて彼を見ていた。

「それから ? 」

伯爵はカップをソーサーに戻した。

「それから、というと ? 」

「王女さまは鍛冶屋の息子と結婚したの ? 」

「鍛冶屋の息子と結婚! いやはや、それはないよ。お茶を一杯飲んでから、王女は馬車で自宅に帰った」

ニーナはじっくりその結末を考えた。鍛冶屋の息子と結婚したほうが、結末にふさわしいと思っているのは明らかだった。だが、欠点は欠点として、ニーナは伯爵の巧みな話術を認めたしるしにうなずいた。

このサンクトペテルブルク伝承の愉快な小話には、ごくありきたりの結びがあるのだが、成功を記憶にとどめておくのが好きな伯爵はそれを明かさなかった。それは、玄関先の柱廊で招待客に挨拶していたトゥーシン伯爵夫人の目の前で、サンクトペテルブルク中に知られたゴリツィン王女の鮮やかなブルーの馬車が、門の前でいったんスピードをゆるめながら、次の瞬間、飛ぶように通過したために、ゴリツィン家とトゥーシン家のあいだに亀裂が生じたというものだった。修復には3代かかっていただろう──もしもあの革命が両家の侮辱合戦にピリオドを打たなかったら……

「王女さまにふさわしい振る舞いだったのね」ニーナは言った。

「そのとおり」

ややあって伯爵はティーケーキを差し出し、ニーナはふたつとって、ひとつを皿に、もうひとつを口につっこんだ。

伯爵は知人の行儀の悪さを注意するタイプではなかったが、自分の話が理解されたことが嬉しかったので、にこやかに指摘せずにいられなかった。

「もうひとつ例がある」

「どんな ? 」

「王女さまはケーキが欲しいときは〝ください〟と言い、ケーキを差し出されたときは、〝ありがとう〟と言うように躾けられるんだ」

ニーナは不意をつかれた顔をした。と、思うと冷ややかな表情になった。

「ケーキを欲しいときに王女さまが〝ください〟って言うのは当然だと思うけど、向こうがケーキを差し出したときに、どうして〝ありがとう〟って言わなくちゃならないのかわからない」

「礼儀作法はボンボンとは違うんだ、ニーナ。選んだボンボンを食べてみたら、自分の一番好きな味じゃなかったということもある。かと言って、食べかけのボンボンを箱に戻すわけにはいかないだろう……」

ニーナは年季の入った寛容の表情で伯爵を見つめてから、おそらく伯爵のためなのだろう、噛んで含めるように言った。

「ケーキが欲しいなら、王女さまが〝ください〟っていうべきなのはわかる。なぜって、ケーキを相手に出してもらいたいからよ。ケーキが欲しくて、ケーキをもらえたのなら、〝ありがとう〟って言うのも当然だと思うわ。だけど、あなたのふたつめのたとえだと、王女さまはケーキが欲しいわけじゃなかった。向こうが勝手にケーキを差し出しただけよ。だから、わからないの。差し出されたものを受け取ることで、相手に親切にしているだけなのに、なんで〝ありがとう〟って言わなくちゃならないの ? 」

そうでしょ、と言わんばかりに、ニーナはレモンタルトを口に押し込んだ。

「きみの言うことにも多少の利点があることは認めよう」伯爵は言った

「だが、長年にわたる経験から言って──」

ニーナは指のひとふりでそれをさえぎった。

「だけど自分はまだ若いって言ったばかりじゃない」

「そりゃそうだが」

「だったら、〝長年にわたる経験から〟なんて言い方をするのは早すぎるように思うけど」 まったくだ、このお茶の会がそれを一点の曇りもなく明らかにしている、と伯爵は思った。

「姿勢については取り組むつもりよ」ニーナはきっぱりと断言して、指先についたケーキのクズを払いのけた。「それに、何かを頼むときは〝ください〟と〝ありがとう〟を忘れずに言う。だけど、そもそも頼んでないことをした人にお礼は言わない」

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写真:(C) David Jacobs

エイモア・トールズ Amor Towles
1964年、ボストン生まれ。イェール・カレッジ卒業後、スタンフォード大学で英語学の修士号を取得。20年以上、投資家として働いたのち、現在はマンハッタンで執筆に専念している。2011年に発表した小説第1作Rules of Civilityは20以上の言語に翻訳される国際的なベストセラーとなった。そして2016年に刊行された本書は、《ニューヨーク・タイムズ》紙のベストセラーリストに1年以上にわたって掲載され、《ワシントン・ポスト》《シカゴ・トリビューン》紙など8紙誌の年間ベストブックに選ばれ、全米で140万部を突破、ロシアを含めた30以上の言語で順次出版されている。

■訳者略歴

宇佐川晶子(うさがわ・あきこ)
立教大学英米文学科卒、英米文学翻訳家。訳書『ウルフ・ホール』マンテル、『ありふれた祈り』クルーガー、『蛇の書』コーンウェル、『夜のサーカス』モーゲンスターン(以上早川書房刊)他多数

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