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「ミステリィ」という名の幸福な呪縛――紺野天龍『錬金術師の密室』あとがき公開

2/20の発売からおかげさまで大好評の紺野天龍『錬金術師の密室』。翻訳ミステリ、新本格などに耽溺した紺野氏の読書歴や、ミステリへの想いを込めた著者あとがきを公開します。

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あとがき

 中学一年生のときアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』を読んだのが、最初のミステリィ体験だった。タイトルの格好良さに惹かれ、何の事前情報もなく読み始めた。今思えば、おそらくそれは人生最大の幸運だった。遠い異国の、しかも六十年も昔に書かれたその物語は、とてつもなく恐ろしかった。何が起こっているのかもわからないまま、登場人物たちと同じように恐怖に震え、それでもページを捲る手を止めることができなかった。そして最後にすべてが明らかになり、僕の心は「ミステリィ」という名状しがたい何かに囚われた。
 その呪縛は──今も続いている。

 はじめまして。紺野天龍と申します。
 このたびは、『錬金術師の密室』を手に取っていただき、誠にありがとうございます。
 デビュー作『ゼロの戦術師』(電撃文庫)のあとがきで、「元はミステリィ書きでファンタジィは初めて書いた」というようなことを書いたのですが、どうやらそれを真に受けたらしい早川書房の編集者から、執筆依頼を頂いたのがすべての始まりでした。
 ミステリィの商業出版実績がない作家に、いきなりミステリィの新作依頼を出す早川書房の決断には驚かされるばかりです。しかも、担当氏は、
「この作品では紺野さんのやりたいことを、やりたいようにやってください」
 と言ってくれました。ありがたいことです。
 そのため、大好きなミステリィへの想いを、全力で表現した作品となりました。どうか最後までお楽しみ頂ければ幸いです。

 せっかくの機会なので、少しだけミステリィのお話を。
 クリスティーからミステリィの世界に入ったので、中学生の頃は海外作品ばかり読んでいました。好きな作家は多いですが、やはりクイーンクリスティーは別格です。〈悲劇〉シリーズを読み終わったときの衝撃は、今でも忘れられません。また、『アクロイド殺し』も、何の事前情報もなく読んだので本当に驚きました。とても幸運なことだったと思います。
 ただ、国内作品は全然読んでいませんでした。何となく日本の推理小説は陰惨で暗いという偏見があったので。
 そんな偏見を木っ端微塵に打ち砕いてくれたのが、有栖川有栖氏『孤島パズル』でした。高校一年生のときたまたま図書室で見かけたのですが、この作品はタイトルも著者名も装幀もすべてがおしゃれで、国内にもこんな作品があったのかと驚きました。
 以来、国内作品、特に新本格にどっぷりと嵌(は)まりました。国内でも好きな作家は多いですが、その中でも特に京極夏彦氏西澤保彦氏森博嗣氏城平京氏久住四季氏には大きな影響を受けています。
 高校一年生の冬、城平氏の『鋼鉄番長の密室』を読み、こんなに面白いミステリィが存在しても良いのか! と感動したことがきっかけで、僕は小説を書き始めました。人生のターニングポイントです(奇跡的な幸運だった)。
 そして高校三年生のときに京極氏と森氏にのめり込み、受験勉強そっちのけで読み漁っていたのも今となっては良い思い出です(その後とても大変だった)。
 西澤氏を知ったのは大学一年のときで、『七回死んだ男』を教養科目の講義中に読んでいて、終盤飛び上がりそうになったのを今も鮮明に覚えています(そして注意された)。
 久住氏がデビューされたのもちょうどその頃で、試験直前に『トリックスターズD』を徹夜で二度読みして、興奮冷めやらぬまま試験を受けに行ったことも(暗澹たる結果だった)。
 傾向から推察するに、独特な世界観の中で、論理性を重視した作品が好みのようです。
 本作が、錬金術というファンタジィ的な世界観のミステリィであるのは、そういった事情(趣味)のためであります。

 僕が一番ミステリィに心を惹かれるのは、自由なところです。
 読者を驚かせ、楽しませるためであればあらゆることが許容される──そんな懐の深さを持ったジャンルなのだと、勝手に考えています。
 本作『錬金術師の密室』からも、ミステリィが内包する可能性を少しでも感じ取って頂ければ、望外の喜びでございます。

 最後になりましたが、すべての関係者様に心からの感謝を。
 そして最後まで読んでくださった読者の皆様にも、最大級の感謝を。


二〇一九年十二月某日自宅 無音にて  
著者 紺野天龍 

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紺野天龍『錬金術師の密室』
ハヤカワ文庫JA 本体価格780円+税
カバー/本文別版デザイン:團夢見(imagejack)
カバーイラスト:桑島黎音
(書影はamazonにリンクしています)
(電子版配信あり)

あらすじ/本文100ページまでの試し読みも公開中!

(担当編集:小野寺真央


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