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自由さの中でふつうを生み出し、そのふつうさのままとどまること――プロダクト・デザイナー秋田道夫が語る「仕事」のはなし【『かたちには理由がある』刊行記念】

『かたちには理由がある』(ハヤカワ新書)の刊行を記念して青山ブックセンター本店で開催された、著者の秋田道夫さんの講演の様子をお届けします。プロダクトデザイナーはどんな世界の見方をしているのでしょうか。これまでに手がけた製品を振り返りながら、「かたち」をめぐる思考が縦横に語られます。聞き手はフリーライターの納富廉邦さんです。

秋田道夫(あきた・みちお)
1953年大阪生まれ。プロダクトデザイナー。愛知県立芸術大学卒業後、トリオ(現JVCケンウッド)、ソニーを経て1988年よりフリーランスとして活動を続ける。LED式薄型信号機、交通系カードチャージ機、虎ノ門ヒルズセキュリティーゲート等の公共機器から日用品まで幅広く手がける。Twitter(現X)での発信が話題を呼び、フォロワーは10万人を超える。著書に『自分に語りかける時も敬語で』『機嫌のデザイン』がある。
Xアカウント:@kotobakatachi

聞き手:納富廉邦(のうとみ・やすくに)
フリーライター。文房具を中心に、デジタルガジェットや雑貨、かばん、革小物などのグッズや、伝統芸能、映画などについて取材・執筆している。


意外な着眼点からアイデアが生まれる

秋田 わたしは昔から「ことばとかたち」というのを大事にしています。ことばにできるようなかたちを作りたいし、かたちについてきちんと説明できるようにしていたいという気持ちがあります。これまで3冊の本を出しましたが、『かたちには理由がある』はいちばん文章量が多く、時間をかけたものになっています。納富さんには、全体の構成を担当してもらいました。
納富 秋田さんがこれまでに手がけてきた「かたち」に対して、僕が不思議に思ったことを聞いて、それに秋田さんに答えてもらいながら作れば、おもしろい本になるんじゃないかなと思って構成をしました。これまでの仕事の実績や製品の背後にある思考の解説本として仕立てられたのではないかと思います。
意外だったのは、セキュリティゲートのかたちです。慌てて入った人が膝をぶつけて痛くないようにという意図で、手前が円柱状で丸くなっているということでしたよね。そんな着眼点から、デザインが始まるのかと。
秋田 冗談だと思われるでしょうが本当なんです。
納富 機械の機能とは違った部分に注目するのが特徴的ですよね。秋田さんのデザインはシャープといえばシャープですが、生活の環境の中にあった時に浮かないですよね。
秋田 意識としては、遠くのものは緊張感を持たせたシャープなデザインに、近くのものは優しく親しみやすいやわらかいデザインにするようにしています。
納富 遠いデザインというと、例えば信号機とかでしょうか。一般的な信号機は、ものすごく無骨ですよね。
秋田 そうですね。わたしがデザインした信号機は、正面から見るとわかりにくいのですが、前面を曲面にしているんです。シャープにするとは言いつつ、情緒や情感もつけるためにこのような形にしました。製品化してみると、雪が降った時に上に積もって下半分には積もらないという実用面でもメリットがあることがわかり、やってよかったなと思いました。

省力型フードレスLED車両灯器

納富 なるほど、雪がちゃんと落ちる。秋田さんは、信号機の「背面」にも言及されていましたよね。機能面で注目されるのは表だけだけど、街の風景としては背面のほうが実は重要であると。
秋田 そうですね、信号機には背中がある。信号待ちの時に真上を見上げて見えるのは背中です。普段は反対側の信号しか見ていないから気にならないけれど、そのあってないような部分にひとつ可能性があるのではないかと注目しました。
納富 歩行者用信号の場合だと、カーステレオをイメージして背面をデザインしたということでしたね。

LED薄型歩行者灯器

秋田 はい、会社にいた頃に業務用の音響機器に関わっていたので、信号機がまるで業務用のスピーカーのように思えて、どの方向から見てもカッコいいように。背面もそうですね。
納富 なぜ、縦に線が入っているのでしょうか。
秋田 雨やほこりなどの汚れがすぐに流れるようにするためです。本体が凹まないように考える場合横方向に溝をつけるのが理にかなっているのですが、雨に含まれているチリやホコリが乾燥すると横溝の場合には黒い筋が残ってしまうので、すばやく雨が流れて残らないために縦方向に凹みをつけました。銀座に設置されたのが2007年だと思いますが、おかげで、設置から15年がたちますが、今もきれいでサビることを知りません。
納富 LEDになってからデザインの自由度はあがりましたか。
秋田 より、薄いものができるようになりました。『消える信号機』というのがコンセプトでしたが、実際背面を曲面にしたのでひさしを除けば相当に薄いです。
納富 こういう蝶番の部分も、これまでの信号機ではあまりデザインされていなかったとおっしゃっていましたね。
秋田 留め具の部分は無骨で、デザイナーとしてはあまり表面に出したくありませんでした。設計の人に相談したところ、なくすことはできないということだったので、だったら思い切り出してしまおうということになりました。頭の中には、ドイツに行ったときに乗った電車の、太くて立派な棚板のイメージがありました。
納富 ただ無骨に板がついているというのではなく、魅せるための無骨さということですね。

飽きられないものを作る

秋田 デザインするときにもうひとつ面白いエピソードがありました。佐賀県にある有明のりを作る機械の展示会に行ったことがあるのですが、並んでいたのは機械や部品ではなく、缶ビールとジュースの入った金魚掬い用の大きな水槽でした。親子三人で海苔を作っている家が多くて、お祭りのような感じで営業の人と、「こんどこういう部品ができるんです。」となごやかに会話をしているだけだったんです。メーカーみんなで共同共栄しましょうという意識が強いんですよね。それまで『よそより少しでも良く』という工業製品の世界にいたので衝撃的でした。実は信号機の会社も、全部で5つくらいしかない狭い世界で、唐突にかっこいいものを作ってしまうと仲間のバランスを崩してしまう。足並みをそろえた世界の中でどうすれば売ればいいのかを考えた時、斬新で「浮いたデザイン」をするよりは、同じ値段の割に使うこと立場をよく考えてデザインをして次の代から、よそのメーカーが良いところ真似しやすいようにしようと思いました。ようはみんな良い製品を作って欲しいわけです。
納富 この信号機だけものすごくとがっているなとはならないようにしたということですね
秋田 公共機器ですから、数年で飽きてしまうようなものは困りますからね。しみじみとよさが伝わるデザインにすることが大事だと思います。
納富 飽きない、というのはかなり意識されていますよね。
秋田 そうですね。飽きないにはどうすればいいのかというと、とんちのようですが、すでに飽きられたことをやればいいんです。それで、シンプルなものが多いですね。
納富 飽きられている物を使うと飽きられない、というのはどういうことでしょうか。
秋田 難しいですよね。「昔から残ったものを使えば、これからも残る」という言い方が一番本筋ですかね。自分の特徴を残さないようにする。結局特徴はあるんですけどね。
納富 たとえば、秋田さんは、丸と三角と四角で世の中はできているのだから、それを使えばいいとおっしゃいますよね。ふつうはそういうことをすると、単に昔からあるふつうのものになってしまう。そのような「ふつうなデザイン」と「秋田道夫らしいデザイン」の境界線は、どこにあるのでしょうか。
秋田 抽象的な言い方になりますが、絶対的音感に通ずるようなプロポーション(縦横奥行き)への「絶対的造形感」によって、微調整されているかいないかだと思います。わたしが重視している「ふつうさ」というのは、定番として残るものとしての飽きのこない「ふつうさ」です。
納富 なるほど。10年後に見て、古くなっていないというのはけっこう大事なことですよね。
秋田 デザインするということは、なんでもないものの中に美を見出すということでもあると思います。
納富 秋田さんが手がけた「80mm」は、ただの円柱の湯飲みなのにかっこよく見えますよね。これを見て、かっこいいと思う気持ちと、ただの円柱じゃないかという気持ちがどちらも生じてもおかしくないと思います。どうして人はそれを見てかっこいいと思うのでしょうか。秋田さんは、なにか計算されているのですか。
秋田 自分の感覚を信じていたのと、それを実現するための交渉と根回しをかかさずやっていましたね。
納富 それはフリーになる前、会社員の頃からですか。
秋田 そうですね。会社員の頃から設計の人や企画の人と仲良くなって、わたし自身のことを信頼してもらうように努めていました。感覚的なものが、この人はしっかりしていると感じてもらい、信頼感を得ていました。
納富 その努力があって、今の秋田さんがいるわけですね。「80mm」はメーカーからの依頼とかではなくて、自分で作ろうと思って作られた製品なんですよね。
秋田 そうですね。自分で製品を作って売ることで、普段デザイナーという立場にいると見ることの少ない、流通や販売のリアルな現場を知れるのではないかと思ったんです。
納富 販売の現場を知っていることは、デザイナーにとってプラスに働くのですか。
秋田 知らない方がよかったのではと思うこともありました。中国の工場に見学に行ったとき、ものすごく頭が痛くなるような温度の中で若いお兄ちゃんが作業をしているのを見たことがあって、さすがに、この加工はやっちゃいけないなと思いました。現場を知ることで、デザイン自体に制約がかかる場合もあります。

湯飲み「80mm」

秋田 「80mm」は、見た目がきれいで簡単に見えますけど、作るのがやたら難しくて、年間50個くらいしか作ることができません。100個作って30個ぐらいしか製品にならないんです。
納富 しかも、季節も寒すぎるとだめなんですよね。
秋田 20%ぐらい最初のかたちから乾燥すると縮むので、暑すぎるのもだめだし、寒いとますますだめという難しさがあります。
納富 焼き物業界的には難しいことはさせておきながら、流通のことを考慮してサイズを80ミリにするという、現場へのやさしさと厳しさが両方ありますね。

研ぎ澄まされた「ふつう」が長く残る

秋田 スプーンやフォークをデザインしてみてわかったことなのですが、人はだいたい自分で使っているものに慣れてしまって、慣れたものを「いいもの」だと思ってしまうんです。『自分の子供は可愛い』ですね。しかもカトラリーは家族分を買い換えると結構な出費ですから、一旦買ってしまうと5年10年平気で使い続けていて、使い慣れていってしまう。
納富 壊れるものでもなければ、壊しようもないですしね。カトラリーは個人的に研究していて、使いやすいのはどれかというのを原稿にするためにいろいろ試していますが、意外と決定版が世の中にないですね。
秋田 それでいうとわたしも、柄が重くなっているスプーンを作りましたが、それが決定版だとは言い切れません。
納富 ひとつの提案ですね。
秋田 そうですね。わたしがこれをやった時に思ったのは、カトラリー売り場の人が自分用に買って帰るようなものになるといいなということです。いろんなものを使って見飽きて、普遍的な段階に来た人が買ってくれるような渋いスプーンにしたいなと思ったんです。
納富 スプーンやフォークというのは、そんなに極端に変な形にできないじゃないですか。たとえばスプーンの台形の形とか、フォークの切れ込みの深さは何か考えてやられたのですか。
秋田 歯が悪くて虫歯があるときに、スプーンが奥にあたると痛かったので、当たって痛くないようにちょっと小さめにしてみました。自分の苦い思いが経験となって形に現われて来ることがあります。
納富 デザイン家電なんかはシンプルすぎて、デザイナー本人は本当に使っているのかなと疑問に思うこともあります。たとえば、こういうカトラリーはどういったかたちで依頼をされるんですか。依頼する側も難しいと思うんです。ものすごく当り前の形のものをあえてデザイナーに依頼するというのは。
秋田 基本的には、デザイナーに自由にやらせてくれます。いろいろと試してみて、「いいな」と思う方向に舵を切る。自由さの中でふつうを生み出し、そのふつうさのままとどまることが、ベテランデザイナーの仕事だと思っています。
納富 若い人は、なかなかとどまれないのですね。そろそろ締めに入りましょうか。秋田さんのほうから、「かたち」を作る時に考えていることをお話ししていただこうと思います。
秋田 まず一つ目は、『大量に使われる製品は研ぎ澄まされた「ふつう」でなければいけない』ということです。結局、普通であるというのはデザインの基本です。普通じゃないようなかたちに見えるようなものも、一個一個のパーツを取り出すと普通だったりします。
納富 できあがったものを見ると普通だけど、その過程で研ぎ澄まされているということなんですね。
秋田 普通になっていくために研ぎ澄ませなさいということですね。二つ目は、「長く使えるモノは「穏やか」である」ということです。尖ったものがいいとされがちですが、結局長く使えるものは穏やかなものです。三つ目は、「最先端は人に近づく」ということです。人間が最先端になるというより最先端が人間に近づいてくるという意識をわたしはもっています。
納富 それこそ、今回の本を編集してくださった一ノ瀬さんが担当された『アナロジア』(ジョージ・ダイソン著、服部桂監訳、橋本大也訳)はそういう本でしたね。
秋田 四つ目は『機能を増やすには技術がいるが、機能を減らすには哲学がいる』ということです。たくさんの機能を持ったものは短期的には最先端のものとして売れるかもしれないけれど、10年後まで売れ続けるのは哲学のあるシンプルなものだと思うのです。

(2023年8月28日、青山ブックセンター本店にて)

構成:河井彩花、一ノ瀬翔太(早川書房編集部)


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