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”使える友達”は真の友人か? 『ひとくち哲学』で哲学思想をかじってみよう【試し読み】

プラトンの国家論から映画「ジョーカー」のニヒリズムまで。一口かじれば世界が変わる! 134にもおよぶ哲学の主要トピックを、わかりやすいピクトグラムと2~3ページのコンパクトな説明に凝縮した「哲学思想の入門書」が登場。『ひとくち哲学 134の「よく生きるヒント」』(ジョニー・トムソン、石垣賀子訳、早川書房)から、誰にでも身近なトピックを紹介します。

“シンプルで愉快な哲学入門。コンパクトだからと舐めないで。夜に読むと眠れなくなります。”
―― 戸谷洋志氏 推薦!
(関西外国語大学准教授、『Jポップで考える哲学』著者)

『ひとくち哲学 134の「よく生きるヒント」』ジョニー・トムソン、石垣賀子訳、早川書房、哲学入門書
『ひとくち哲学』早川書房

日常の哲学

『ひとくち哲学 134の「よく生きるヒント」』ジョニー・トムソン、石垣賀子訳、早川書房、哲学入門書

すばらしい哲学を耳にするのは、時に夜おそく、場合によってはグラスを傾けながら、誰かとなにげない会話を交わしているときだったりするものだ。きっかけは「なんでみんなこうするんだろう?」「こう思ったことない?」といった疑問に始まり、そこから展開していく。

哲学は人生のあらゆる側面に顔を出し、必ずプラスになってくれる。
日常の哲学は、日々の普通の暮らしの中で誰もが抱く思い、誰もがしていることについてあらためて深く考えさせてくれる。

アリストテレス 友情

『ひとくち哲学 134の「よく生きるヒント」』ジョニー・トムソン、石垣賀子訳、早川書房、哲学入門書

ある人にはあの話を伝えたのに、もう一人には別の話をするのはなぜだろうか。人生のある時期を「私たち親友だよね!」とわかちあった相手が、ある日気がつくと離れてしまっていたりするのはどうしてだろう。

万学の祖、アリストテレスなら答えをもっているかもしれない。
偉大な著作『ニコマコス倫理学』には友情をめぐる記述が多くみられる。アリストテレスは理想的な究極の生活(エウダイモニア)によき友人は欠かせないと考えたためだ。同書では友情(友愛)を有用、快楽、善の三つに分類する。この中で最後の一つだけが真に求めるべき、何より大切にすべきものだという。

有用ゆえの友は、なんらかの目的にかなうがゆえの友だ。毎日一緒にランチに行く職場の同僚や、週末に趣味のスポーツで会うチームメイトが該当するかもしれない。転職したりチームを離れたりするなど、目的がなくなればつながりは薄れてゆく。

快楽ゆえの友は一緒にいて楽しい相手をいう。話がおもしろく、よく笑う。話題のミームはすかさずシェアし、笑いのツボを完璧にわかってくれる。閉店時間まではしゃいで踊り、夜中の3時に隣にすわってハンバーガーをかじってくれる。

でも年齢を重ねたり、生活が変わったりするにつれ、こうした友人はやがてだんだん疎遠になり、楽しかった記憶とノスタルジーの中で永遠に生き続ける。

善ゆえの友人はあなたに幸せでいてほしい、いきいきと過ごしていてほしいと願う。「彼はあなたにはふさわしくないんじゃないかな」「その仕事のポジション、あなたなら絶対やれるよ」と言ってくれる。あなたの秘密を絶対に他言しないし、あなたが涙したときはそばにいてくれる。あなたを悪く言ったりせず、いつも信じてくれる。

こうした友こそ求めるべきであり、そのためなら戦い、出会えたのなら手放さないようにすべきだとアリストテレスは説く。

もちろん、一人の人が三つの要素を備えることもあれば、どれか一つにあてはまる場合もあるだろう。アリストテレスは有用な友や快楽の友が不要だとは言っていない。ただ、そうした性質の存在であることをわかっておくべきだと説く。

真に善ゆえの友には常に誠実をつくすことだ。そんな友の存在が、あなたを可能なかぎり最良の自分にしてくれるのだから。

ボーヴォワール 母性という神話

『ひとくち哲学 134の「よく生きるヒント」』ジョニー・トムソン、石垣賀子訳、早川書房、哲学入門書

母親になるということは、人生をがらりと変えるすばらしい経験だ。そこからアイデンティティや充足感、意義を得る人は多い。それまでの人生を解体し、根本から構築し直して、母親である自身の存在をまるごと別の人間の生に、自身の子どもに、注ぎ込む。

ボーヴォワールはこうした態度のすべてが母親であることを危ういものにしているととらえた。母性と呼ぶものはよくよく注意して扱わなければ母も子も傷つける、と警鐘を鳴らした。

フランス実存主義を代表する一人だったボーヴォワールは1949年、『第二の性』(新潮社)で、人間、なかでも特に女性は、社会があてがおうとしてくるアイデンティティやラベル、神話を乗り越えねばならないと明快に訴えた。女性の場合、この世に生まれた瞬間からそれは始まる。社会を支配する「神話」、「女」を不当に定義しようとする有害な「神話」の解体を『第二の性』は目指した。その神話の一つが「母」だとボーヴォワールは指摘する。

母性という神話では女性を「生まれながらの養育者」とみなす。そこでは子をもつことに女性の本質のすべてが振り向けられる。惜しみない愛をイエスに注ぐ聖母マリア像に体現されるように、母親たる者は究極の利他的な純愛にのっとって生きることを期待される。だがボーヴォワールは「母性本能は神話である」と断言する。女性は母になることを選ぶのだ、と。

母になる選択をした女性は、子との関係において自身を再定義するとボーヴォワールはみる。わが子をコントロールする中で、まず両親、次に夫、そして広く社会全般によって否定されていた、自分には力がある、自由があると思える感覚を与えられるからだ。自分は何者であるかのアイデンティティのすべてが「母であること」に集約され、自身の夢や自由は「生まれながらにして母親」神話の犠牲に捧げられる。

この実態は好ましくない形で現れる。例えば母親が「こうなれたかもしれない自分」の身代わりとして子どもを利用するがゆえに、操り人形を操るように子の人生を自分の人生として生きるケースもあるだろう。自由がきかない束縛された生活になった原因を子どもに見いだして腹立たしくなり、わが子を怒ったり邪険にしたりするかもしれない。身勝手なルールをつくって振りかざすことによって、奪われた自由や力が自分にもまだあるんだと思おうとするかもしれない。

さらに、母親であるというアイデンティティは必ず一定の期間に限られる。子はいずれ個人としての自由と独立を求めるが、母親が抑えつけたりまとわりついたりして阻止しようと試みるかもしれない。だからこそ、子を「母親の地平の限界としてはならない」のだ。

母性は複雑であり、母性をめぐる感情が込み入ってとらえづらいことをボーヴォワールはわかっていた。現在では、産後うつの存在や、母親としてのありかたは一様に決めつけられないとのとらえかたが以前より広く認知されている。ボーヴォワールの考察に同意するしないは別として、一つ確かにいえるのは、「こう行動すべき」「こう感じるべき」と特定の形を押しつける「神話」は何であれ警戒すべきだということだろう。


この続きは本書でご確認ください

こんな悩みに哲学が効く!

『ひとくち哲学 134の「よく生きるヒント」』ジョニー・トムソン、石垣賀子訳、早川書房、哲学入門書

この記事で紹介した本の概要

『ひとくち哲学 134の「よく生きるヒント」』
著者:ジョニー・トムソン
訳者:石垣賀子
出版社:早川書房
発売日:2023年3月23日
税込価格:2,805円

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