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AI時代の世界覇権の行方を左右する「データ」「計算」「人材」「機構」の4つの戦場とは。『AI覇権 4つの戦場』特別試し読み

世界のあり方を根本から変えようとしているAI(人工知能)。その国際安全保障への影響を分析し、戦略資源としてのAIをめぐる暗闘の実情を炙り出す一冊が、5月22日発売のノンフィクション、『AI覇権 4つの戦場』(ポール・シャーレ、伏見威蕃訳、早川書房)です。
AI研究の第一人者である松尾豊さん(東京大学教授)にも「タブーに鋭く切り込むおすすめの一冊」としてご推薦いただいている、当代随一の軍事アナリストの最新作から、「序論」の一部を特別試し読み公開します!(※本文の一部を編集しています)

『AI覇権 4つの戦場』(ポール・シャーレ、伏見威蕃訳、早川書房)
『AI覇権 4つの戦場』

「戦闘中、戦闘中!」天空で航空機二機が、優位を得ようとして、機体をよじり、猛烈な機動を行なっていた。一機の模擬コクピットには人間のパイロットがいた。もう一機の模擬コクピットはAIエージェントが操作していた。

戦闘開始から30秒とたたないうちに、AIが最初の撃墜キルを得点した。AIの射撃が標的に命中し、人間のパイロットのシミュレーターが赤く輝いた。二機とも激しく急降下したが、わずか数秒後にAIがつぎのキルを得点した。さらに二度、つづけて得点した。

90秒以内に、戦闘は終わっていた。AIはキルを4度、得点し、人間はまったく得点できなかった。

その戦闘は、DARPA(国防高等研究計画局)のA近接空中戦闘試行アルファドッグファイト・トライアルの集大成だった。AIエージェントと、生身の人間──〝剛の者バンガー〟というコールサインのきわめて経験豊富なF-16戦闘機パイロット──を戦わせることが、眼目だった。AIチーム8個がトーナメント形式で競い合い、30人規模のヘロン・システムズが、決勝で大手国防産業のロッキード・マーチンを破った。そのほかのAIエージェントに対しても勝利を収めたヘロン・システムズのアルゴリズムは、〝ファルコ〟というコールサインを献上され、人間のパイロットと一対一で勝負するチャンスをあたえられた。そして完璧に機能した。5本勝負でAIはバンガーに対してキルを15回得点し、バンガーはAIに対して1点もあげられなかった。

巴戦ドツグファイトすなわち空中戦闘機動は、人間の戦闘機パイロットによって、もっともやりがいのある困難な技倆ぎりょうである。空中戦は発展するにつれて、視程外に空対空ミサイルを発射することにますます依存するようになっているが、現実の戦闘におけるAIの性能を試すには、いまも空中戦が重要な試練の場とされている。DARPAは米軍の〝常軌を逸した科学者部門マッド・サイエンティスト〟のようなもので、テクノロジーにおいて飛躍的な成果を成し遂げている。DARPAの空中戦機動演習(ACE)プログラムは、空中戦を一段上のレベルに引きあげている。

ヘロン・システムズのアルゴリズム〝ファルコ〟は、飛行と戦闘で超人的な精確さを示し、それが人間の敵には打ち負かすことができない強みになった。巴戦ドッグファイトでは、短距離ミサイルか機関砲で必殺の射撃を行なうために、小さな螺旋らせんを描いて互いにくるくると旋回し、有利な位置につこうとする。敵機よりも小さく、速く旋回するために、乗機のエネルギーを慎重に加減するのは、巴戦ドッグファイトの重要な技倆である。乗機の速度と位置に注意するだけではなく、敵機を見失わないようにしつつ、つぎの動きを予想しなければならないので、人間にとってはこれがことに厄介なのだ。AIエージェントは最適ではない機動でエネルギーを無駄遣いせず、性能を最大限に発揮して、超人的な精確さで飛行機を飛ばす。

AIエージェントは、兵器の使用でも超人的な精確さを示した。パイロットたちが正反航射撃と呼ぶものを、AIエージェントはかなり好んでいた。この射撃は二機が対進状態で急接近している状況で行なわれる。人間のパイロットが正反航射撃を苦手としているのは、めったに練習しないからだ。訓練では正反航射撃は禁じられている。すさまじい縮減率で接近する二機が正面衝突するおそれがあるからだ(だが、戦闘にはルールなどない)。たとえ訓練であっても、正反航射撃はとてつもなく難しい。一瞬のうちにターゲットに射弾を命中させなければならないし、その一瞬に彼我ひがのパイロットが考えるのは、空中衝突を避けたいということだけだろう。そのため、人間のパイロットには追尾射撃を好む傾向がある。この場合、戦闘機は敵機の6時(まうしろ)に位置しなければならない。AIエージェントには、こういった短所はない。迅速かつ精確に正反航射撃を実行するいっぽうで、衝突を避けるために巧みな機動を行なうはずだ。ジャスティン・〝グロック〟・モック中佐は、AIエージェントは「不可能に近い射撃」を実行し、「そういう動きの激しい状況にあっても、超人的な能力で……正確に照準を合わせる」と述べている。人間が訓練で禁じられている戦術をAIが使用するのは、不公平に思えるかもしれないが、そもそも戦争は公平ではない。AIシステムの最大の利点は、人間より巧みに戦う能力だけではなく、人間とはまったく違ったやり方で戦うことなのだ。

最後に、AIエージェントは、人間の肉体が耐えられない機動を行ない、人間が瞬間的に失神するようなG〔荷重倍数。揚力が重量の何倍であるかを示す数値〕を機体にかけつづけることができる。シミュレートされていた二機は、最後の交戦では9G(重力の9倍の力)前後で2分近く旋回し合っていた。訓練を積んだ戦闘機パイロットでも、数秒しか耐えられないようなレベルのGである。

AIシステムは、人間のような身体的制約がないことを優位な戦術に利用できるだけではない。未来のロボット作戦機〔戦闘機・爆撃機・偵察機など、作戦に直接参加する航空機の総称〕は、従来よりもずっと過激な機動に対処するように設計できる。アルファドッグファイトを分析した海軍の戦闘機パイロット、コリン・〝ファーヴァ〟・プライス中佐は、つぎのように指摘している。「航空機の性能において、人間はつねに制限要因でありつづけるだろう」。軍はいくつかの作業をAIに譲り渡すことによって、超人的な性能のより有効な戦闘システムを建造できる。

AIは戦争を変え、監視や偽情報も含めて、全世界の平和と安全保障のさまざまな局面も変えた。世界各国が、他国よりも優位に立つためにAIテクノロジーを利用しようと競争している。つぎの産業革命の先駆けになるかもしれないテクノロジーがもたらす影響に、国際社会はようやく取り組みはじめた。

AIがもたらす危険は、SF映画が私たちに警告している危険とは異なる。専制君主のような人間を打倒するためにロボットが蜂起するといったことを恐れる必要はない。すくなくとも、近い将来には起こりえない。いまAIがもたらしている危険は、そのテクノロジーを悪用したり、不用意に用いたりする人々によるものだ。世界中の軍隊がAIテクノロジーに予算を注ぎ込み、独裁主義者の政府レジームは、国内での支配力を強めて抑圧するためにAIを使っている。国防総省ペンタゴンは、賭けられているものがきわめて大きい戦略ゲーム理論で超人的な情報戦を行なうために、おなじテクノロジーを応用している。例えば、核戦争を抑止するために、どのような兵器に予算を注ぎ込むべきかを分析している。中国は、顔認識とオーウェルの小説まがいの〝社会信用システム〟によって国民を監視し、抑圧するテクノ・ディストピア監視国家を築こうとしている。ディープフェイクの動画と音声は、ますます改良されている。長期的にはフェイクと真実が見分けられなくなって、真実が脅かされるだろう。また、AIテクノロジーは戦争の性質を過激に変え、戦争の動きが速すぎて人間にはコントロールできない、戦場の〝技術的特異点シンギュラリティ〟〔AIが人間の脳と同等になる段階〕をもたらすだろう。

これまでの数度の産業革命とおなじように、コグニティブ(認知)革命は、21世紀の国際社会の地理的・政治的な状況を形作るだろう。世界という舞台での力の変化をAIが主導し、いくつかの当事国の力を強め、力の重要な尺度も変えるだろう。産業革命のさなかには、石炭や鋼鉄を産出する国が力を強め、石油が世界的な戦略資源になった。現在は、AI優勢をめぐる世界的な競争で、コンピューター関連のハードウェア、データ、AI人材が、重要な資源になっている。

50を超える国が、国民に便宜をはかるためにAIを活用する意図を示しているが、AI競争におけるアメリカと中国の対抗意識は、ほかに類を見ないほど熾烈だ。中国は、2030年に世界でAIのリーダーになるために、国家レベルでAI開発計画を発足させた。研究とAI科学者の育成のために数十億ドルを支出し、シリコンバレーのもっとも優秀な専門家を雇い入れようと血眼ちまなこになっている。ホワイトハウスとペンタゴンも、それぞれあらたな政策を打ち出して、テック企業に接触し、AIインフラを築くために予算数十億ドルのクラウド・コンピューティング・プロジェクトを立ちあげた。

アメリカと中国は、AI研究で先頭に立とうとしているが、基礎研究だけでは、AIを国防、諜報、監視、情報収集などの分野で実用化することはできない。国力にAIを適用しようとする政府は、迅速に外部の成果を取り入れ、おもに商用セクターで発明されてきたテクノロジーを採用しなければならない。本書では、AIを統御して、国防総省統合人工知能センター(JAIC)やシリコンバレーの出先機関の国防イノベーション・ユニット(DIU)のような新組織に深入りしようとしている軍の動きを明らかにする。だが、軍は精いっぱい努力しているものの、これらの組織では不十分かもしれない。アメリカの動きが遅すぎたら、重要な新テクノロジーにおける軍事的優勢を、勃興する修正社会主義者の中国に奪われるおそれがある。

どちらの国がAIの分野で先導することになるにせよ、21世紀の地政学的秩序の条件を決定づけるだろう。アメリカと中国は、アジア太平洋地域における軍事的優勢をめぐって争っているし、AIはどちらかが優位に立つのに役立つはずだ、アメリカと中国のテック企業は、ソーシャルアプリでも優越をめぐって競争し、数十億人が見ている情報を支配するために莫大な資本を注ぎ込んでいる。また、中国はAI対応の監視と抑圧のモデルを開発し、それが世界中で採用されて、全世界で自由を脅かしている。2022年のロシアによるウクライナ侵攻の直前、ロシアと中国はAIも含めたさまざまな問題について「無制限のパートナーシップ」を結んだことを公表した。アメリカとそのほかの民主主義国が力を合わせてAIを主導し、その使用法についてルールを作成しなかったら、忍び寄るテクノ独裁主義の潮流が世界中の民主主義と自由を脅かすようなリスクを負うことになる。

人類の未来は、世界に敷衍ふえんするAIテクノロジーの形と、だれがその宿命を定めるかによって、大きく左右される。AIは個人の自由を支えて民主的な社会を強化するのに利用できるし、独裁主義者が個人の自由を押し潰すのにも使うことができる。ロシア大統領ウラジーミル・プーチンはこういった。「[人工]知能の指導者リーダーになる者がだれであれ、世界の支配者になるだろう」。AIを先導してつぎの世紀のルールを定め、世界の力と安全保障の未来を支配するための競争が、いま行なわれている。

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【著者紹介】
ポール・シャーレ
 Paul Scharre
アメリカの軍事アナリスト。米陸軍のレインジャー部隊員として、イラクとアフガニスタンに計4度出征。2008~13年まで、米国防総省(ペンタゴン)にて、自律型兵器に関する法的・倫理的課題と政策を研究。現在は、ワシントンD. C.のシンクタンク「新アメリカ安全保障センター(CNAS)」の副所長兼研究部長を務めている。著書『無人の兵団』(早川書房刊)で、軍事史、インテリジェンス、国際政治分野の理解促進に多大な貢献をなした本に贈られるウィリアム・E・コルビー賞(2019年度)を受賞。

【訳者略歴】
伏見威蕃
 Iwan Fushimi
1951年生まれ、早稲田大学商学部卒業。英米文学翻訳家。主な訳書にグリーニー『暗殺者グレイマン』、マクレイヴン『ネイビーシールズ』、ロメシャ『レッド・プラトーン 14時間の死闘』、シャーレ『無人の兵団』(以上早川書房刊)などがある。

【本書の概要】
『AI覇権 4つの戦場』
著者:ポール・シャーレ
訳者:伏見威蕃
出版社:早川書房
発売日:2024年5月22日
本体価格:4,500円(税抜)

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