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小説やドラマで『三体』の設定をさらに深く知りたくなったら次はこれ! 『宇宙の超難問 三体問題』特別試し読み

SF『三体』をきっかけに「そもそも三体問題って何?」と興味を持った方にお薦めの新書が出ました! 5月2日発売のハヤカワ新書『宇宙の超難問 三体問題』(マウリ・ヴァルトネン、谷川清隆ほか著、谷川清隆監訳、田沢恭子訳)です。
宇宙に浮かぶ二つの天体の運動「二体問題」は科学の進歩により計算可能に。では三つの天体の場合は? 
ピタゴラス、ニュートン、オイラー、ラグランジュ、ポアンカレ、アインシュタイン……。この難問に挑んだ名だたる科学者たちの知的格闘の歴史をたどる本書の「はじめに」を、試し読み特別公開します!

『宇宙の超難問 三体問題』(ハヤカワ新書)

はじめに

 一般読者を対象として三体問題の解説書を書くのは、ことのほか手ごわい挑戦だ。三体問題は科学そのものと同じくらい古くから存在し、その解を目指して数え切れないほどの科学者たちが力を注いできた。それにもかかわらず、われわれはこの問題が解決できたと宣言できる段階にまだ至っていない。数式を使わないでこの問題のおもしろさを一般読者にいくらかでも伝えるのも、また容易でない。多くの大学の数学科で研究されているような問題を数式なしで一般読者に理解できるようにするには、必然的に大幅な単純化を要し、多くの場合、天文学での応用に頼ることになる。天体系は純然たる数学的構造よりも視覚化しやすい可能性があるからだ。

 本書では、歴史的なアプローチをとる。互いに引力を及ぼし合う三つの天体の運動を記述する「三体問題」を最初に研究したのは、アイザック・ニュートンだった。第1章では、この問題をめぐるニュートン以前の歴史を簡単に、彼の研究に関係する範囲に限って紹介する。ニュートン以前の天文学や数学について、ここでは触れることのできない事柄も多々ある。歴史的背景については、カオスの概念など三体問題において重要な概念を学んでから、第7章でいくらか補足する。

 ニュートンの万有引力の法則は、たいていの天文計算をするうえで十分に正確である。しかし現代の応用においては、多くの場合、これよりも精度の高いアインシュタインの重力の法則が必要となる。ニュートンの法則を改良する必要性が明らかになったのは、じつは19世紀の終盤になってからだった。このころ、ニュートンの理論における三体問題の解から期待されたとおりに水星がふるまわないことが判明したのだ。最終章では、ブラックホールを支配する法則など、ニュートンの法則に対するもっとドラスティックな変更を扱う。これらはアインシュタインの一般相対論(彼の重力の法則はこう呼ばれている)がなければ理解できない。

 第3章では、三体問題の進化の足どりを追う。特にノーベル賞以前に解の発見を目指した有名な競争を取り上げ、この問題の解の性質をめぐる二つの学派を先導したポアンカレとスンドマンを描く。ポアンカレにとってその解はせいぜい統計的なものだったが、スンドマンは完全に決定論的な解を主張した。どちらの探究についても、対応するものが現在の研究に存在する。ポアンカレの解はカオス理論につながり、さらに時間の性質(第4章のテーマだ)の探究にもつながっている。

 それに続く二つの章では、太陽系と銀河という、規模の異なる二つの天体系への応用を取り上げる。いずれの系にも、三体どころかそれをはるかに超える多数の天体が存在する。しかし三体を計算に使うだけでさまざまなプロセスの一次推定を得ることができ、これまでに数々の科学者が実際にそのことを証明してきた。たとえば二つの銀河を、変動する重力場をもたらす二つの剛体ととらえれば、恒星のような第三の天体の運動について研究する助けとなる。多数の恒星についてこのプロセスを繰り返していけば、数十億個の恒星からなる銀河の形状やその他の特性が変化する仕組みを概観できるかもしれない。

 概要をひととおり展望してから、三体問題の歴史に刻まれた足跡をもっと詳しく見ていく。新たなフロンティアや最近の研究成果も取り上げる。ブラックホールを含む系もそうしたフロンティアの一つで、これについては最終章で扱う。そこではブラックホールの原理の証明を目指す最近の取り組みに触れ、一般相対論から導き出されるブラックホールの概念の立証を試みる。

 三体問題の歴史をどこから始めるべきかは定かでない。ピタゴラスはおそらく、地球と月と太陽が三つの球形の天体であって、三つが一直線上に並ぶと月食や日食が起きることを理解していた。しかしそれらのあいだに力の法則を導入してはじめて、現代的な意味での三体問題が出現した。ニュートンは三体問題の解決を目指し、有名な著作『プリンキピア』のかなりの部分をその試みに充てている。現代の三体問題は、アインシュタインの重力の法則とともに、いわゆるブラックホールの無毛定理を検証するのにも使えるかもしれない。無毛定理を最初に定式化したのは、イスラエル、カーター、ホーキングだった。現在では、二つのブラックホールと一つのガス雲からなる、はるか彼方のクエーサーの研究が進められている。対象の規模は膨大な範囲にまたがる。最小の端では太陽一個分の質量を扱い、最大の端では太陽100億個分以上の質量を扱う。研究対象となる天体は、地球からおよそ8光分の距離にある太陽のように近傍に位置する場合がある一方で、銀河OJ287のブラックホール連星は地球から35億光年も離れている。(中略)

 この小著が読者の関心を刺激し、数学の素養をもつ人にとって三体問題という謎をさらに探究するきっかけとなれば幸いである。

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【著者紹介】
マウリ・ヴァルトネン Mauri Valtonen
フィンランド・トゥルク大学教授。相対論的三体問題の先駆的研究で知られる。研究分野はクエーサー、三体問題、宇宙論など。

ジョアンナ・アノソヴァ Joanna Anosova
テキサス大学オースティン校教授(退官)。コンピュータを使った三体問題研究の先駆者で、「アゲキャン゠アノソヴァのマップ」で知られる。

コンスタンティン・ホルシェヴニコフ Konstantin Kholshevnikov
サンクトペテルブルク大学教授、天体力学科長。研究分野は天体力学と太陽系力学。小惑星番号 3504 は彼の名にちなんで名づけられた。2021年に逝去。

アレクサンドル・ミュラリ Aleksandr Mylläri
1987 年にサンクトペテルブルク大学で三体問題の研究を始め、本書の共著者全員と共同研究を実施。グレナダ・セントジョージズ大学教授。

ヴィクトル・オルロフ Victor Orlov
サンクトペテルブルク大学教授。研究分野は三体問題のほか、宇宙の大規模構造、恒星系力学など。2016年に逝去。

谷川清隆 Kiyotaka Tanikawa
国立天文台元助教授。三体問題など天体力学のほか、古代の日食など歴史天文学の研究でも知られる。小惑星番号10117 Tanikawa は彼の名にちなんで名づけられた。

【本書の概要】
『宇宙の超難問 三体問題』
著者:マウリ・ヴァルトネン、ジョアンナ・アノソヴァ、コンスタンティン・ホルシェヴニコフ、アレクサンドル・ミュラリ、ヴィクトル・オルロフ、谷川清隆
監訳者:谷川清隆
訳者:田沢恭子
出版社:早川書房(ハヤカワ新書)
発売日:2024年5月2日
本体価格:1,360円(税抜)

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