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投資家とは、一匹狼であり、哲学者であり、勝負師である——『一流投資家が人生で一番大切にしていること』序章「投資家は何を考えているのか」特別公開

「金は確かに大切だ。だが、豊かな人生に不可欠ではない」——世界中の一流投資家たちへの30 年以上にわたるインタビューを通じて、真に豊かで幸福な人生の作り方を説く指南書『一流投資家が人生で一番大切にしていること』が本日発売しました。
チャーリー・マンガー、ウォーレン・バフェット、ハワード・マークス、ジョエル・グリーンブラット、サー・ジョン・テンプルトンなど個性豊かな一流投資家たちは、ある時は思慮深い哲学者のようであり、またある時は勝負師としての一面をのぞかせます。
今回の記事では、天才的なブラックジャック・プレイヤーであり、そして稀代の名投資家でもあるエド・ソープのエピソードから、一流投資家の思考の神髄をご紹介いたします。




ウィリアム・グリーン[著]依田光江[訳] 『一流投資家が人生で一番大切にしていること』 (四六判・並製) 刊行日:2023年6月20日(電子版同時配信) 定価:3,080円(10%税込) 装幀:albireo ISBN:978-4152102515
ウィリアム・グリーン[著]依田光江[訳]
『一流投資家が人生で一番大切にしていること』
(四六判・並製)
刊行日:2023年6月20日(電子版同時配信)
定価:3,080円(10%税込)
装幀:albireo
ISBN:978-4152102515


 そのころ私には、傑出した投資家というものは一匹狼の考え方をする人たちだということがわかってきた。彼らは、従来の常識に疑問をもち、覆すことを怖れない。彼らが利益を得られるのは、市場には合理的でなく、厳密でなく、客観的でない考え方をする人たちがいて、そうした人たちが誤解やまちがいを犯すからだ。そもそも私が著名な投資家たちを研究しようと思いたったのも、彼らが、金持ちになる方法だけでなく、考え方や意思決定の仕方を改善する方法を教えてくれるからだった。

 知力を駆使するほど投資の見返りが大きくなるので、投資家という職業は多くの優秀な人を惹きつけてきた。だが、教授や政治家、評論家などとはちがい、まちがった判断をすれば壊滅的な損をかぶる職業でもある。優秀な投資家が先入観をもたず、実用主義者であり、自身の思考を研ぎ澄ませる道を熱心に探しつづけるのは、このようなリスクがあるからなのだろう。

 このマインドセットを体現しているのが、バフェットのおそろしく賢いパートナー、チャーリー・マンガーだ。マンガーはかつて「何がうまくいって、何がうまくいかないのか、そしてその理由を私は追求する」と言った。本書の中心人物のひとりとして何度も登場するマンガーは、よりよい思考法を求めて世界中を歩きまわり、数学、生物学、行動心理学などさまざまな分野から分析ツールのアイデアを借用してきた。彼が手本ロールモデルとするのは、チャールズ・ダーウィン、アルバート・アインシュタイン、ベンジャミン・フランクリン、19世紀の代数学者カール・グスタフ・ヤコビたちだ。「すでに没した多くの先人たちから多くのことを学んだ」とマンガーは私に言う。「学ぶべき知性が故人のなかに多くあることをいつも感じていた」

 私は、優れた投資家とは、哲学者の特殊型──実践的な哲学者──だと考えるようになった。王道の哲学者を魅了する、「この椅子は存在するのか?」のような難解なパズルを解こうとはしない。「未来がわからないとすれば、未来についての賢明な意思決定をどう下せばいいのか?」のような現実に差し迫った問題を解くための、経済学者のジョン・メイナード・ケインズがいうところの「世俗の知恵」を求めている。経済史、神経科学、文学、ストア派哲学、仏教、スポーツ、習慣化の科学、瞑想めいそうなど、助けになるものはなんでも取りいれる。「何が有効なのか」を、自由にのびのびと探究する彼らの姿は、市場だけでなく人生のあらゆる場面で成功したい私たちにとっての強力なロールモデルとなる。

 有能な投資家像を思いえがくためのもうひとつの方法は、熟練のゲームプレイヤーになぞらえることだ。一流の資産運用者マネーマネジャーの多くが、遊びと実益を兼ねてトランプゲームに興じるのは偶然ではない。テンプルトンは、大恐慌時代にポーカーで稼いだ金を大学の学費に充てていた。バフェットとマンガーはブリッジに熱中している。億万長者のファンド王、マリオ・ガベリは、ブロンクス出身の貧しい少年だったころ、高級ゴルフクラブのキャディとしてラウンドする合間にトランプで稼いでいたそうだ。「こっちは11歳か12歳だったから、誰もが軽く勝てると思っていた」と彼は振りかえる。ピーター・リンチも高校、大学、軍隊とポーカーをプレイしていて、「確率とのつきあい方を教えてくれるポーカーやブリッジを学ぶほうが、株式市場の本を大量に読むよりも有効だ」と語った。

 私も理解しはじめた。投資も人生も、「成功の確率を最大化する目標を意識的かつ一貫性をもって追いつづけなければならないゲーム」なのだと。ルールには揺れがあり、結果も不確かだが、それでも、ゲームには賢い遊び方とまずい遊び方があることを知っておくといい。偶然のゲームに夢中になっていたデイモン・ラニアンはかつて「人生はすべて6対5の勝負」と書いた。そうかもしれない。だが私が惹かれるのは、テンプルトン、ボーグル、ルエイン、バフェット、マンガー、ミラーなど、これからの章で学ぶ巨人たちが、自分に有利なオッズを引きよせる方法を編みだしたことだ。私の使命はその方法をみなさんに伝えることだ。

 投資の歴史上、最高のゲームプレイヤー、エド・ソープ[*1]のことを考えてみよう。ソープはヘッジファンド・マネジャーになるまえ、ブラックジャックでカジノに勝つための独創的なスキームを考案し、ギャンブル界に永遠にその名を残している。エッグベネディクトとカプチーノの朝食を3時間かけてとりながら話してくれたところによると、彼は、「プレイヤーがディーラーより有利になることは数学的に不可能」という「常識」を受けいれなかった。カードカウンティング〔カードゲームで場に出たカードを記憶する手法〕の生みの親であるソープは、あるカードが「伏せられている残りのカードにはない」「もう自分の手札に加えることはできない」状況の確率の変化を計算することで、自分を有利にしていった。たとえば、エースがたくさん残っている山札は、エースが入っていない山札よりも勝つ確率が高くなる。自分に有利なときに大きめに賭け、店側に有利なときには少なめに賭けた。1回ごとで見ればごくわずかな確率の差がやがて圧倒的なちがいをもたらした。こうして彼は、運任せの敗者のゲームを、儲かる「数学のゲーム」に変えたのだ。

 ソープは次に、ルーレットでカジノに勝つ方法を考えだした。彼とパートナーのクロード・シャノンは、おそらく人類初のウェアラブル・コンピューターを開発した。ソープの靴のなかにスイッチを仕込んでおき、足の親指で操作する。このコンピューターはタバコの箱ほどの大きさで、「ボールとローターの位置と速度を正確に測定」することができ、ボールがどのポケットに入るかを予測した。ルーレットでは38個のポケットにボールが着地する確率はどれも同じなので、誰にとっても腕の振るいようがなく、昔から素人の遊びだとされてきた。「だが、蓄えた知識に測定方法を足しあわせることで、何が起こるかを少し高い確率で把握できるようになった」とソープは言った。「毎回当てられるわけではないが、ただの運任せよりは多少ましな予測ができる。つまり、幸運を願うしかなかったゲームを、自分たちが優位に立てるゲームに変えたのだ。その優位性を得るために、情報を取りこんでいった」

 カジノの経営者以外にとって、ソープの破壊的な天才性はじつに魅力的だ。彼を熱くさせたのは、金儲けではなく、専門家たちが解けないと主張する「おもしろい問題」を自分が解く喜びだった。「これが真実・・だとおおぜいが言っていても、私には特別な意味はない。自分で考える必要があるし、とりわけ、たいせつな問題については自分で考えて、自分で解決の道を探さなければならない。エビデンスを見つける。常識とされてきたことを疑う」

 ソープの冒険が示すのは、暮らしの金銭面を向上させるために重要なのは、自分に不利な勝負を避けるということだ。「有利でないギャンブルははじめからやらない」。同じ原則がギャンブル以外にも当てはまり、そうすることで現実の問題に正面から向きあい、賢く対処できるようになる。例をあげよう。技術に関する知識が乏しかったり、企業を評価するのに必要な金融上のスキルがなかったりするのなら、技術関連の個別銘柄を自力で選びたいという誘惑に負けてはいけない。さもないと、運命の女神がいつかほほえんでくれると妄想したまま、ルーレット台のまえで破滅していく人になる。債券の運用を中心に約1400億ドルの資産を管理する、冷徹な合理的思考の億万長者、ジェフリー・ガンドラックが私に言ったように、「希望は戦術ではない」のだ。

 無邪気な投資家たちに不利に・・・働く、もうひとつのよくある過ちは、凡庸なファンド・マネジャーや証券会社、ファイナンシャル・アドバイザーに、彼らの能力に見合わない多額の手数料を支払うことだ。「売買手数料だの顧問料だの、あらゆる種類の料金を言われるがままに支払うのは、流れに逆らって泳いでいるようなものだ」とソープは言う。「これらの費用を払わなければ、その分、流れに乗りやすくなる」。であれば、一般投資家が長期的に勝つための確率をあげるには、手数料の低いインデックスファンドを買って保有しつづけることが手っ取り早い方法ということになる。「自分では何も動かなくていいのに、別の方法をとっている人たちのたぶん80パーセントには勝てるだろう」。S&P500のような株価指数は、「アメリカ経済の拡大によって、おそらくは・・・・・、長期的に見ればあがる」とソープはつけ加えた。だから、カジノのギャンブラーとはちがい、最小限のコストだけ負担してあとは市場の上昇気流に乗るだけで「自動的に勝ちを手にする」ことができる。

 一方、ソープのヘッジファンドは、プロ以外には「あまり理解されない」難解な投資機会に集中することで、20年間にわたって一度も四半期の成績で負けることなく、株価指数を凌駕りょうがしてきた。たとえば彼は、ずばぬけた数学力を駆使して、ワラントやオプション取引、転換社債をきわめて精密に評価できる。本書に登場するハワード・マークスやジョエル・グリーンブラットなどの大物投資家たちも、金融市場で軽視されたり嫌われたりしている分野に特化することで、ソープと同様のアドバンテージを得ている。これから見ていくように、勝つためにはさまざまな方法があるが、どの方法でもなんらかのかたちで優位性をもつ必要がある。優位性があるかどうかを判断するにはどうすればよいかとソープに尋ねたところ、不安をあおるような答えが返ってきた。「自分に優位性があると信じる合理的な理由がないかぎり、おそらく優位性はない」

 25年前に投資の旅が始まったとき、私は経済的に自由になりたかったし、誰にも責任を問われない立場にあこがれていた。秘密の暗号を解いたように見える著名投資家たちは魔法のようにまぶしかった。だが、いまになって気づいたのは、彼ら一人ひとりがどんなふうに考えていたのか、なぜ勝てたのかを理解することは、投資でも職場でも個人の生活でもさまざまな場面で生かせる人生の知恵を得るということだった。

 たとえば、幸せで成功した人生を送る確率をどうすれば最大にできるかと質問したとき、ソープは健康とフィットネスの話をつうじて彼独特のアプローチを説明してくれた。84歳の年齢よりも20歳は若く見えた彼は、「遺伝的には、誰にでもすでにカードが配られている。それを偶然ととらえることはできる。だが、そのカードをどう使うかの選択は自分に委ねられている」と言った。タバコを喫すわない、年に一度は健康診断を受ける、予防接種を適切に受ける、定期的に運動する、などの選択をするのは自分なのだ。30代のころのソープは体力がなく、500メートルも進まないうちにジョギングの息があがってしまう状態だった。あるとき、毎週土曜日に1マイル(1.6キロ)走ると決心した。しだいに距離が延び、ついにはフルマラソンを21回完走するまでになった。いまでも週に2回はパーソナルトレーナーの指導を受け、週に4回は3マイルのウォーキングをおこなっている。ただ、誰かにサイクリングを始めないかと勧められたときには、「自転車の走行距離1億マイルあたりの死亡数」を割りだし、「リスクが高すぎる」として却下した。

 ソープと再会した2020年6月は、アメリカだけですでに10万人以上の死者を出したパンデミックに世界は襲われていた。世界中の死亡率データを分析していた彼は、とくに、ウイルスが原因と思われる「原因不明の死」に注目し、祖父が亡くなった一九一八年のスペイン風邪の大流行に照らしたうえで、真の致死率を独自に計算した。その結果、アメリカでまだひとりの死者も出ていなかった二月初旬の段階で、今後12カ月間で国内の20万人から50万人の命が新型コロナウイルスによって失われると予測していた。

 一般人はもちろん、国のリーダーたちも脅威の大きさを認識していない時期だったが、ソープの精密な分析をもとに家族はいち早く対策を講じることができた。「慎重に、マスクを含むさまざまな物資の備蓄を始めた。世間が事態の深刻さに気づき、店の棚から物が消えたのはそれから1カ月後のことだった」。政府が国家非常事態を宣言する3週間前、ソープはカリフォルニア州ラグナビーチの自宅で自主的に隔離生活を始め、妻以外の誰とも会うのをやめている。「むやみにこわがっても意味はない」と私に言ったが、一方で彼はリスクを理解し、生存の確率を高める行動をためらわなかった。私がこれまでに会った人物のなかで、自分の「死ぬ確率」を実際に計算した人はソープだけかもしれない[*2]。

 事実や数字、確率、リスクとリターンのあいだのトレードオフを冷静に見きわめ、「なんとしても大惨事は避ける」ことを優先する彼の思考習慣は、賢明な投資家の多くが長寿と繁栄を謳歌おうかできる理由のひとつを説明している。ソープが言うように、「どの状況下でも当てはまる合理性」を私たちは行動の指針にすべきだ。たとえば彼は、「感情的になっているとき」にはまちがった判断をしやすいことを承知しているので、誰かに「いらついたり怒ったり」したときには、一歩下がって自分に問いかける。「おまえは実際に何をわかっている?」「おまえの感情は正当なものか?」冷静に分析した結果、自分の負の感情が正当ではなかったことに気づくこともしばしばある。「私たちは結論を急ぐべきでないときに急ぎすぎるきらいがある。判断を保留することは、合理的な行動の重要な要素であると思う」

 こうしたことすべてから私は、投資界の本物の巨人たちの行動を知ることが、私たちをより豊かに、より賢く、より幸せにしてくれると確信するに至った〔本書の原題は、”Richer, Wiser, Happier”〕。彼らは、成功の確率を最大限に高める方法をさまざまに見つけ、市場でも人生でも勝ちにつなげている。本書をつうじて、彼らの勝ち方を読者のみなさんに伝えたい。

 彼らの話には「確率」「勝ち目」がよく登場する。行動を決めるのに効果的な判断材料であり、時間管理にしろ、思考するのに適した落ち着いた環境の構築にしろ、その他、つきあう人と避けたい人の線引き、先入観や見落としを防ぐ工夫、失敗から学んでそれを繰りかえさない習慣、ストレスや困難の乗りこえ方、正直さと誠実さのとらえ方、金の使い方と手放し方、金を超えた意味のある人生を築くための試みなど、彼らの行動のすべてに行きわたっている。

 この本を執筆するにあたり、遠い昔におこなった世界の偉大な投資家へのインタビューをかなり引用している。だが、それとは別に、新たにロサンゼルス、ロンドン、オマハ、ムンバイなど世界のさまざまな場所で、40人以上の投資家に数百時間をかけてインタビューした。本書に登場する投資家は、何百万人もの人たちのために何兆ドルもの金を管理してきた。私の願いは、傑出した投資家の姿があなたの人生に新しい知見を与え、より豊かにしてくれることだ。きっとかなうと思う。



[*1]エド・ソープは、成功の確率を最大に、失敗の確率を最小にすることにこだわる合理主義者で、当初はギャンブラーとして有名だった。ベストセラーとなった『ディーラーをやっつけろ!』(増田丞美監修、宮崎三瑛訳、パンローリング、2006年)のなかで、カードカウンティングによるブラックジャック必勝法を明かしている。近刊に、回想録の『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』(望月衛訳、ダイヤモンド社、2019年)があり、ルーレットやバカラなどのギャンブルだけでなく、オプション取引やワラント債取引といった投資に至るまで、あらゆる「賭け」について語っている。ソープについて尋ねると、ビル・ミラーは「彼は最高だね。バフェットも優れた投資家だが、エド・ソープのほうが一枚上手だと思うのは、ソープは誰も考えないことを思いつけるから。投資のパフォーマンスも安定していて、あまりでこぼこがない。しかも彼はなんでも自力で解きあかすことができるし、統計的裁定取引スタット・アーブを発明したのも彼だった」

[*2]ソープはCOVID‐19で自分が死ぬ確率をどのように見積もったのだろうか? 「無作為に選んだ87歳の男性がこのウイルスに感染した場合、死亡する確率は約20パーセント」だそうだ。「だが、私のリスクはそれより低い。87歳の男性の多くはほかに大きな健康問題を抱えているが、私にはそれがないからだ。持病もない。しかも私はあらゆることに気をつけている。年齢の割には体力もある。だから、このウイルスに殺される確率は2~4パーセントだと見積もった。だがこれにしたってまだ相当高い」



◆書籍概要

『一流投資家が人生で一番大切にしていること』
著者: ウィリアム・グリーン
訳者: 依田光江
出版社:早川書房
本体価格:2,800円
発売日:2023年6月20日

◆著者紹介

ウィリアム・グリーン (William Green)
金融ジャーナリスト。ロンドン生まれ、ニューヨーク在住。オックスフォード大学で英文学を専攻。コロンビア大学でジャーナリズムの修士号を取得。過去には《タイム》の編集を担当していたほか、《フォーチュン》、《フォーブス》、《エコノミスト》などの著名な経済紙誌に寄稿。本書は初の単著である。

◆訳者紹介

依田光江 (よだ・みつえ)
翻訳家。お茶の水女子大学卒業。訳書にロス『99パーセントのための社会契約』、ジャクソン『ヒューマン・ネットワーク 人づきあいの経済学』(以上早川書房刊)、ブラウン『ジェフリー・エプスタイン 億万長者の顔をした怪物』、デイヴィス『エクストリーム・エコノミー』など多数。


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