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【ハヤカワ新書創刊!】 名翻訳家が贈る読者への挑戦状! 越前敏弥『名作ミステリで学ぶ英文読解』試し読み

ハヤカワ新書001『名作ミステリで学ぶ英文読解』(越前敏弥)が発売となりました!
エラリイ・クイーン新訳やダン・ブラウン諸作など、数々の傑作ミステリを手がけてきた翻訳家の越前敏弥さんが、名作ミステリを通して英文読解力を鍛える本書。
本文からアガサ・クリスティーの代表作でもある『アクロイド殺し』の読解部分&こぼれ話の試し読みを特別公開します!
名翻訳家からみなさまに贈る読者への挑戦状。ぜひお楽しみください!

ハヤカワ新書『名作ミステリで学ぶ英文読解』
越前敏弥著 定価1,056円

第4章 アガサ・クリスティー『アクロイド殺し』

大問3

 関係者たちの前でポアロが一席ぶっています。レイモンドは殺されたロジャー・アクロイドの秘書です。

 ‘And now, messieurs et mesdames,’ said Poirot rapidly,

‘I will continue with what I was about to say. Understand this, I mean to arrive at the truth. The truth, however ugly in itself, is always curious and beautiful to the seeker after it. I am much aged, my powers may not be what they were.’

Here he clearly expected a contradiction. ‘In all probability this is the last case I shall ever investigate. But Hercule Poirot does not end with a failure. Messieurs et mesdames, I tell you, I mean to know. And I shall know—
in spite of you all.’

 He brought out the last words provocatively, hurling them in our face as it were. I think we all flinched back a little, excepting Geoffrey Raymond, who remained goodhumoured and imperturbable as usual.

 ‘How do you mean—in spite of us all?’ he asked, with slightly raised eyebrows.

 ‘But—just that, monsieur. Every one of you in this room is concealing something from me.’

1 messieurs et mesdames monsieur et madame の複数形。紳士淑女のみなさん。
6 contradiction 反論
6 in all probability きっと、十中八九
11 provocatively 挑発的に
11 hurl 投げつける
12 as it were いわば
14 imperturbable 動じない

《問題》

① 2行目のUnderstand this, I mean to arrive at the truth.を、this が何を指しているかに注意して日本語にしてください。

② 6行目のHere he clearly expected a contradiction. から、ポアロがどんな性格だとわかるでしょうか。

③ 9行目のI mean to know とI shall know にはどんな意味のちがいがあるでしょうか。

④ 10行目と15行目のin spite of you (us) all を、この文脈に合う日本語にしてください。

⑤ 13行目のGeoffrey はどう発音するのが正しいでしょうか。

⑥ 17行目のjust that はどういう意味でしょうか。

《解答・解説》

申しあげておきますが、わたしは真実を明らかにするつもりです。
 文章や会話の流れのなかに代名詞that が出てきた場合は、前の文や発言を指すことが多いのですが、指示代名詞this の場合は、あとの文や発言を指すことがかなりあります。この文の前半でも、ポアロは一同に向かって、「以下のことを理解してくれ」とまず伝えています。
 後半はmean to を用いて、強い意志を表しています。

つねに自信満々である。
ポアロはこの直前にI am much aged, my powers may not be what they were. と言い、表面的には自分の衰えを認めたかのような態度を見せますが、本気でそう思っているはずがないことは、語り手も読者も感づいています。
その状況をうまく表現したのがこの文だと言えるでしょう。

どちらも「知る」ことへの強い意志を示しているが、後者のほうがより強い。
 ここはかなり訳しづらかった個所です。mean to もshall も強い意志を表しますが、And でつなげて、一段と強い決意を表しているので、後者を、未来の出来事を断定する感じで訳すと、自尊心の強いポアロらしい台詞になるのではないでしょうか。前後の差をある程度つける必要があるため、ここではmean to を「なんとしても知りたい」としましたが、定訳とされる「~つもりである」がまちがいというわけではありません。

「みなさんが何をなさろうと」「あなたがたがどんな態度でいようと」など
「あなたがた全員にもかかわらず」では何を言っているのかわからないので、少しことばを補う必要があります。最終行にあるとおり、ここはポアロが一同への不信感を表しているところですから、一同の「行動」や「態度」
が現状のようであるにもかかわらず、というニュアンスでとらえるといいでしょう。その言い方が舌足らずなので、つづいてレイモンドが尋ね返します。

ジェフリー(発音記号は[dʒéfri])
 文字を見ていると「ジェオフリー」「ゲオフリー」などと読みたくなりますが、これはJef frey と同じ発音、つまり「ジェフリー」と読むのが正解。辞書の発音記号も、両者とも「dʒéfri」です。『カンタベリー物語』の作者ジェフリー・チョーサーや俳優のジェフリー・ラッシュなどがこの綴りです。
 よくまちがえられるのですが、海外ミステリの読者にとっておなじみの作家ジェフリー・ディーヴァーの名前の綴りは、Geoffrey でもJeffrey でもなくJeffery です。

そのまま(文字どおり)の意味です
 in spite of you all ということばに驚いたレイモンドが眉をひそめて尋ね返したのに対し、ポアロが淡々と応じています。「文字どおり」の具体的内容は、つぎの文にある「この部屋にいる全員が噓つき」ということです。

《訳例》

「では、紳士と淑女のみなさん(メシュー・エ・メダーム)」ポアロが早口で言った。
「言いかけたつづきをお話ししましょう。申しあげておきますが、わたしは真実を明らかにするつもりです。真実は、それ自体がどれほど醜悪であろうと、追い求める者にとっては、つねに興味深く美しい。わたしはずいぶ
ん歳をとりましたから、以前ほどの力はないかもしれません」ここでポアロは明らかに反論を待ち望んでいた。
「きっと、これはわたしが手がける最後の事件になるでしょう。しかし、エルキュール・ポアロが失敗で終幕を迎えることはありません。紳士と淑女のみなさん(メシュー・エ・メダーム)、そう、わたしはなんとしても突き止めたい。そして、かならず突き止めます──みなさんが何をなさろうと」
 ポアロは最後のことばを、わたしたちの顔に投げつけるかのように、挑発をこめて言い放った。全員が少したじろいだようだったが、ジェフリー・レイモンドだけはふだんどおりにこやかで落ち着いていた。
「どういう意味ですか──何をなさろうと、というのは?」レイモンドはかすかに眉をあげて尋ねた。
「それは──そのままの意味ですよ、ムシュー。この部屋にいる全員が何かを隠しているのです」

●《『アクロイド殺し』こぼれ話2》●

3の文章で見せた自信満々で挑発的な態度は、いかにもポアロらしく、どの作品でもよく見られます。ふつうならただのきらわれ者ですが、ポアロは謙虚さのかけらもないのになんだか憎めない、不思議な存在です。
 ポアロの口癖で最も有名なのは、おそらく「小さな灰色の脳細胞」(my little grey cells)で、これはさまざまな場面で少しずつ形を変えて使われます。
 わたしがいちばん好きな「ポアロ語」は、『アクロイド殺し』の終盤に発する‘Have I not told you at least thirty-six times that it is useless to conceal things from Hercules Poirot?’ (「エルキュール・ポアロから何かを隠そうとしても無駄だと、少なくとも三十六回は申しあげたでしょう?」)です。ポアロはこの言いまわしが大好きなようで、最後の作品『カーテン』では、ヘイスティングズに対して「ああ! いままで三十六回も言ったのに、またもう三十六回も言わなければならないのか」と嘆きます。
 映像化作品では、これまで多くの俳優がポアロを演じてきましたが、ちょっとアクの強い小男ということでは、多くのTV ドラマで演じたデヴィッド・スーシェがいちばん原作のポアロに近いのではないでしょうか。
 ところで、この作品ではポアロが家でカボチャを育てていますが、大問2の12行目のvegetable marrow というのは、われわれがよく知っているカボチャ(pumpkin)とはかなり見かけが異なり、ズッキーニなどに近いものです。今回のわたしの訳例では、「細長いカボチャ」としました。


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越前敏弥さん近影(©大杉隼平)

◆著者プロフィール
越前敏弥(えちぜん・としや)
1961年生まれ。文芸翻訳者。留学予備校講師などを経て、30代後半にミステリなどの翻訳の仕事をはじめる。訳書にクイーン『災厄の町〔新訳版〕』、ハミルトン『解錠師』、ロボサム『生か、死か』(以上、早川書房)、クイーン『Yの悲劇』、ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』、ダウド『ロンドン・アイの謎』、キャントン『世界文学大図鑑』など多数。著書に『文芸翻訳教室』『翻訳百景』『越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』など。

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