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国立科学博物館長が科学コミュニケーションからクラファンの舞台裏まで語りつくす! 篠田謙一『科博と科学 地球の宝を守る』「はじめに」全文公開

明治10年に創立した上野・国立科学博物館。どんな組織で、研究員は日夜何をしているのか? 日本中が注目したクラウドファンディングの舞台裏とは? 2月21日発売の『科博と科学 地球の宝を守る』(篠田謙一、ハヤカワ新書)から、「はじめに」を全文公開します。

『科博と科学 地球の宝を守る』篠田謙一、ハヤカワ新書、早川書房(国立科学博物館)
『科博と科学』早川書房

『科博と科学』はじめに

国立科学博物館(科博)は、2027年に創立150周年を迎える日本で唯一の「国立」の自然史と科学技術史の博物館です。初代の館長は、東京大学理学部の教授時代に、高知から上京してきた牧野富太郎を教室に迎え入れたことでも有名な植物学者の矢田部良吉です。昨年は、「日本の植物学の父」牧野を主人公としたNHKの連続テレビ小説も放映され、矢田部をモデルとした人物も登場しましたので、憶えておられる方も多いと思います。

私の前に館長職を勤めた人は19人いますが、すべて行政職か他大学から来た研究者でした。私自身は、人類研究部に所属する研究者でしたが、内部の研究者として初めて館長職に就くことになったので、科博に一番長く在職している館長ということになりました。科博に就職したのが2003年なので、内部から科博を眺めて20年以上が過ぎています。 

21世紀を科博で過ごしたと言い換えても良いと思いますが、この間に科博も、そして科学を取り巻く環境も大きく変化したと感じています。コロナ禍による影響を除けば、科博は入館者数を順調に伸ばし、発展を続けることができました。

一方科学を取り巻く情況は、残念ながら良い方向に向かっているようには見えません。第二次世界大戦後の日本は、科学技術立国の実現を目指して数々の施策が実施され、それなりの効果を上げていました。しかし、今世紀になると、科学技術に関する国際競争力は目に見えて落ちてしまいました。これは人材の育成に力を注がなかったことが最大の原因なのだと思いますが、その根底には科学や技術、もっと言えばそれを専門とする集団に対する世間のまなざしが変わってしまったこともあるのではないかと思っています。

インターネットが発達し、誰もが情報の発信源になれる時代には、専門家の意見はそれなりに尊重されてしかるべきだと思いますが、むしろ多くの異なる意見の中に埋没してしまって、軽んじられるようになりました。ネット社会自体が科学や技術を基盤として成立しているのに、情報インフラが科学・技術の価値をおとしめる方向に作用するというのは皮肉なことです。

昨今では、科学・技術の最先端で何が行われているかを理解することは非常に難しくなっています。そのギャップを埋めるために、サイエンスコミュニケーターの養成も進められています。しかし、そもそも科学や技術に対して興味のない人たちに、どうすれば科学リテラシーを持ってもらえるのか、その部分については課題が残っています。科博は明治の初期、日本にも教育博物館が必要だと考えた文部大輔たいふ田中不二麿により設立された博物館です。そのためスタートから社会教育施設としての性格を持っています。私はその博物館の館長として、このような情況を立て直すのが科博の大きな役割のひとつであると考えるようになりました。

本書は、そんなことを考えながら科博や科学についての考えを綴ったものです。もともと私自身がDNA人類学を専門としていますので、この分野の話題がベースになっていますが、人類学は自然科学と人文・社会科学の領域を包括する学問ですから、科学に関しての少し広めの内容となっています。

科博は昨年、大規模なクラウドファンディングを成功させました。このことは、科博の活動の転機になったと考えていますので、その経緯についても少し詳しく解説しました。今後の科博の活動を知って頂く意味でも、本書を一読いただければと思います。


この続きは本書でお楽しみください(電子書籍も同時発売)

本書目次

はじめに 
PART1 文化としての科学 
1 科学を文化に 
2 ガリレオの背骨と彼の教壇 信念を貫くこと 
3 知ることと理解すること 東日本大震災から学んだこと 
4 技術の開発と科学の進歩 
5 新たなテクノロジーと出会うとき 
〈コラム①〉 「スケール」に着目する 
PART2 博物館の役割 
1 クジラと機関車 国立科学博物館の歴史 
2 分類の専門家集団 研究者と収蔵品の話 
3 変わらないための努力 自然教育園 
4 ニュートンのリンゴの木とメンデルのブドウの木 筑波実験植物園 
5 文化財と自然史財 
〈コラム②〉 人新世という時代 
PART3 科博の実践――「リアル」の価値を問い直す 
1 展覧会を作る 
2 コロナ禍の博物館活動 ネットの活用とコンテンツ 
3 科博史上最大の挑戦 クラウドファンディングへの道① 
4 手に入れた一番の資産 クラウドファンディングへの道② 
あとがき 
写真出典 

著者略歴/篠田 謙一(しのだ・けんいち)

(写真:古谷勝)

1955年生まれ。京都大学理学部卒業。博士(医学)。産業医科大学助手、佐賀医科大学助教授を経て、国立科学博物館人類研究部勤務。2021年より同館の館長を務める。専門は分子人類学。著書に『人類の起源』(新書大賞2023第2位)、『江戸の骨は語る』(科学ジャーナリスト賞2019)、『DNAで語る日本人起源論』、『新版 日本人になった祖先たち』など多数。

この記事で紹介した書籍の概要

『科博と科学  地球の宝を守る』
著者:篠田謙一
出版社:早川書房(ハヤカワ新書)
発売日:2024年2月21日
本体価格:960円(税抜)


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