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SFブーム時代への憧憬から生まれた物語――『さやかに星はきらめき』刊行記念著者 村山早紀インタビュー

村山早紀氏の最新作『さやかに星はきらめき』が早川書房より刊行されました。
本屋大賞に2年連続でノミネートされた『桜風堂ものがたり』『百貨の魔法』や、20年の時を経て愛蔵版が刊行された〈シェーラひめのぼうけん〉シリーズを手掛けるファンタジーの名手が描く、宇宙を舞台にした連作短篇集です。
こちらの記事では「SFマガジン」2月号(2023年12月24日発売)に掲載予定のインタビューを先行公開いたします。


■SFブームの時代への憧憬から生まれた物語 

──まず、本書の執筆のきっかけを教えていただけますか。

村山 ある夜、昔の翻訳物のSF小説みたいなお話を書きたいなあ、と当時のTwitterでつぶやいたことがきっかけです。それをいろんな方が拡散してくださって、声が届いたSFマガジン編集長(当時)の塩澤さんからお声がかかってSF小説を連載することになったんです。『さやかに星はきらめき』は、その作品を本としてまとめたものになります。

──二〇二一年の五月にツイートされていますね。そのタイミングでツイートされた理由があるのでしょうか?

村山 たまたまです。まさかこんな素敵なことになるとは思っていませんでした。その頃仕事がずっと続いていて忙しかったのと、仕事そのものは好きなんだけども、自分の書くものに倦んできていたというのがあって。書くことは好きですし、いくらでも書けますが、仕事があまりにも日常になりすぎたんでしょうね。変わりのない日常を繰り返すことの意味がわからなくなってきていたんだと思います。

 そんな中であの夜はぼんやりと若い頃に読んだSF小説のことを思いだしたのだと思います。夢中になって読んでいたよなあ、と。

 私が若かった頃は街の本屋さんもまだ元気で、近所の小さな本屋さんにもハヤカワ文庫などのSFの本がちゃんとあるような時代だったんです。十代とか二十代初めとか、学生の頃だからそんなにお金があるわけじゃない。一冊一冊宝探しをするように本屋さんの棚を探し、思案して選び、一頁一頁文字を喰むように読みました。読了後は、巻末に掲載されている他の本のあらすじやタイトルを読んで「次はこれを買おう」と思って、その本を探し、入手して、慈しむように読む、という読み方ができる時代だった。その頃への懐かしさみたいなのもあったんだと思うんですよね。いまは日々怒涛のように新刊が出て、本屋さんの本も入れ替わってゆきますからね。急いで買わないとなくなっちゃう。あの頃のように一冊一冊ゆっくりと出会い、愛おしむように読まれる本を書きたいなあ、と思いつつつぶやいたら、それが広がっていった感じです。

──本屋さんに親しんでいた記憶とSF作品の記憶の両方がツイートの理由なんですね。

村山 そうですね、ふりかえれば読者としての私もすごく幸せに本が読めた時代であり、書店さんにとっても出版業界にとっても幸せな時代。いま思えばひとつの蜜月のような時代にたまたま立ち会っていたんですね。そしてあの頃はSFブームで、SF小説も漫画も雑誌も本屋さんにあふれていた。そういう思い出への憧憬も常にあったんです。ツイートを拡散してくれた方たちにも、そのあたりに共感できるものがあったんじゃないでしょうか。

──今回の話のプロットは、わりとすぐできたんでしょうか。

村山 最初にご依頼頂いた段階ですぐに浮かびました。連作でクリスマスの話にしよう。未来の宇宙を舞台にして、宇宙帆船とか出しちゃって、でも魔女やお化けも出したいな、と。この時点であらかた全話のプロットは完成していました。「しまった、最初の打ち合わせする前に勝手に考えちゃったよ。まずいかな」って思ったけど、おそるおそるメールでお送りしたら「これでいいです」とお返事をいただきました。ありがたかったです。

──ネコビト(猫人)やイヌビト(犬人)は、プロットにはいませんでしたよね。どの段階で登場が決まったのですか?

村山 どうだったかしら。ええと、連作にするなら枠物語があった方が良いかなと考えて、じゃあクリスマスのお話を集めるひとの話にしようかなと考えていったのだと思います。じゃあ出版社の話になるかな、と。ネコビトのキャサリンはいつのまにかいました。普通の人間を主人公としてメインに据えるよりも犬とか猫から進化したもふもふした人類がいた方が面白いし、よりSFらしくなるかなみたいな感じだったような。

ネコビトのキャサリン(右)とイヌビトのレイノルド(左)
「SFマガジン2023年6月号」より
イラスト:しまざきジョゼ

──村山さんの作品にはいつも猫が登場するので、宇宙が舞台の作品はどうなるのかと思っていました。ネコビトの設定には悩まれましたか?

村山 それは全然。実はいままでその手のことで悩んだことがないんです。アイデアが浮かばなくて困ったこともない。書くという実作業が肉体的に辛いだけですね。考えたエピソードとエピソードの間が繋がってなくて、「あ、しまった」という時はあるんですけど、そういう時はいったん放っておいて、お皿を洗ったり、お風呂に入ったりすると自然とミッシングリンク的なものが生まれてくるので、そこで足したりとか。

──連載の間に、現実の世界でも戦争が起きました。村山さんはそのことですごく落ち込んでいらした。そんな中で「魔法の船」にウクライナの留学生が出てきた。正面から向き合って作品にされていて、すごく強い方だと思いました。

村山 SNSやニュースなどで知ったウクライナには日本に親しみを感じてくださったり、アニメや漫画が好きな方が多いみたいなんですよね。実際に日本に留学する方もいますし、もしそういう方たちがこの話をいつか読んで、少しでも嬉しいなあと思ってくれたらいいなと思って。そっとよりそい、応援するような気持ちで、ヒーローのようにかっこいいお兄さんを描きました。明るく優しく才能にあふれていて、お茶目でとても強い青年です。

 

■『都市』と『ナルニア国物語』の影響

 ──子どもの頃に読まれていた翻訳SFなど、具体的に影響された作品はありますか。

村山 やはり『都市』(クリフォード・D・シマック)が影響していると思います。あれも年代記ものですからね。しかも進化した犬たちのお話。昔風のSFを書いていいんだ、と思ったとき、脳が思いだして参照したのが『都市』だったような気がします。気持ちはシマックに帰りますね。シマックのなんともいえない牧歌的な優しさが好きなの。

──『中継ステーション』とか?

村山 そうそう。『人狼原理』とか『小鬼の居留地』とか、シマックは一通り読んだんですよ。といっても本当に昔に読んだので、内容はほとんど忘れかけていたりします。だから、ある程度年をとってから読んだヴォンダ・マッキンタイアとか、ゼナ・ヘンダースン、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア辺りのほうが記憶に残っているし、好きな理由も言語化しやすい。でもイメージの根底にあるのはやっぱり『都市』なんですよね。

左:『都市』クリフォード・D・シマック、林克己・他 訳、ハヤカワ文庫SF、1976年9月刊
右:『中継ステーション』クリフォード・D・シマック、船戸牧子 訳、ハヤカワ文庫SF、1977年10月刊

──優しい筆致とか、通ずるところがあるように思います。

村山 シマックに限らず、あの頃出ていた翻訳本のSFはあらかた読んでいましたね。『夢みる宝石』(シオドア・スタージョン)とか『スラン』(A・E・ヴァン・ヴォクト)とか。ラリイ・ニーヴンとかも。ブラッドベリは読むのが常識みたいな。「読まなきゃ」とか「読まなくてはいけない」みたいな本がたくさんある。そういう時代でしたね。もちろんジュブナイルSFからの出会いで、日本人作家のSF小説も、ちゃんと読んでいました。平井和正とか豊田有恒とか。平井先生は初期の短篇や長篇がとにかく好きで。豊田先生ならやっぱり『時間砲計画』に『モンゴルの残光』。漫画だと清原なつののSFに聖悠紀の『超人ロック』、萩尾望都、竹宮惠子。特に影響を受けているのは、山田ミネコの〈最終戦争〉シリーズ。子どもの頃に初期の作品とリアルタイムで出会って、そのまま成長期もずっと山田ミネコ先生の漫画と一緒に過ごした感じです。あの詩情とロマンが良いのです。

──インターネットがない時代に、どうやって「読まねばならない」空気があったんでしょうか。やっぱり雑誌ですか?

村山 雑誌もだし、学校で話していましたねえ。TVゲームの登場以前の話ですから、あの頃の子どもたちは本や漫画をよく読み、TVを見ていた。そして学校で盛りあがった。本好きな子だと、特にSFが好きというわけではなくても星新一は読んでいたし、あと当時はジュブナイルSFをみんな読んでましたね。NHKの少年ドラマシリーズで『暁はただ銀色』『夕ばえ作戦』なんかが放送されていて、それを観て光瀬龍の原作を読んだりとか。

──当時の同好の士が繋がるには、雑誌の文通欄とかで知り合うという感じでしょうか。

村山 無理に探さなくても、普通にみんながSFに限らず本や漫画を読んでた時代でしたし、まず私は、自分自身が常に転校生だったから、文通で遠くまで友だちを探しに行かなくても……という感じだったかな。父の仕事の関係でよく転校して全国を回っていたので。遠くの友達を探したのは大学生になってからですね。

──全国どこへいっても、SFとか本の話題で友だちになれたのですか?

村山 小学校の頃は、みんな学校の図書館で児童文学を読んでたんですが、昭和三十~四十年代を中心に、海外の児童文学の翻訳ものがたくさん流れ込んできた時期があったのね。だから昭和後半の時代の子は、だいたい同じものを読んでいるんですよ。その頃学校の図書館にあったものを。『ナルニア国物語』とか、『魔法のベッド』『砂の妖精』。『指輪物語』や『ゲド戦記』になってくるとちょっとマニアックになるんだけど、やっぱり本が好きな子は押さえてる。そしてそのまま大きくなってSFブームがやってきて、眉村卓、光瀬龍、筒井康隆はみんな読んでいたような。その頃には文庫を自分で買って読み始めている感じで。

──そういう、子どもの頃に読まれているものが、村山さんの作品の下地になっているんですね。

村山 たぶん一番影響を受けたのは『ナルニア国物語』。影響どころか血肉ですね。とても好きで、心底大好きな世界で。きっと手がとどかないけれどこういう作品をいつか書きたいというのが、子どもの頃からの人生の目標なので。私にとって『ナルニア国物語』は不動の一位なんです。

──『ナルニア国物語』はキリスト教の話ですよね。今回のお話もクリスマスがキーワードですが、やはりご自身の中でそういう部分は繋がっていたりしますか。

村山 どうでしょうね。私は幼稚園がキリスト教系のところで、それが神様との出会いでして。高校・大学もキリスト教系で、ずっと「神様とは何なんだろう」って考えて生きてきたところはあります。

──本書には奇跡や神について考えさせられました。

村山 生きることって結局、どこかでそういったものについて考えることと重なってくると思うんです。自分自身の思考の枠の外に時の流れがあって、宇宙の広さがある。けれど私たちは区切りと終わりがある生を生きているわけでしょう? 限りある時間しか生きられない。でも、私たちが生きている世界そのものには時間の限りがないし、宇宙空間の広がりにも限りがない。無限の時間と空間の中に限りある存在として生きているんですよね。そうすると、「じゃあそれはどういうことなんだろう」と考える。いつか死が訪れて、視点としての自分がいなくなった後、感情や思考は存続するのか? それとも消えてしまうのか、世界と別れるのは寂しいなあなんて考えると、やっぱりすがるように神なるものの存在を考えてしまいますよね。

 神様がもし存在するならば、そういう世界観の元に命に意味があるとして、物語が成り立つ。救われる。幸せなことですよね。それならばきっと命は永遠だ。そういう意味で、神様がいてほしいっていう考えはあります。でももしそういう存在がいないとしたら──自分はたまたまそこに生まれてきただけの存在であり、つまりは束の間の意識であり、意志であるとしたら──塵のように消えてしまうということになる。それでもわたしがいた痕跡は何がしかこの宇宙に残るし、受けつがれてゆくものがあるだろうとは思うのですが、存在そのものは消えますよね。

 自分とは何なのかと突き詰めて考えていくと、結局は神なるものの存在のある・なしに関わってくるんだと思います。もし神様がいないとしたら、では、どういうふうに自分の──ひいては世界中の生きとし生ける者たちの生命の意味を考えたらよいのか? おりあってゆけばよいのか。その問いの中に日々生きていると思うんですよね、人間って。

第一話の作中話「守護天使」は”神様”が起こした奇跡の物語。
『さやかに星はきらめき』ページより
イラスト:しまざきジョゼ

 ■紙の本への想い

 ──作品の舞台は遙か未来の宇宙ですが、紙の本にスポットが当たります。紙の本の部数が減り続ける現代に生きる本好きにとって、希望となる描写だったと思います。そのあたりは意識して書かれたのですか。

村山 意識して、というより、紙の本への思い入れが強いので、滲み出た感じでしょうか。

 私はもともと紙の本も電子書籍端末も好きなんですが。──東日本大震災のときに、一冊の漫画雑誌を大切にみんなで回し読みしたという話題がありましたよね。

 紙の本って結局、読書端末として強いんですよね。電池が無くても読めるから。そして物理的にいつまでも残る。たくさんのひとが一冊の本を読むことができる。電子書籍もその夢と技術にロマンを感じるので好きなんですが、どちらも残っていて欲しいと思っています。

──紙の本と電子書籍はどうやって買い分けているんですか。

村山 文芸書とか画集とかじっくり読みたい本は、やっぱり紙でほしい。衝動買いとか話題の本を試しに読んでみたいときは電子書籍で。でも手元に残したい本は本屋さんで買いなおしますね。電子はどの本を持っているかわからなくなったりして不便なところもあって。

──そういう意味では、今回は紙で手に取ってほしい本になったかなと。

村山 この箔押しは電子書籍では味わえないでしょう。金の花ぎれも奇麗。すごく素敵な姿で生まれて、なんて幸せな本なんだろうって思いました。ブックサンタの贈り物にと選んでくださる方も多いみたいですね。美しい本なのでたくさんの人に手に取っていただけるとうれしいです。

(二〇二三年十一月十日/於・早川書房)

◆書誌情報

タイトル:さやかに星はきらめき
著者:村山早紀(むらやま・さき)
ISBN:978-4-15-210285-0
定価:1870円(税込)
発売日:2023年11月21日

◆著者紹介

村山早紀(むらやま・さき)
一九六三年長崎県生まれ。「ちいさいえりちゃん」で毎日童話新人賞最優秀賞、椋鳩十児童文学賞を受賞。著書に『シェーラ姫の冒険』『百貨の魔法』『魔女たちは眠りを守る』『風の港』『不思議カフェNEKOMIMI』、シリーズに「コンビニたそがれ堂」「竜宮ホテル」「花咲家の人々」「かなりや荘浪漫」「桜風堂ものがたり」など多数。

◆あらすじ

母なる星地球が生物の住めない惑星と化してのち幾星霜。 人類と共に地球を離れた犬猫は、新しい人類 イヌビト(犬人)、ネコビト(猫人)へと進化し、「古き人類」ヒトとともに星の海で暮らしていた。月に住むネコビトの編集者キャサリンは、新聞社の記念事業として興された出版社で “人類すべてへの贈り物になるような本”を作ることになり、宇宙で語り伝えられるクリスマスの伝説を集めてゆく。はるか遠い星で開拓民の少女に“神様”が見せた奇跡を描く「守護天使」、歌や映画、ドラマを載せて銀河を駆ける宇宙帆船の誕生秘話「魔法の船」、時代を遡り、過去の地球での異星人と少女の交流を描く「ある魔女の物語」……。 人類への愛に満ちた珠玉の連作短篇集。


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